MICHELANGELO AND THE YEARNING FOR TRAGEDY

愛の不毛を描き続けた巨匠、ミケランジェロ・アントニオーニ

August 2020

 

『欲望』に出てくる有名な撮影シーン。

 

 

 

あまりにも難解な作風

 

 アントニオーニは、1912年、イタリア北部フェラーラの裕福な家庭に生まれた。10歳になると、人形とそれに合わせたセットも作るようになった。30代半ばには、経済や経営学を学ぶ傍ら、ボローニャ大学初の演劇部を創設しただけでなく、意外にもテニス大会で優勝した経験も持っている。また、地元紙においてアメリカ映画やイタリア映画を酷評したこともあれば、第二次世界大戦中に兵役についた経験もある。

 

 1947年、『Gente del Po(原題)』で監督としてデビュー。地元の精神病院を取り上げた短編ドキュメンタリーだったが、照明の投下で入院患者がパニックを起こしたことにより失敗に終わっている。このときの失敗が彼をネオリアリズモへと駆り立てたのかもしれない。

 

 いずれにせよ、38歳のときに手がけた初の長編映画『愛と殺意』(1950年)が、冗長で親しみにくいという彼の映画作りの方向性を示すものとなった。この作品では、不毛な結婚生活を背景に、不倫する男と女が女の夫を殺害しようと計画するが、夫の突然の失踪によって中断してしまう。ふたりは本当に夫を殺害したのか? それとも、自殺なのか? 事故なのか?さっぱりわからないのである。ノワール的側面によって、荒涼としたセッティングや騒々しい展開、少し長めの間合い、転調、不安感といった、アントニオーニらしい表現・作風が確立した。

 

*ネオリアリズモ=ロベルト・ロッセリーニやルキノ・ヴィスコンティを中心に戦後のイタリア映画や文学で盛んになった潮流。

 

 

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