Interview - Olivier Krug
6代目当主 オリヴィエ氏インタビュー:「KRUG」を次なる世代へ
December 2019
世界最高峰のシャンパーニュ「KRUG(クリュッグ)」が日本に上陸してからもうすぐ30年。当時から現在に至るまで、同社の舵を取る6代目当主 オリヴィエ氏が見てきた日本におけるクリュッグの成長、そしてこれからの展望とは。
text yuko kitamoto
Olivier Krug/オリヴィエ クリュッグ
クリュッグ家6代目当主。アンリ クリュッグの5人兄弟の長男として、ランスにあるセラーのすぐそばで育つ。パリとランスの大学でビジネスと経済を専攻した後、1989年よりクリュッグ家の未来を導く役割に踏み出し、テイスティング委員会のメンバーとして、四大陸のさまざまな地域を訪れ、クリュッグの名前を広めることに尽力している。
30年前の日本はシャンパーニュ未開の地
メゾン クリュッグは1843年の創業から、ブドウ畑の各区画の個性を最大限に生かすことで「毎年気候の変化に左右されることなく、 最高のシャンパーニュを世に送り出す」という創業者ヨーゼフ クリュッグの信念を守り続けてきた。最高のシャンパーニュと自負するクリュッグの素晴らしさについては今更語るまでもないが、6代目となるオリヴィエ クリュッグ氏が初めて日本の地に降り立った30年前は、日本におけるシャンパーニュの存在感はまだまだ薄いものだった。
「私が30年前に日本に来たときには、クリュッグどころか、シャンパーニュ自体が知られていませんでした。まだシャンパーニュというのは身構えないと飲めないようなお酒だったと記憶しています」
オリヴィエ氏は当時、若干23歳。大学卒業後、メゾン クリュッグの一員となってすぐに将来の6代目を担うべくメゾン クリュッグの先鋒として2年以上も日本に住むことに。シャンパーニュ未開の地で、販売業者やソムリエ、ワインジャーナリストたちとの対話を重ねていったという。
「フランスのシャンパーニュ地方出身の男性で日本に住んでいます、というのは私ぐらいでした。シャンパーニュは様々な場面で楽しめることを提案しました。1991年に初めて、伝統的な和食とシャンパーニュをペアリングしたクリュッグ主催のディナーを開催したのを覚えています。その頃から日本の若い世代がシャンパーニュを“発見”し、飲むようになって、そのおいしさを楽しむようになったのだと思います」
インタビューを行なったマンダリン オリエンタル 東京で、オリヴィエ氏は通りかかるソムリエ達に、手を挙げて声をかける。日本の場合はとくにソムリエが優秀で、きちんと説明してくれると微笑んだ。
「日本が個人的に大好きな理由は、日本にきた30年前から変わらず沢山知り合いがいるからです。マンダリン オリエンタル 東京のシニアシェフソムリエの加茂文彦さんも、おそらく28、9年前から知っている方のひとりです。彼はクリュッグの歴史や物語を熟知し、それを次の世代に伝えていってくださっている。私自身は、クリュッグを代表して世界中を飛び回り、それを最初に様々な場で発信するのが役目なのです」
クリュッグの伝統はワイン造りの技術だけでない
「入社した当時、私にとってクリュッグの伝統というのは、ワイン造りにおける卓越した技術と職人技、それから臨機応変に対応する力だと思っていました。それと同時に、私たちの伝統というのは、私たちがどういう行動や立ち振る舞いをするのか、またシャンパーニュの市場においてどう生きぬいていくのかも含まれるのだと思うようになりました」
伝統がある場所は、生産現場だけではない。いまでは「Savoir-faire(匠の技)」を、次の世代へつないでいく術を身に着けたというオリヴィエ氏は、醸造責任者であるエリック ルベル氏が委員長を務めるテイスティング委員会を例に挙げて教えてくた。
「現在の醸造責任者であるエリックが、テイスティング委員会のグループ全体のトップですが、そのメンバー構成は、20代後半から50代後半までとても幅があるものとなっています。彼はおそらく7年、8年後ぐらいには引退するでしょう。ですが、すでに彼は次の人へバトンを渡しています」
そして、オリヴィエ氏の大きな役割のひとつに「クリュッグを楽しむ人たちのために、クリュッグが市場に出てからもっと生き生きしていくために活動する」ことを挙げた。伝統的な企業ではあるが、それと同時に近代性をとても大切にしている。それを象徴しているのが、デジタルコンテンツやSNSアカウントの運用に早い段階から着手したこと。氏自身も個人でInstaglamにアカウントを持っており、毎日チェックを欠かさず、常に市場に目を向けるようにしている。
「いまは物事の変化が刻一刻とスピーディに進んでいます。数分ごとに情報が入れ替わる、そんな時代です。クリュッグの場合、メゾンとして発信しているメッセージが常に的確で正しいかを確認できるように、トレーニングのチームも設けています。
お客様がラグジュアリーな商品やサービスを体験したい時、その職人やそのものがある所にいらっしゃいます。例えばベルルッティの靴が欲しいならば、ベルルッティの店舗に行くでしょう。では、クリュッグを体験したい人はどうするのか? シャンパーニュ地方のクリュッグに来ることができるかというと、それは難しい。その魅力に関しては、そのメゾンではなく、ほかの場所でメッセージを正しく伝えてくれる誰かが必要になるわけです。そういった意味で、メゾンとしてのトレーニング部門が頑張って、世界中のソムリエやワインショップの方たちに適切にクリュッグのことをお伝えしなくてはいけない。実際にクリュッグを訪れていただいたような体験ができる仕組みを構築しています」
新ヴィンテージ「クリュッグ 2006」。
クリュッグのトレーニングを受けた伝道師による知識は広げるが、クリュッグを口にする人に対して専門性は求めていない。ただ、素直な気持ちでそこに身をゆだねてほしいという。
「クリュッグのグランド・キュヴェというものは、音楽のようなものです。シャンパーニュのなかで、最も豊かな音楽。それがシャンパーニュにおけるクリュッグなのです。音楽を楽しむのに、専門家である必要がないように、このシャンパーニュを楽しむのにも専門家である必要はありません。
近年の日本でも、シャンパーニュがより身近な存在になり、クリュッグの素晴らしさも知られていますが、まだまだ私のやるべきことが終わったとは思っていません。これからはすでにシャンパーニュを楽しんでいる多くの方たちに、より深い体験をしていただける機会を増やしていきたいですね」
MHD モエ ヘネシー ディアジオ
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