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英国人の知らない英国遺産
“タスティング”

Friday, August 7th, 2020

 

紆余曲折を経たブランド

 

 最近、工場を訪れたとき、会ったすべての人たちの素晴らしいおもてなしに圧倒された。刺激的で魅力的なディレクター、アリスター・タスティングと彼の妻であるジリアンは、タスティングの歴史について、誇りを持って話してくれた。

 

 1875年にアリスターの曽祖父が、近くのハロルド村で革なめし工場として創業したタスティングは、ノーサンプトンの靴産業に皮革を提供する主要サプライヤーのひとつになった(それは現在でも続いている)。

 

 ソーイングマシンが発明され、レザークラフトの世界に技術革命がもたらされ、これまで不可能だったさまざまな革やデザインで、靴職人が作業できるようになったことで、業界は変わった。

 

 

タスティングのファクトリーのフロアにおける光景。積み上げられたレザー・ロールは、たくさんの重要なプロセスを経て、原革から美しい製品へと生まれ変わる。

 

 

 

 ノーサンプトンの東にあるネネ渓谷とウーズ渓谷に沿った地域には、新鮮できれいな水が豊富に流れており、無数の靴工場が作られていた。多くの革なめし工場が繁栄し始めたので、チャールズ・ペティットという名前の野心的な若者は、自分も同じことをしてみようと思い立った。

 

 若者ならではの大胆さと野心から、ペティットは独自の革なめし工場を設立した。インドの革なめし工場から部分的になめされた“クラストレザー”を調達し、それぞれの靴屋のリクエストに正確に合わせて仕上げ、納入したのだ。

 

 それからの歴史は紆余曲折を経たものになる。工房名であるタスティングの名は、後の世代において確立されたものなのだ。ペティットには子供がひとりしかいなかった。イライザという名前の娘で、革なめし工場のまわりで自然に育ち、父親の情熱を共有していた。

 

 イライザはジョン・タスティングという地元の洋品店に勤めていた青年と結婚し、ジャック(ただし実際の名前はジョン)と呼ばれる子供をもうけた。ジャックは母親と同じように、子供時代の多くを家族の皮革ビジネスの中心で過ごし、いつの日か自分で会社を受け継ぎたいと思っていた。

 

いまだに古くからの工作機械が使われ、多くの工程が職人の手作業によって行われている。

 

 

 しかし、1914年、ジャックが17歳になったとき、イギリスは第一次世界大戦に参戦し、ジャックは戦争へ行くことになった。ビジネスへの道は、遠回りを余儀なくされた。ジャックは王立飛行隊に入隊し、祖父のチャールズが亡くなったときには、エジプトで兵役に就いていた。

 

 

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