Ferrari F8 Spider
フェラーリF8 スパイダー:最後の100%エンジン ミドシップに「滑り込み」試乗
September 2022
text & photography: KENTARO MATSUO
フェラーリに乗る時は、ジャミロクワイを聞くと決めている。
フロントマンのジェイ・ケイは、屈指のスーパーカーマニアとしても知られ、100台近くのクルマを所有していると噂されている。いちばんのお気に入りはフェラーリで、250GTL、275GTSあたりを筆頭に、きら星の如きコレクションを揃えているという。
800万枚超を売り上げ、史上最も売れたファンク・アルバムとしてギネス・ブックにも掲載された『Travelling Without Moving』(1996年)のジャケットはフェラーリのエンブレムを模したデザインで、シングルカットされた『コスミックガール』のPVにはF40やF355が登場する。
2017年にフェラーリの本拠地イタリア・マラネッロで行われた創業70周年のイベントでは、大トリをジャミロクワイがつとめた。折り悪く、演奏直前に土砂降りの雨となり、気難しいジェイ・ケイは出てこないのではないかと心配したが、彼はド派手な電飾帽子を被ってステージを飛び回り、ずぶ濡れになりながら自らのヒット曲を熱唱した。もちろん集まったフェラーリ・オーナーや関係者は大喜びだ(会長ジョン・エルカンもスタンディング・オベーションをしていた)。ジェイ・ケイのフェラーリに対する深い愛が感じられた瞬間だった。
ジャミロクワイのファンキーなサウンドと、フェラーリのカン高いエキゾーストノートは、絶妙の組み合わせである。V8エンジンをリア・ミドシップに搭載したベルリネッタ、フェラーリF8 スパイダーなら尚更(なおさら)だ。屋根を開けると、背中側からエンジンの咆哮がダイレクトに響いてくる。
パドルシフトを駆使して、このエンジンを4,000回転以上回して走っていると、世知辛い世の中のことは、もうどうでもよくなってしまう。普通のクルマの時速100kmと、高回転をキープしたフェラーリの100kmはぜんぜん違う。アクセルを踏むと、「シュパーッ」という大きな吸気音とともに、「クォーン!」と天まで突き抜けるようなエンジン音が耳に入り、圧殺されるがごとき凄まじい加速を体感できる。
そのままトンネルに突っ込むと筒内で音が反響し、頭の上から轟音が降ってくる。これ以上のアトラクションは、アミューズメントパークにもないだろう。アドレナリンとドーパミンで、脳内が満たされていく。フェラーリのV8は、恐るべき快感発生マシーンなのだ。ジェイ・ケイの軽やかなヴォーカルが、なんだか天使のさえずりのように聞こえてくる。
フェラーリのV8リア・ミドシップ2シーターといえば、そのルーツを1975年発表の308GTBまで遡ることができ、ジェイ・ケイもドライブしたF40やF355に連なる系譜である。小型・軽量を旨とし、いつの時代もフェラリスタにとっての王道モデルだった。
V8と聞けば、ドロドロと回るアメリカンV8を想像されるかも知れないが、フェラーリのV8はそれとは一線を画し、驚くほどスムーズに回転を上げる。
フェラーリの3.9L V8は、UKIメディア&イベントが主宰し、約70名のジャーナリストが参加するインターナショナル・エンジン・オブ・ザ・イヤーにおいて、2016〜2019年まで4年連続でベスト・エンジンに選ばれている。
UKIメディア&イベント共同会長、マネージング・ディレクターのグラハム・ジョンソンは当時「現在生産されているエンジンの中で最高のものであり、歴代の名機のひとつとして永遠に記憶されるだろう」と述べた。同時に「過去20年のなかで、ベスト・オブ・ザ・ベスト」との評価も得ている。
このエンジンの成功の秘密は、先代の4.5Lから3.9Lへと排気量を縮小し、ツインターボによって過給したことだといわれている。これによって大パワーと小型化を両立させたのだ。F8 スパイダーに搭載されている最終型では、最高出力は720psまで引き上げられている。まさに円熟の極みである。
しかし残念ながら、100%エンジン車のV8ミドシップ・シリーズは終売で、もう手に入れることは叶わない。今回「滑り込みセーフ」で、もう一度試乗できたのは僥倖だった。この傑作エンジンを廃し、新しい道へ進もうというフェラーリの勇気には脱帽するばかりだ。
次世代のミドシップ・ベルリネッタの中核を担うのは、296シリーズとなる。エンジンはさらに縮小され2.9L V6ツインターボとなり、これにモーターがプラスされたハイブリッド仕様で、総合最高出力は830psである。
先日鈴鹿で行われた296 GTS(オープンモデル)の発表会で、フェラーリ・ジャパン、フェデリコ・パストレッリ社長は「パワーはもちろん、操縦性、サウンドを含めた快楽性も、決してエンジン車に劣りません」と胸を張った。
296 GTSのリポートは近々お届けする予定である。
試乗の際のBGMは、もちろんジャミロクワイで決まりだ。