Ceramic Artist, Architect, Yuki Nara Interview

建築家と陶芸家の顔を持つ
芸術界の二刀流

October 2022

 

金沢に、ふたつの肩書を持つ新進気鋭のアーティストがいると聞いて訪れた。由緒正しき陶芸家の家に生まれながらも建築家の道を歩み、そして今、融合しながら更なる高みを目指す奈良祐希氏の半生に迫る。インタビューの会場は、加賀百万石の街並みを今に残す古都で、国際的な現代アートの発信地として注目が高まっている「金沢21世紀美術館」。その光庭にあるガラスの展示室で、際立つ感性を放っていたのは、奈良氏のインスタレーションだった。

 

 

 

text CHIHARU HONJO

 

 

 


Yuki Nara
奈良 祐希
1989年、十一代大樋長左衛門の長男として金沢に生まれる。2013年、東京藝術大学美術学部建築科卒業。多治見市陶磁器意匠研究所首席卒業。東京藝術大学大学院美術研究科建築専攻 首席卒業。2022年建築デザイン事務所 株式会社EARTHENを設立。国内をはじめアメリカ、イギリス、フランス、シンガポールなど海外の展示会に出品。金沢21世紀美術館に作品収蔵。ドイツ高級家具ブランドROLF BENZ 、京都市指定文化財 佳水園、世界三大時計 オーデマピゲ等とコラボレーションしたインスタレーション多数。
 

 

 

 


NARA Yuki, Frozen Flowers, 2022
Installation view of “Collection Exhibition 1: VESSELS”, 2022, 21st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa
Photo: KIOKU Keizo

 

 

 

 

 工芸王国と称される北陸の頂点に立つ家柄の奈良祐希氏は、加賀の茶陶350年の歴史をもつ大樋焼(おおひやき)で高名な一族の出身だ。祖父は皇室に茶盌を献上した文化功労者で文化勲章も受章している重鎮。それゆえ、いわゆる陶芸のイメージを思い浮かべながら金沢21世紀美術館を訪れたが、想像は簡単に覆された。

 

 他の美術館では類を見ない全面ガラス張りの展示室には、氏の代表作「Bone Flower」が15点鎮座しており、どの角度から見ても作品が映えるよう視点を緻密に計算した、「Frozen Flowers」と題されるインスタレーションが展示してあった。朝は射しこむ光で輝き、夜は暗闇に浮いて見えるように配してあるため、訪れる時間帯によって印象が異なるだけでなく、ガラスが織り成すリフレクションで作品が永遠に続くよう見える仕掛けもなされている。

 

 目に飛び込んできたのは従来の陶芸ではなく、パーツひとつひとつが透明感のある、軽やかで繊細な陶芸。というのも、奈良氏の陶芸はあらかじめ「設計」してから創るスタイルだからだ。建築家でもある彼は、建築図面を作成するかのように平面図を描いてから造形し組み立てていくという。

 

 

 


NARA Yuki, Bone Flower_Jōmon, 2021
photo:KIOKU Keizo

 

 

 

「陶芸は手で捻りながら直感的に感性で作っていくイメージがあると思うのですが、僕の場合は、作品を制作する前にスケッチや図面のようなドローイングを理性的に描きます。そういうプロセスを陶芸の世界に持ち込むことで、今までにない新たな世界観が生まれる気がするのです」

 

「従来のやり方に反発したいという気持ちがあったわけではなく、気づいたら陶芸と建築の双方をやっていて、自分の中ではごく自然な流れでした。新しいものを考えたいという大きな柱の中で、人がやっていないことをやりたかったのです。祖父の言葉に『創意工夫』という教えがあって、“誰もやらなかったことをやれ、誰もつくらないものを創れ”と言われてきたのが影響したのかもしれないですね」と、奈良氏はいとも簡単そうに語るが、ここまでの道のりは苦悩の連続だったそうだ。

 

 

 

 

 

「幼少期を振り返ると陶芸家になりたいと思ったことは一度もなくて、なるべくなら祖父や父のようになりたくはなかった。でも、高校通学中に金沢21世紀美術館が建てられることになって建設風景を何気なく見ていたら、建築という人間が造り得る大きなものに興味がわき、初めて自分の中にモノ造りが投影されたのです。それからというもの、僕の人生のターニングポイントには必ず金沢21世紀美術館があるほど思い入れのある場所になりました」

 

「同じ建築でも、デザインとか美術的視点で学びたいと思い東京藝術大学に進みました。でも大学を卒業する頃、自分が造りたい建築が見えなくなって・・・。そんな時、金沢の風土に寄り添いながら工芸にフォーカスし、現代美術と融合させた展示を金沢21世紀美術館で見て、今までは古臭いとしか感じなかった工芸が面白いと初めて思いました」

 

「ちょうど建築を学ぶ楽しさを見失っていた時期だったので、思い立って多治見に陶芸を学びに行きました。そこでは、もともと大学で陶芸を学んでいた人などいなくて、サラリーマンやっていて陶芸教室に通って楽しくなった人など、自分の内なるものから陶芸をやりたいと思っている人がいっぱいいて、モノを創る喜びの原点はこれだよなと思った。その後大学へ戻って、建築的な観点から陶芸を見つめることを自らに課しました。陶芸を学ぶことで建築にも生かせることがあると感じたからです」

 

 

 


NARA Yuki, Frozen Flowers, 2022
©️ Yuki Nara
photo:HAYASHI Shugo

 

 

 

「従来の陶芸観だと、純粋な自己表現でどちらかというと荘重な表現が多くなってしまうのですが、自分はもっと社会的なものを創りたくて、建築や陶芸を通じて日本らしさも表現していけたらと。谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』に出てくるような陰は日本の美学のひとつなんじゃないかと思っていて、だから白い板状のものを組み合わせてグラデーションで陰影を出したり、場所や時間で変わっていく要素を加えたりしています。海外のアート展に出させてもらうと、日本らしさがあるねとよく言われます」

 

「海外へ行くようになってから、日本の作家より海外の作家は、勢いでエモーショナルな作品を創るということに気づきました。特に陶芸の分野では、日本人は静かに作っていて国民性が作品に出る。生きてきた場所や風土が違うので当然なのですが、その時々の感情が作品に反映されると知ってからは、繊細で緻密に作りながらも自分の中のエモーショナルな部分を創造物に投影することでもっと作品が有機的に変化するような気がしています」

 

「作品がもつ性質だけでなく周りの雰囲気にも影響されると思うので、今回の21世紀美術館の展示のように、場が持つ特別な空気感も大事です。今後は、時代の変遷とともに日の目を浴びなくなってしまった地方に眠る建築的遺産を探し出し、そこで生まれたインスピレーションで新しい作品を創っていけたらいいですね」と展望も語ってくれた。

 

 

 


奈良祐希「凍れる花々」2022年
「コレクション展 1 うつわ」(2022年、金沢21世紀美術館)展示風景
photo:KIOKU Keizo

 

 

 

 たしかに、この美術館には特別な空気感がある。円形で透明、どの方向からでもふらりと訪れることができて、建物自体がひとつの街のように交流する場になっている。光を採り入れる光庭という空間が4つあり、ひとつひとつの展示室が独立しているため、廊下へ出ては光庭へ入ったり展示室へ入ったりと、まるで章立ての小説を読むかのごとく彷徨いながら観ることができる。こういった開かれた空間づくりの美術館は唯一無二といえる。

 

 キュレーターの方に話を伺うと、デンマークの皇太子夫妻をはじめ海外のエグゼクティブなど世界のトップがこぞってこの美術館に足を運んでいるという。なぜなら、彼らはクリエイティブな空間の中で経験したものが自分の力になるということを分かっているからだ。当然そういったVIPは多忙なスケジュールを抱えているのだが、優先的に時間を作り訪れるそうだ。

 

 著名なアーティストも然り。東京の大きな美術館ではなく、あえて金沢でやりたいというのは、この空間に挑みたいと思うからだ。アートが空間を変えるのは美術館の中だけではない。周辺にはギャラリーも増え、アートの文化が花開いた。そうして、古都の重厚さはそのままに芸術の恩恵を自然と受けられる街になったからこそ、奈良祐希のようなアーティストが現れたに違いない。

 

 

取材協力:Modernis & Co.