ASTON MARTIN DBX707
707馬力!SUVの王者、現る
September 2022
屈指のパワーを誇るSUVが登場した。なんと707馬力。
しかし、ジェームズ・ボンドの愛車アストンマーティンだけあって、そのクルマは力強くも、ジェントルに調教されていた。
text SHINTARO WATANABE
ASTON MARTIN DBX707
DBXは専用のプラットフォームを持ち、専用の工場で生産される。707のフロントグリルは冷却効率アップのために標準仕様よりも大きく、リアにはスポイラーが備わる。全長×全幅×全高:5,039×1,998×1,680mm/乾燥重量:2,245kg/エンジン:3,982cc V8ツインターボ/最高出力:707ps/6,000rpm/最大トルク:900Nm/4,500rpm
アストンマーティンとの逢瀬のたびに思うのは、これはイギリスのマセラティではあるまいか、ということである。アストンマーティンとマセラティにはある共通項が存在する。その佇まいが発する粋で艶のある大人の雰囲気。だからもし、ジェームズ・ボンドがイタリアの諜報部員だったら、間違いなくマセラティを愛車に選ぶだろう。
いっぽうで、当然のことながらふたつのブランドには大きな差異もある。エンジニアリングの観点からすれば、乗り味にも雰囲気を重視するマセラティに対して、アストンマーティンはクルマに精通した玄人ならではの開発を行う。
DBX707はアストンマーティン史上初となるSUV、DBXのホットモデルで、車名の“707”は最高出力を示す。DBXの標準モデルに搭載される3,982ccのV8ツインターボのターボを大型化し、制御プログラムを書き換えることで発生する707psはSUVのセグメントでトップクラスを誇り、最大トルクも900Nmに達する。しかし、エンジンだけをいじってオシマイとしないところが彼らがプロフェッショナルたる所以である。パワーアップによるエンジンの発熱量増加には、フロントグリルの拡大化で冷却性能を確保。310km/hの最高速を得るために、リアに専用のスポイラーを装着することで空力性能の向上を図った。そして310km/hからでも確実に停止できるよう、カーボンセラミック製のディスクブレーキを新たに用意した。
最近のクルマにしては機械式スイッチが多いものの、整理整頓されているので機能性は申し分ない。トリムやシートに使われる本革は上質なもので、素材のよさを生かしたしつらえは流石である。駆動形式は4輪駆動だが、前後の駆動力配分は必要に応じて可変する。通常は0:100なのでFRのハンドリング特性が楽しめる。液晶のメーターパネルはモードによってグラフィックが変わる。
DBXは標準仕様でも550ps/700Nmを発生するので、スポーツカー並みの速さが味わえるけれど、そこに決して荒々しさは感じられない。こうしたエンジン特性は707にも引き継がれており、あくまでもジェントルに、でも望外に強力な加速が得られるようにきちんと調教されている。まさしく上質な加速感である。
22インチのタイヤとホイールを支えるのはエアサスペンションだ。ちょっとしたオフロードであれば、車高を上昇させて走破できるだけでなく、オンロードではボディの動きを緻密にコントロールする。通常、クルマは加速時にはフロントが持ち上がり、減速時にはリアが持ち上がる傾向にあるが、このエアサスペンションは常にボディを地面とほぼ平行に保つ。コーナリングの最中には、アクティブスタビライザーと呼ばれる機構がロール方向の動きを抑えるので、運転中にドライバーの上半身が動くことはほとんどない。これなら、ブリオーニやトム・フォードのスーツに身を包んでいても、無用なシワを心配する必要もないだろう。
DBX707は、それが屈指のパワーを備えるSUVであることなど忘れてドライビングを満喫できる。ドライバーの操作に対して極めて従順かつスムーズに動いてくれるので、運転のリズムが絶対に乱されないからだ。冷静と情熱の間の、ちょうどいいところに身が置けるクルマである。