【第5回】ナポリの美意識と生きる力 —— アルフォンソ・ヴィティエッロ氏が語る「装いと継承」
Friday, June 6th, 2025
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アルフォンソ・ヴィティエッロさん
イタリア・ナポリで230年以上にわたって家業を守り続けるジュエラー、アルフォンソ・ヴィティエッロさんは、“装い”という行為に、単なるファッション以上の意味を見出しています。彼の着こなしは、テーラードスーツとジュエリー、そして人生観がひとつになった、美意識の結晶とも言えるものでした。
静かな気品を纏う、「デリーア1790」7代目当主アルフォンソ・ヴィティエッロ氏。ナポリの伝統と現代の美意識を融合させたスタイルは、まさに“良い服が人生を変える”ことを体現している。
取材当日、アルフォンソさんはナポリの名門イザイアのジャケットに、同郷のネクタイブランド・ウルトラーレの一本を合わせ、手元にはスイスのボーム&メルシエの時計、そして足元にはイギリスの名靴チャーチを選んでいました。そのスタイルからは、選ぶ理由と背景を深く理解した者だけが醸し出せる、静かな説得力が漂っていました。ネイビージャケットに柔らかくあえて小剣をずらした結びのネクタイ、端正に磨かれた革靴、クラシックな角型の腕時計。身につけるすべてのアイテムが、「哲学ある選択」であることを静かに物語っていました。
イザイアと珊瑚、ふたつの“赤”の交差点
「イザイアとのつながりには特別な思いがあります。彼らはナポリのブランドでありながら、私たち珊瑚職人の象徴である“赤珊瑚”をロゴに取り入れた唯一の企業です。テーラードスーツと珊瑚ジュエリー、異なる世界ですが、“クラフツマンシップ”という精神で深くつながっていると感じます」
この日のネクタイはナポリ発のウルトラーレ社製。日々、スーツや気分に合わせて選ぶのが日常だと語ります。「装いは自分を表現する言語のひとつ。毎日の選択の積み重ねが、自分らしさを育ててくれます」
イザイアのジャケットに、ウルトラーレのネクタイを合わせたアルフォンソ・ヴィティエッロ氏。手にしているのは、同社の家宝であり、ナポリの巨匠ジョヴァンニ・サッバートによって1853年に彫られた歴史的なシェルカメオ。
時計が教えてくれた、“本質を見抜く目”
手元に光るのは、スイスの名門・ボーム&メルシエの腕時計。シンプルで品のあるデザインが、ナポリ紳士の装いにしっくりと馴染んでいます。
「初めて買った時計はロレックスでした。すごく嬉しくて、妻の父に自慢したんです。そしたら“いくらだったんだ?”って聞かれてね。私は“お得に手に入れた”と話したら、“で?今何時?”と(笑)。答えたら、彼の時計も全く同じ時刻。“つまり、時計ってそういうもんだ”って。人生で本当に大切なことを、シンプルに教えてくれました」
スイスの名門ボーム&メルシエの角型時計。シンプルで控えめな佇まいは、ジュエリーの目利きでも培った“本質を見抜く目”を象徴する。
チャーチの靴に込める“歩きやすさ”と“敬意”
この日の足元には、イギリスの名門チャーチ。アルフォンソさんは「ナポリのサルトリアと英国の靴、どちらも“快適さ”と“機能美”を重んじている。スプレッツァトゥーラ(こなれた着こなし)を語る上で、このふたつの文化は調和している」と話します。
ヴィティエッロ氏が選んだのは、英国の名門チャーチのローファー。ナポリのスプレッツァトゥーラと英国靴に共通するのは、何よりも“心地よさ”という価値観とのこと。
装いとジュエリーの「語り合い」
「男性がジュエリーを身につけるのは、自己主張ではなく“静かな語り”であるべきです。例えば、カフスやラペルピン、イニシャル入りのカメオなど、控えめながらもその人の内面を表すアクセサリーを身につけることで、品格あるスタイルが生まれます」
世界に誇る、ナポリの手仕事
2025年、大阪・関西万博において、デリーア1790はイタリア館の公式ブロンズスポンサーに選ばれました。その舞台で展示されるのが、1853年に彫刻された伝説的なカメオ《ナイルの水から救われたモーゼ》です。
「このカメオは、私の祖父が当時のナポリの巨匠ジョヴァンニ・サッバートにオーダーし、彫られたものです。これまでメトロポリタン美術館やブリティッシュ・ミュージアム、京都国立博物館、そして駐日イタリア大使館などでも展示されてきた由緒ある作品です。ナポリの誇り、そして家族の歴史をこの万博という国際的な舞台で紹介できることを、とても光栄に思っています」
1853年、ナポリの巨匠ジョヴァンニ・サッバートによって彫られたシェルカメオ《ナイルの水から救われたモーゼ》。代々受け継がれてきたこの逸品には、デリーア家の歴史とナポリの芸術精神が凝縮されており、現在は関西・大阪万博2025イタリア館に展示されている。
カプリ島に息づく、“自然体のエレガンス”美学
アルフォンソさんはカプリ島に別荘を構え、年に何度も滞在するそうです。世界中の富裕層が集うこの島での装いについて尋ねると、意外な答えが返ってきました。
「カプリは、“型にはまらないエレガンス”が許される場所です。朝は裸足で海辺を歩き、リネンシャツ一枚で過ごす。そういう自由さの中に、本質的な美しさがあると感じています。もちろん、アペリティーヴォやディナーには上品なジャケットを羽織りますが、それもあくまで自然体でいることが大前提です」
また、カプリには「コルヌコピア(豊穣の角)」の形をした珊瑚のジュエリーをお守りのように身につける文化が残っています。
「珊瑚には古くから“命を守る力”があると信じられており、特に妊婦や子どもにとっては縁起物とされています。私たちのブランドでも、個人の願いや家族の物語を託せるジュエリーとして、このようなモチーフを大切にしています」
若い世代へ、“選ぶ力”を贈りたい
「最近は、若い世代の中にもファッションやジュエリーに関心を持つ方が増えています。ただ、選択の基準が“価格”や“話題性”に偏りがちです。本当に大切なのは、“なぜそれを選ぶのか”という意思を持つことだと思います」
アルフォンソさんは、装いを通じて「自分の価値観と向き合う時間」を取り戻してほしいと語ります。「装いは単なる流行ではなく、自分らしさを表す手段であり、人生を整える力になります」
ひとつひとつのジュエリーに宿るのは、手仕事の精緻さだけでなく、身につける人の意志や物語。若い世代にも、自分の感性で「意味のある美しさ」を選び取ってほしい──そんな願いが、アルフォンソさんの手元から静かに伝わってくる。
「変わらないために、変わり続ける」
「私たちデリーアは、1790年に創業しました。長い歴史の中では、私どもがミキモトパールを世界に紹介した初の商人であったため、ジャクリーン・ケネディをはじめとした多くのセレブリティにパールネックレスをご購入いただいた史実や、イタリア政府による150年以上続く老舗優良企業としての表彰、駐イタリア日本大使より拝受した日伊貿易に100年以上貢献した企業としての表彰、EU議会ブリュッセル本部におけるカメオ重要性のスピーチなど、たくさんの歴史的な出来事がありました。7代にわたり続いてきた理由は、伝統に甘んじることなく、常に新しい挑戦を受け入れてきたからです。変わらない“核”を守るために、変わり続けることが必要なのです」
アルフォンソ・ヴィティエッロさんの言葉には、ジュエリーやスーツという“モノ”を超えた“人としての美意識”が込められていました。
良い服を選ぶことは、人生の質を選ぶことです。装いには、日々の思考を磨き、自分自身を整える力があります。だからこそ――「良い服は、人生を変える力がある」のです。
Author: 北川美雪(きたがわ みゆき)
東京・銀座のテーラー「VESTA by John Ford」のゼネラルマネージャー。英語、イタリア語、フランス語に堪能、メンズファッションのエキスパートとして25年のキャリアを持つ。確かな素材選びとセンスの良い仕立てに定評があり、国内外のトップ経営者、政治家、各国の要人・大使らが顧客として名を連ねる。歴代の駐日イタリア大使にも絶賛された。ファッションに関する深い造詣を持ち、多くの雑誌などで記事を執筆している。好きな食べ物は「てっさ」である。https://johnford.co.jp/














