RETURN OF THE PRODIGAL

フジタ、その愛と芸術

August 2018

text kazuhiro nanyo special courtecy to musée maillol paris / culturespaces photography sophie lloyd / culturespaces

猫を抱いた自画像。丸眼鏡とおかっぱの前髪が、藤田嗣治のトレードマークだった。Portrait de l’artiste Léon ard Tsuguharu Foujita 1928, huile et gouache
sur toile Paris, Centre Pompidou – Musée national d ’art moderne – Centre de creation industrielle © Fondation Foujita / Adagp, Paris, 2018 – Photo
© Centre Pompidou, MNAM-CCI, Dist.

 中でも有名なのは、前々頁の裸婦画に描かれたリュシー・バドゥ、その肌の白さゆえに藤田が好んで「ユキ」と名づけた女性だ。この作品の前年、藤田は当時のパリの有名人、モンパルナスのキキをマネのオランピア風に描いてセンセーションを巻き起こし、その裸婦画には破格の高値がついた。ユキを描いたこちらは、いわば私家版のような1枚といえる。藤田とユキはモンパルナスのセレブ・カップルとして、あらゆるパーティに顔を出していたという。実際、藤田の絵画作品で、すぐれて他の画家と異なる特徴として高く評価されていたのも、この透き通るような、独特の艶めかしい乳白色だった。彼はべビーパウダーや硫酸バリウム、炭酸カルシウムや鉛白を用いて、このニュアンスを生み出していた。

 もうひとつ藤田の技巧的特徴は、きわめて細い面相筆で輪郭を墨の濃淡でもって描くことだが、ときに精緻に、ときに軽く迷いのない調子で猫を描くのに、ことさら効果的な方法だった。

 藤田の絵には驚くほどの頻度で猫が登場し、その柔らかな毛並や、目まぐるしく変化する多彩な表情を実に仔細に捉えている。猫そのものが題材のこともあれば、自画像にも猫は画家と一緒に登場するし、猫を抱いたり隣に伴った少女や裸婦の肖像画も、多数残した。つまり演出の道具というよりは、猫そのものが絵の中で重要な存在を引き受けている、そんな扱いなのだ。

 中でも有名な猫は、藤田がいつものように夜通しのパーティの後、帰宅途中の明け方モンスーリ公園で見つけ、アトリエまでついてきた末に居ついてしまった、虎毛の1匹だ。藤田はこの虎毛を「三毛」と呼んで可愛がった。自画像の中でも、画家の腕に抱えられていたり、着物の合わせから顔だけ出していたり、背後からじゃれていたり、さまざまな姿態を見せる。藤田がかくも猫を好んだ理由は、その媚びないところ、気ままでときには頑固で怠惰といったところに、自らを重ね合わせたという話も多々あるが、生前、あるフランスのジャーナリストにこう述べたという。「神が男性に猫を与えたのは、猫を通じて女性のことを学ばせるためだ」

THE RAKE JAPAN EDITION issue 23
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