June 2018

CELLULOID STYLE "PHANTOM THREAD"

ファッション業界でも話題!
“ファントム・スレッド”のスタイル

今年のアカデミー賞と英国アカデミー賞の衣装デザイン賞の
W受賞を果たした映画『ファントム・スレッド』。
本作にそれほどの価値をもたらすファッションとは何か。
text anna prendergast photography ©2017 Phantom Thread, LLC All Rights Reserved

ヴィクトリア女王時代、東ロンドンのお針子たちは王族や貴族のためにひたすら衣服を縫い続けた。あまりにも長時間にわたる作業だったため、仕事場の外でも「見えない糸(=ファントム・スレッド)」を縫い続けたという逸話がこの作品のタイトルの由来となった。

『ファントム・スレッド』はダニエル・デイ=ルイスの引退作となる映画である。舞台は1950年代のロンドン。彼が演じるのは、英国ファッションの中心的存在として社交界から脚光を浴びるオートクチュールの仕立て屋、レイノルズ・ウッドコック。だが、その性格が実にいただけない。ときに気難しく、短気で、無神経な態度を取る。人として何か欠けている天才だ。一方で、身なりは極めて洗練されている。ワードローブは上品さに溢れ、見るからに英国紳士らしい。

 デイ=ルイスは、徹底した役作りを行うことで有名だ。そのため、ウッドコックのワードローブに関して、衣装デザインを担当したマーク・ブリッジス(本作で2度目のアカデミー衣装デザイン賞を受賞)と協力し、綿密な打ち合わせとリサーチを重ねたことは何ら不思議ではなかった。力を貸してくれたのは、サヴィル・ロウのテーラー、アンダーソン&シェパード。彼らは本作のために7つのビスポーク・ルックを生み出した。フロント・オブ・ハウス・マネージャーのマーティン・クローフォード氏は、「(作業は)とても順調に進みました」と語る。

「時代に合わせた装いにすることが最優先でした。そのため、トラウザーズのウエスト位置は高くしてプリーツを入れ、レッグは広めに裁断しました。生地も現代よりはるかに重いもの。19オンスのバラシャで作ったディナースーツは、オーバーコート並みの重さです」

 ハーディ・エイミス、ディグビー・モートン、クリストバル・バレンシアガなどの粋なデザイナーたちが活躍した世界に焦点を絞り、さらにデイ=ルイスの父であるセシル・デイ=ルイス(詩人・推理小説家として有名)を研究することで、チームはさまざまなインスピレーションを得た。彼はアンダーソン&シェパードの贔屓客だったのだ。ウッドコックのオーバーコートは、そんな彼に敬意を表する1着だ。「あれは挑戦でした」と語るのは、カッターのレオン・パウエル氏。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 22
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