トッズ会長 ディエゴ・デッラ・ヴァッレ氏に聞く

THE TOD’S TOUCH
トッズに息づくイタリアの美学 Part2

September 2026

 
 

ディエゴ・デッラ・ヴァッレ
Diego Della Valle

1953年、イタリア・マルケ州カセッテ・デテ生まれ。1975年に家業へ加わり、祖父の靴工房を源流とする事業を、トッズ、ホーガン、フェイ、ロジェ ヴィヴィエを擁する世界的グループへと成長させた。民間高速鉄道Italoの創業メンバーであり、フェラーリやゼネラリの取締役を歴任。現在はトッズ グループ会長を務めるほか、LVMHの諮問委員、RCS MediaGroupの取締役として、イタリア経済界に幅広い影響力をもつ。2000年にトッズをミラノ証券取引所へ上場させ、2024年に非公開化した。コロッセオやミラノのパラッツォ・マリーノの修復支援など、文化遺産の保護にも尽力している

手から手へと受け継がれる、メイド・イン・イタリー

そして、選び抜いた素材を製品へと仕立てるのが、職人たちである。カセッテ・デテの工房には最新の設備が導入され、裁断や縫製、組み立てなど、さまざまな工程を支えている。いっぽうで、革を見極め、素材に応じて手の加減を変え、仕上がりを判断するのは、今なお職人の目と手だ。ゴンミーノ一足だけでも、100を超える手作業による組み立て工程を経て完成する。

「私たちの分野では、今も人が中心にあります。何より大切なのは、そのノウハウを次の世代へ受け継いでいくことです。新しいテクノロジーはもちろん助けになります。しかし、職人の手の感覚がなければ、メイド・イン・イタリーの本質を伝えることはできません」

デッラ・ヴァッレ氏が重視するのは、最新の技術を取り入れながら、職人の経験と感覚をもの作りの中心に置くことだ。機械が精度を高めるいっぽうで、革の状態を見極め、素材に合わせて微妙な加減を施すのは職人である。そうして長い時間をかけて培われた技術を、次の世代へ受け渡していく。そこまで含めて、トッズのもの作りは成り立っている。

そして、その職人技を育んできた背景まで含めて、デッラ・ヴァッレ氏は「メイド・イン・イタリー」と捉えている。イタリアには、小さな工房から始まり、三代、四代にわたって同じ仕事を受け継いできた家族が各地にいる。そこで培われた技術は、土地の歴史や人々の日常とともに次の世代へ渡されてきた。彼が「メイド・イン・イタリー」を「イタリアの美しい風景の中から生まれたライフスタイル」と表現するのも、そのためだ。マルケの靴作りもまた、そうした土地に根ざした営みの中で育まれてきた。職人の技、その技を受け継ぐ人々、そして彼らを育んできた土地。そのすべてが、デッラ・ヴァッレ氏のいう「メイド・イン・イタリー」を形作っている。

その技術を次代へ繋いでいくために2012年に設けられたのが「ボッテガ・デイ・メスティエリ」だ。若い職人たちは熟練したマエストロと現場をともにし、素材の見極めから、手の加減、仕上がりの判断に至るまで、実際の仕事を通して学んでいく。長年の経験によって培われた技を、人から人へ伝えていくための場であり、そこで育つ新しい世代が、これからのトッズのもの作りを担っていく。

人を中心に置く姿勢は、働く環境にも及ぶ。本社にはオーディトリアム、従業員の子どもたちのための保育施設、ジム、ライブラリーを備えたレストランなどが設けられ、館内には現代アートのコレクションも配されている。職人もオフィスで働くスタッフも、アイデアを製品へと形にしていく大切な存在だ。冒頭で触れた、緑に囲まれた美しい本社も、働く人々がよりよい仕事を生み出すための環境として考えられている。

イタリアが与えてくれたものを、イタリアに還す

人や文化を大切にする姿勢は、トッズの企業としてのあり方にも表れている。従業員とその家族を支える保育、教育、医療への取り組みをはじめ、地域や文化への支援も続けてきた。企業が生み出した価値を、働く人や地域、文化へ還元していく。それがデッラ・ヴァッレ氏流だ。

その考えは、イタリアの文化や芸術を守る活動にも及んでいる。象徴的なのが、ローマのコロッセオ修復への支援だ。トッズは2011年に支援を表明し、第一期では北面と南面のファサード、第二期ではアリーナ下の地下施設(ハイポジーア)の修復を支えた。80名以上の専門家が携わり、約1万5000平方メートルに及ぶ修復を経て、それまで立ち入ることのできなかった一部も一般に開放された。デッラ・ヴァッレ氏は、この仕事に携わった人々が、その成果を誇りに思えることにも大きな意味があると語る。

文化遺産への支援は、その後も続いている。2024年には、ミラノ市庁舎として使われる16世紀の建築、マリーノ宮の修復に全額出資した。16カ月にわたる工事は2026年に完了し、外壁や内装を含めて7500平方メートルが修復された。古代ローマの遺跡から、現在も市民に使われる歴史的建築まで、イタリアが受け継いできたものを守り、次代へ渡していく。トッズが掲げる「イタリアから得たものの一部をイタリアに還元する」という考えは、こうした活動にもしっかり表れている。

 
 

ローマを、そしてイタリアそのものを象徴するコロッセオ。トッズはその修復を長年にわたって支援してきた。デッラ・ヴァッレ氏が大切にするのは、イタリアから得たものをイタリアへ還すという考え。文化遺産を未来へ残すことも、企業が果たすべき役割のひとつと捉えている。

紳士の品格とは何か。人生に宿る「グスト」

紳士とは何かと尋ねたとき、デッラ・ヴァッレ氏は祖母について話し始めた。

「私が思う紳士とは、周りの人に優しく、誰に対しても誠実に接する人です。祖母は決して裕福ではありませんでしたが、とてもエレガントな人でした。品格はお金で買えるものではありません。特に小さな村や町では、何を持っているかより、人とどう接し、どう関わっていくかが大切です。そうした人間性こそが、その人の品格なのだと思います」

何を所有しているかより、どう振る舞い、人とどう関わるか。祖母の姿に見たエレガンスは、デッラ・ヴァッレ氏が語る「大切なのは、ルッソ(高級)ではなくグスト」という考えにもしっかり重なってくる。

彼にとって「グスト」とは、装いの趣味のよさだけを意味するものではない。自分にふさわしいものを知り、美しいものを楽しみ、何を大切にして生きるのか。そこに、その人の「グスト」が表れる。30年変わらないネイビーの装い。日常の靴として生まれたゴンミーノ。長い歴史を刻んできたマルリン。マルケで代々受け継がれてきた職人技。そして、コロッセオをはじめとするイタリアの文化遺産への支援。それぞれ異なる話のように思えるが、そのひとつひとつに、時間を経ても変わらないものへのデッラ・ヴァッレ氏の価値観が表れている。

マルケの小さな靴工房から始まったトッズは、やがて世界中にその名を広げた。現在も、そのもの作りの根底にあるのは、職人の手、上質な素材、そして靴作りの技術を育んできたマルケという土地である。何を美しいと感じ、何に価値を置き、何を大切にするのか。そうしたひとつひとつの判断の根底にあるものこそ、ディエゴ・デッラ・ヴァッレ氏がいう「グスト」なのだ。

 
 

1998年に完成した、カセッテ・デテのトッズ本社。広大な敷地には、オフィスや工房などが置かれているほか、社員食堂、従業員の子どもたちのための保育施設、スポーツジムなども備える。

 
 

館内の随所を現代アートが彩っており、エントランスでは、ゴンミーノのラバーペブルを思わせる14,756本の消しゴム付き鉛筆を差し込んで大陸を描いた、フェリーチェ・リモサーニによる巨大な地球儀型の作品が迎える。その先を進んでいくと、ミハエル・シューマッハがテストドライブで使用したフェラーリのF1マシンの姿も。緑に囲まれた明るく開放的な本社には、「従業員が心地よく働ける環境がよいもの作りには欠かせない」というデッラ・ヴァッレ氏の考えが表れている。

ふたりの親友が語る、ディエゴ・デッラ・ヴァッレ氏という人物

 
 

ルカ・コルデーロ・ディ・モンテゼーモロ
Luca Cordero di Montezemolo

1947年、ボローニャ生まれ。70年代にフェラーリF1チームを率い、ニキ・ラウダと黄金期を築く。91年からフェラーリ会長として再建を主導。フィアット会長などを歴任し、デッラ・ヴァッレ氏らと高速鉄道会社NTVを共同設立。同会長を務める。

 
 

人との絆と仕事への情熱で、トッズの個性を築いた

「ディエゴは、私にとって兄弟のような存在です。友情を何よりも大切にし、知り合ってから長い年月が経過しましたが、私たちの関係が変わることはありません。彼は、生産現場やオフィスで働く人々とも強い絆で結ばれており、会社を単なる組織ではなく、ひとつの共同体として捉えています。仕事の本質や、職人の手から生まれるもの作りに深い情熱をもち、何よりも自国イタリアを心から愛している人間です。トッズは、そんなディエゴの価値観を体現したブランドだと思います。トッズの靴は、イタリアらしいエレガンスと卓越した品質、クラフツマンシップを備えながら、美しさと実用性を見事に両立している。それは決して簡単に成し遂げられることではありません。だからこそトッズは、世界のファッションシーンにおいて、ほかにはない唯一無二の存在として際立っているのです」

 
 

ロベルト・ボッレ
Roberto Bolle

1975年、ピエモンテ州生まれ。イタリアを代表するダンサー。12歳でミラノ・スカラ座バレエ学校に入学し、2003年にエトワールに就任。2009~2019年はアメリカン・バレエ・シアターのプリンシパルを務めた。99年よりユニセフ親善大使。

 

美と誠実さを貫く、ディエゴ氏の変わらぬ生き方

「ディエゴさんは、先見性と誠実さ、心からの寛大さを備えた人物です。クラフツマンシップやデザインだけでなく、人や文化の中にある美しさを見抜く、類いまれな審美眼をもっています。大きな成功を収めながらも、友情や家族、信頼、そしてイタリアへの愛を何よりも大切にし、自らの価値観に忠実であり続けてきました。私にとってディエゴさんは、温かさとユーモアを失わない、かけがえのない友人です。トッズもまた、そういった彼の人間性を映し出しています。イタリア最高峰のクラフツマンシップ、時代を超えるエレガンス、控えめなラグジュアリー。そして現在では、単なるブランドを超え、本物の価値や文化、長く受け継がれる品質に根ざした生き方そのものを表している。真のラグジュアリーとは、伝統と卓越性、そして人への敬意から生まれることを示してきたのだと思います」

デッラ・ヴァッレ氏を幼少から知るトニー氏が語るディエゴ・デッラ・ヴァッレ

革のスペシャリストとして
46年間トッズを支えてきたマエストロ

 

アントニオ・リパーニ
Antonio Ripani

1947年生まれ。13歳から革の仕事に携わり、80年、デッラ・ヴァッレ氏に誘われトッズへ。46年にわたりレザーの品質管理を担い、その経験と手の感覚を若い世代へ伝えている。

 
 

「私とディエゴは、人口3000人ほどの同じ村で生まれました。彼は6歳年下ですが、幼少の頃からよく一緒に遊んでいました。明るく、冗談を言うのが好きな人でしたね。私は14歳で革職人の道に入り、70年代には彼の父親の工房で働いていました。ディエゴは勉強のために村を離れ、70年代後半に戻ってきました。彼がブランドを本格的に立ち上げるときに私にも声をかけてくれ、それから46年、革と向き合ってきました。レザーの品質管理では、一枚ずつ目で見て、手で触れ、色や厚み、柔らかさだけでなく、製品としての仕上がりまで見極めます。当初は意見がぶつかることもありましたが、お互い情熱をもってこの仕事に取り組んできました。今は、経験や感覚を若い世代へ伝えることも大切な仕事です」

干場義雅氏が語るディエゴ・デッラ・ヴァッレ

 
 

私が最もリスペクトするイタリアの父のような存在

「ディエゴさんは、私が20年以上ずっと尊敬している人です。彼ほどセンスのいい人には、なかなか出会えません。クラシックとエレガンスを知り尽くしながら、どこかスポーティでリラックスしている。着こなしだけでなく、人柄や生き方にも大きな影響を受けました。「マルリン号」にも「アルタイルⅢ号」にも乗船し、プライベートジェットや自家用ヘリで一緒に移動したこともあります。いつも優しくて温かく、経営者としても素晴らしい。私にとって、イタリアの父のような存在です」

 

干場義雅
Yoshimasa Hoshiba

「FORZA STYLE」編集長、ファッションディレクター。デッラ・ヴァッレ氏からの信頼も厚く、今回の取材では、インタビュアーとして協力。