From Kentaro Matsuo

THE RAKE JAPAN 編集長、松尾健太郎が取材した、ベスト・ドレッサーたちの肖像。”お洒落な男”とは何か、を追求しています!

4代続く、生まれながらのテーラー:ロバート・ベイリーさん

Tuesday, December 10th, 2024

ロバート・ベイリー・ビスポーク オーナー

 

 

text kentaro matsuo

photography tatsuya ozawa

 

 

 

 

 ジャケットやベストを着る時に、一番下のボタンを留めてはいけない、というルールがあります。せっかくボタンがついているのに、なぜそんなことになっているかというと、これはかつての英国王であったエドワード7世(1841〜1910年)に倣ったからだとされています。

 

 エドワード7世(当時のプリンス・オブ・ウェールズ)は、洒落者として知られており、誰もが彼のスタイルをフォローしていたのです。当時は王族がファッションアイコンだったのですね。彼がボタンを外した理由は、どうやら太ってしまい、腹がきつくなってしまったせいらしいのですが、これを見た他の貴族たちがこぞって真似をし、それがルールとして定着したというわけです。

 

 エドワード7世は立派なヒゲがトレードマークでした。今回ご登場の英国人テーラー、ロバート・ベイリーさんは、そんなキング・エドワードにそっくりです。どうしてヒゲを生やしているのですか? と聞くと

 

「ヒゲを生やしていると人に覚えてもらえるし、ジェントルマンの象徴だからです。キング・エドワードのことも、ちょっと意識はしました。やはり英国人にとっては、今でもエドワード7世とウィンザー公は、特別にお洒落だった王族というイメージがあるんですよ」

 

 その見た目と違わず、ロバートさんは、ヴェリィ・ブリティッシュな服作りをさせたら天下一品だといわれています。

 

 

 

 

 ロバートさんはロンドンから南西に60kmほど離れたオールドショットという街で、1969年に生まれました。生家は代々テーラー業を営んでいたそうです。

 

「曽祖父も、祖父も、そして父もテーラーでした。母親もテイラーレス(女性のテーラー)として働いていました。父はギーヴス&ホークスでヘッドカッターを務めていました。美しい刺繍の入ったミリタリークロージングを得意としていました。私が子どもの頃、よく寝室の壁にステッチがかかった、縫いかけの服がかかっていて、『これは何だろう?』と首を傾げたことを覚えています。それらの布たちに魅せられて、自分でそれらをパズルのように繋ぎ合わせようとしていました」

 

 そんなロバートさんにとって、「テーラー以外の職業に就くなんて、考えたこともなかった」そうです。

 

 15歳で自宅そばのキャンバリーにあるギーブス&ホークスの工房で、縫製士として働き始め、5年ほど紳士服や軍服などの縫製に携わっていました。その後、ロンドンの名門テーラー、デイヴィス&サンへカッター見習いとして入店しました。

 

「だから、私は縫製とカッティングの両方できるのです。これは縫製担当とカッティング担当が完全に別れているサヴィル・ロウでは、とても珍しいことだと思います。自分で洋服が縫えることは、今でも私の服作りにとって大きな財産となっています」

 

 その後、サヴィル・ロウのギーブス&ホークス、ディージ&スキナーなどの名門テーラーで経験を積み重ねていきます。

 

「プリンセス・ダイアナのためにメス・ジャケット(丈の短いフォーマル用ジャケット)を作ったことがあります。また、俳優のヒュー・グラントも良い顧客でした。彼がBAFTA(英国アカデミー賞)授賞式のためのディナースーツを仕立てたことがあります。ロンドンのマダム・タッソーの蝋人形館にある彼の像は、私のタキシードを着ているんですよ(笑)」

 

 2000年代にファーラン&ハーヴィーに入社し、初めて日本へやってきました。

 

「ファーラン&ハーヴィーは年2回、日本でトランクショーをしていました。ミュージシャンの加藤和彦さんにお目にかかったこともあります。彼はファーラン&ハーヴィーで、100着以上のビスポークスーツを作っていたそうです。日本で目にするものはどれも素晴らしくて、私はすっかりこの国に恋をしてしまったのです。クリーンで、フレンドリーで、フードがデリシャス。ここにいると、いつも太ってしまう(笑)」

 

 その後、映画『キングスマン』の元ネタとなったハンツマンへ移籍し、アジア全般を担当することになります。コロナを経て、自らのブランドを立ち上げてからも、日本へは年に3〜4回訪れ、トランクショーを開催しているそうです。

 

 

 

 

 サヴィル・ロウの王道を歩んできたロバートさんの着こなしを拝見してみることにしましょう。

 

 スーツは、ロバート・ベイリー・ビスポーク。もちろん自分で仕立てたもの。

 

「生地はH・レッサーの12オンス、ビスポーク用ダークブルー・ピンスポット柄を使いました。やはり英国の生地が好きで、中でもレッサーのクオリティは格別ですね。シワにならず、出張などにはもってこいの生地です」

 

 今まで修業してきた3つのテーラーの要素に、自らの工夫を加えたのがロバート・ベイリーのハウススタイルだそうです。

 

「ギーブス&ホークスからは、ミリタリー風の高いアームホールを。これは敬礼したときにサイドが引っ張られないように作るのが難しいのです。ハンツマンからは、しっかりとした肩山を。ディージ&スキナーからは、アワーグラス(砂時計)のようなシェイプを受け継ぎました。一口にサヴィル・ロウといっても、それぞれのハウスには、それぞれのスタイルがあるのです。ドレープ派とストレート派があるとすれば、私の服は後者ですね。ミリタリー風のシャープなカットが私の服の特徴です。これはもちろん父の影響もあるでしょう」

 

 シャツも、ロバート・ベイリー・ビスポーク。

 

「私のブランドは、英国に専門のシャツ職人を抱えています」

 

 タイは、ハンツマン。

 

「私の持っているタイの60%はハンツマン時代に購入したものです。いつもブレイシズと合わせて着用しています」

 

 ポケットチーフは、ミリー・ブリジット・ヘンリー(Millie Bridget Henry)。

 

「彼女はもともとハンツマンで、リバティなどのバイイング担当をしていました。その後、独立して自分のブランドを立ち上げたのです。とても才能がある人で、私のブランドでも取り扱っています」

 

 

 

 

 時計は、ギーブス&ホークスのオリジナル。

 

「21歳の誕生日に、父親からもらったものです。昔はギーブス&ホークスでも時計を売っていたのですね。父は今年93歳になりましたが、いまだに元気にしています。海外にいるときも、いつも時計の針はUKタイムのままです」

 

 

 

 

 カフリンクスは、妻からプレゼントされたもの。

 

「妻がエジンバラへ旅行に行った時に、土産で買ってきてくれたものです。名もない店で買ったのでしょうが、レザーで出来ていて、RとBという私のイニシャルが入っており、大変気に入っています」

 

 

 

 

 靴は、靴職人の川口昭司さんが手掛けるマーキス。私も愛用している名靴です。

 

「川口さんが作った靴が大好きで、もう5足持っています。川口さんとは、15年ほど前に東京で知り合いました。同じ顧客にスーツと靴を提供したのがきっかけでした。私の足は幅が広く、なかなか既製靴が合わないのですが、彼が作った靴は『まるでグローブのように』フィットするのです。そこは私のスーツと同じですね(笑)」

 

 実はこのインタビューは、ロバートさんがトランクショーをやっている定宿の「フォーシーズンズホテル丸の内」のスイートルームで行われたのですが、当日は川口さんも同席していました。取材の後、ロバートさんの6足目の靴のフィッティングをするそうです。ふたりは親友のような間柄です。

 

 確かにロバートさんと川口さんには、共通するところがあるように感じました。職人としての確かな腕を持ちつつ、どちらも人柄が実直で温かく、相手をホッとさせるようなところがあります。

 

 いきなりサヴィル・ロウへ行ってビスポークするのは、あまりにも敷居が高いと感じている方には、ロバートさんのアポイントメントを取ることをおすすめします。日本で気軽にオーダーできることに加え、アジアでの経験が豊富なので、日本人の体型に慣れているところも推薦の理由です。

 

 

 

 

 実は私も今回一着オーダーしたのですが、30箇所以上のメジャーリングをするなかで、「私は極端ないかり肩で、前肩なのです。スーツにはまったく向いていない体型で、それが悩みなのです」と伝えると、

 

「確かにスクエアなショルダーだね。だけどアジアには、そういう人も多いから大丈夫。私にまかせて下さい」と頼もしいお言葉を頂きました。結局、ロバートさんには「ダブルブレステッド、地味な柄物、ハウススタイル」の3点のみをリクエストして、生地選びはおまかせすることにしました。どんなものが仕上がってくるか、今から楽しみです。

 

 そういえば、彼の顧客リストには洒落者として知られる俳優、本木雅弘さんも名を連ねているそうです。そして、しょうもない話で恐縮ですが、本木さんと私は偶然にも年齢・誕生日・血液型が同じです(1965年12月21日生まれ、A型)。今度はテーラーも一緒になりました。

 

 ロバートさんのスーツを着れば、私もモックンみたいないい男になれるかもしれません!(苦笑)