コロナ後のファッションはこうなる!?
栗野宏文さん
Wednesday, November 10th, 2021
栗野宏文さん
HUMANOS顧問、ユナイテッドアローズ上級顧問
text kentaro matsuo photography natsuko okada
セレクトショップ業界のレジェンドともいえる存在、栗野宏文さん、久々のご登場です(思えば私がこのブログを9年前にスタートさせたとき、一番最初にご登場頂いたのが栗野さんでした)
その昔、私がまだティーンエイジャーでポパイやホットドッグプレスなどの雑誌を、夢中になって貪り読んでいた頃・・、そういった本に毎号のようにご登場され、いろいろな事物をご紹介されていたのが栗野さんでした。彼が店長を務める原宿のビームスFやギャラリーにおそるおそる足を踏み入れて、常連さんと思しきお客様と楽しそうに話されているのを、眩しく見つめていたことを思い出します。
かつてはビームスの看板販売員として知られ、その後バイヤー、PRなどを経て、1989年に重松理さんらとユナイテッドアローズを設立。その後同社を上場に導き、大成功を収めたのは、誰もが知るところです。昨年は、著作『モード後の世界』を上梓され、ファッションに対する鋭い分析を披露するなど、評論の分野でもご活躍なさっています。まさに業界の重鎮中の重鎮といえるでしょう。
しかしながら・・重鎮とか大御所という言葉が、これほど似合わない方もいないかもしれません。いつお会いしても若々しく、爽やかなオーラを纏っていらっしゃいます。
「先日も、渋谷でアフリカのデザイナーブランドとカルチャーとを扱うポップアップ・ショップを開いたんです。12日間のあいだ、私もずっと店頭に立っていました」
いまだにお店に立たれているのですか! 栗野さんがいたら、お客様はびっくりされるのでは?
「それが楽しいんです。私のことなんか知らない、私よりずっと若いお客様がたくさん来てくれました。ちょうどパラリンピックの時期だったので、それを撮影しに、海外から来たフォトグラファーの人たちもいました。そのうちひとりは家にカセットテープの再生機しかなくて、たまたまアフリカ音楽のカセットを売っていたので、『これいいね!』ということになり、3人が3人とも買ってくれました。『これからどうするの?』と聞いたら、『どこか東京で面白い場所はないか?』というから、シモキタ(下北沢)を紹介してあげました。『ここと、ここと、ここへ行けば!』とね」
ビームス時代とあまり変わっていませんね・・
「何も変わっていません。ただし年齢だけは、お客様が年下で、私がずいぶんと年上になったけれど・・(笑) 販売というのは楽しい仕事です。販売をやっていると、こちらからは絶対に会いに行けないような人が、向こうからやってきてくれる。ビームス時代には、デザイナーの金子功さん、荒巻太郎さん、イラストレーターのペーター佐藤さん、渡辺和博さん、安西水丸さんなど、当時有名だった人たちが数多く来てくれました。今では、普段接点のない若い人たちが来てくれる。私は販売員→バイヤー→ディレクター→役員の順番で出世しましたが、仕事の面白さはまったく逆ですね(笑)」
そんな栗野さんが、また新しいプロジェクトを始められました。ユナイテッドアローズの同僚で、以前このブログにもご登場頂いた中尾浩規さんと、HUMANOS(ユマノス)という会社を立ち上げられたのです。中尾さんも、モノ作りの世界では“この人あり”とされる有名な企画マンです。
重鎮おふたりが設立された会社なので、さぞや立派なオフィスだろうと思いきや・・、そこは代々木の裏通りに面した、小さな古い雑居ビルの一室でした。同じビルのなかには、若い世代がやっているメーカーやカフェがひしめいています。10坪台と思われる部屋は、思った以上にコンパクトです。白を基調とした内装は、さすがにセンスよくまとめられています。
「この部屋は、以前は女性のフォトグラファーが借りていたそうです。スタッフは私と社長の中尾のふたりだけです。インテリアも無印やIKEAで買ってきたものを使っています。そこの椅子は、かつて私の母が使っていた形見を、家から持ってきたんですよ」
意外といえば、意外です。
「ユナイテッドアローズも、すぐに大成功したように思われていますが、違うんです。1989年に設立して、90年にバブルがはじけました。ゼロからのスタートでした。そして少しずつ、売上を伸ばしていきました。出だしがネガティブでしたから、後は伸びるしかなかった。95年に黒字転換して、99年に上場しました。そして今、コロナでファッション界は大変なことになっています。こんな時期に会社を設立するなんて、おかしいと思われるかもしれませんが、だからこそ小さく始めて、少しずつ大きくしていこうと思っているのです」
こんなところにも、栗野さんの、飾らないお人柄が出ているようです。
ジャケットは、カルーゾ。HUMANOSが扱うブランドのひとつです。
「このブランドは、とにかく仕立てが軽い。今日の格好はクラシックですが、私はカラーやドリスヴァンノッテンとも合わせます。カルーゾはモードな服とも相性がいいのです。フラワーホールはハンドソーンで、すぐにカルーゾの服だと見分けがつきます」
シャツは、ビッグマック。
「これは、もう40年以上前に、ビームス時代に買ったもので、もう何百回も着ており、襟はすっかり擦り切れてしまいました。今の人はビッグマックというと、ハンバーガーを思い浮かべるだろうけど・・(笑)。同じ頃に買ったオシュコシュのワークシャツもやはり数え切れないくらい着て、そちらはもうぼろぼろになってしまいました。私はひとつのものを、すごく長く着るタイプです。しかもモードなものも長く着るから、話がややこしい(笑)。97年製のコムデギャルソンのニットなど、今でもよく袖を通します」
ネクタイは、HUMANOSが扱うフラテッリ ルイージ。
「とても薄いシルク地を3つ巻きで仕上げてあります。タイというより、スカーフのような感じです。配色のセンスもとてもいい。今日はワークシャツで襟元のスペースがないので、こういった柔らかいタイプのタイが似合います。1984〜90年代あたりのアルマーニを彷彿とさせる組み合わせです」
パンツは、Scye(サイ)。ディストリクト ユナイテッドアローズでも扱っているそう。
「これはヨーロッパのミリタリーチノをモチーフとしたパンツです。サイはデザイナーのミリタリーに対する知識がすごい。もっとも私は、スペックオタクではないので、単に色とシルエットが気に入っただけだったのですが・・」
ベルトはJ&Mデヴィッドソン。
「黒と茶色を持っています。最近は本当にこの2本しかしていないなぁ・・」
時計は、ロレックスのヴィンテージ。
「ジョン・アイザックというアーティストがカスタマイズしたものです。ダイヤルに四つ葉のクローバーが描いてあります。普通ロレックス社は、こういったカスタムを許さないのですが、アイザックの父親がかつてロレックスのリペアマスターをしており、例外的に認められた商品だそうです。ユナイテッドアローズでも販売し、即完売となったので、追加を注文したら、なんと断られてしまった。理由は『飽きちゃったから』(笑)」
シューズは、ジョンロブ。
「先日アーティスティック・ディレクターを辞任した、パウラ・ジェルバーゼがデザインしたモデルです。一見ジョンロブに見えない、丸っこいシルエットがいいですね。ちょっとレッドウィングみたい。今日は雨だったので、ラバーソールがいいと思って・・」
モードとトラッド、新しいものと古いものを縦横にミックスしつつ、どこから見ても栗野流にしか見えない着こなしは流石です。やはりこの方は、お洒落の天才です。
それにしても・・、個々のアイテムの話になると、弁舌がぜん熱を帯びます。その知識と経験を駆使した説明は、思わず聞き惚れてしまうほど。もし私がお客さんだったら、きっとすべての商品を買ってしまうだろうな。
最後にようやく光明が見えてきたポストコロナのファッション業界について伺ってみると・・
「コロナという現象は、いろいろなものを“見える化”したのだと思います。例えば、学校が閉鎖になって、子供が家にいるようになり、シングルマザーやシングルファーザーの問題がクローズアップされた。それから食べ物屋さんでは、近所のなんでもない店が、いざなくなってみるとすごく困ったり、逆に都会の一等地に店を構えていたにもかかわらず、なくなっても誰も困らない店があったり・・。ファッションも同じで、“大量生産・大量消費”とか“激レアだから”とか理由をつけて、モノを売ろうとするシステムは、いらなかったということがわかってしまった。価値観が変わったのです。月並みな表現ですが、これからは本物しか残らない時代が来ると思います。そして本物とは、人間を感じられるもののことです。われわれの会社の名前をHUMANOS(ユマノス=スペイン語で“人間”という意味)としたのも、これからは人間の時代だと思っているからです。ハンドメイドなもの、作っている人の手の痕跡が感じられるもの・・ここにあるハイドソーンのラペルホールや、手作業で入れられたシャツのプリーツなどは、われわれが決して手放したくないものですね」
長年ファッション界をリードし、セレクトショップ文化を築き上げてきた方の言葉だけに、その意味するところは深長です。
「THE RAKEのような本にとっては、いい時代になると思いますよ・・」
最後に頂いたその台詞に、大きな勇気をもらったインタビューでした。
栗野宏文さんと、HUMANOS代表取締役・中尾浩規さん。おふたりの動向を、ファッション業界全体が見つめている。
HUMANOSが扱うイタリアのファクトリー・ブランド、カルーゾのリネン×シルクのジャケット。
トラッドを基調としながらも、なぜかモードにも合う不思議なテーラード。
着る人を若々しく知的に見せる。
ブリエンヌ パリ ディスのシャツ。パリ10区で誕生したホワイト・シャツの専門ブランド。
本拠地はナポレオン三世時代の執事を務めていた人の屋敷で、その時代をモチーフとしている。
色は白のみだが、プリーツやフリルなど、超絶テクニックが多用されている。
フラテッリ ルイジのタイ。数々の超一流ブランドのOEMなども手掛けるイタリアの至宝。
スカーフのような柔らかな素材・縫製と、イタリアらしいセンス抜群の配色が特徴。