From Kentaro Matsuo

THE RAKE JAPAN 編集長、松尾健太郎が取材した、ベスト・ドレッサーたちの肖像。”お洒落な男”とは何か、を追求しています!

57歳からの接客業、「服育」へのチャレンジ
大西陽一さん

Saturday, October 10th, 2020

大西陽一さん

スタイリスト、アルソーレ代表

text kentaro matsuo photography natsuko okada

スタイリストの大西陽一さんのご登場です。イタリア、ナポリの名ブランド、イザイアのアドバイザリー・スタッフとしての肩書きもお持ちで、最近ではお店にも立たれているということなので、お話を伺ってきました。

メンズ・イーエックス、レオン、メンズ・プレシャスなどで活躍した、第一線のスタイリストが、ショッピングのアドバイスに乗ってくれたらいいですよね? もともとエディターでもあった大西さんは、論理的にファッションを語れる方としても知られています。

ところが・・

「お店に立つようになって、考え方が180度変わりました。それまで、いわゆる“富裕層”の方々に実際にお会いする機会はほとんどなかったんです。雑誌でもなんでも、なんとなくの想像で読者の見当をつけていました。“三木谷さんみたいな人かなぁ”とか(笑) しかし、実際にお店にいらっしゃるお客様は、本当にさまざまです。例えば、モード系の短パンにTシャツだけれども、プラチナやブラックカードを出してスーツを買う方がいる。今まで自分がやってきたことは、ちょっと独りよがりだったなぁ、と反省しています」

 

 そもそもイザイアで働くことになったきっかけは何だったのでしょう?

「50歳になったと思ったら、あっという間に57歳になっちゃった。そこで何か新しいことを始めて、自分の殻を破りたいと思ったのです。もともとアルソーレ(洋服お直しショップ)の経験で、接客が好きなのはわかっていました。それから、今の若い人に、洋服の楽しみ方やサイジング、イタリア的なライフスタイルなどを伝えてあげたいという思いもありました。私はいわゆる洋服の“トレンド”ばかりやってきましたが、もう流行はいいかな、と。それよりも、その方のスタイルにあった袖丈や着丈、パンツの股下の長さ、裾幅、服のメンテナンスなど、きちんとした“服育”をしてあげたいのです。いくら高い服を着ていても、サイズが合っていなければ台無しですから。日本は一部の業界人は、ものすごくレベルが高く、自分のスタイルを持っているのですが、一般の方はベーシックなことを知らずに、インスタグラムやファッション系ユーチューバーの影響で、ブランドやトレンドにしか興味がないという感じですね・・」

 

 大西さんは、私より2歳年上ですが、そんな先輩が新しいことにチャレンジするのを見ると、私も勇気をもらえます。

「昔、ルネサンス時代のイタリアに、フィリッポ・リッピという画家がいました。彼は僧侶であったにもかかわらず、50歳にして20歳以上年下の修道女と駆け落ちして、当時大騒ぎになったそうです。結局、還俗して子供も生まれ、画家として第二の人生を始めています。50歳になったといっても、まだ人生30年間もあるわけですから、長いですよ。そんなにお金は儲からなくてもいいから、好きなことをやっていきたいですね。ワインとパスタで人生を楽しむ、イタリア人のように・・」

最近では、自らの装いも、とても自由になってきたとか。

 

 ジャケットは、もちろんイザイア。

「これは実はスーツとして売られていたものです。上下バラして着ています。イザイアは柄物が多いので、別々に着られるのです。モデルのレンジも、クラシックなものから、“グレゴリー”のようなモードに近いものまで、幅が広い。これはグレンチェックにパープルのオーバーペインが入っていますが、他にはこういうの、ないでしょう? 独特の大胆さが魅力ですね」

 

 ニットのベレー帽とスカーフは、どちらも“どこかで手に入れたもの”

「帽子は薄くなった頭を隠す意味でも重要です。ベレータイプは、つば付きと違って、室内で被っていても不自然にならないのがいいですね。また、長らくアスコットタイなんてしていませんでしたが、最近巻き物に再び注目が集まっていますから、ひっぱり出してきました。どこで買ったんだっけなぁ・・50歳を過ぎると、思い出せなくなっているものが、たくさんあるんですよね(笑) 」

 その感じ、私もまったく同じです。

 

丸メガネは、なんとゾフ。

「丸メガネはずっと探していたんです。ちょっと藤田嗣治みたいでしょ? または手塚治虫?」

 

ニットは、なんとユニクロ。

「ユニクロがイネス・ド・ラ・フレサンジュとコラボレーションしているシリーズです。レディスしかないのですが、サイズがXXLまであって、男性でも余裕で着ることができるのです。作りはいいし、メンズにはないような色味がある」

 

これには一本取られました。ユニクロとイネスがコラボしているのは知っていましたが、まさかこんな着方があるとは・・

 

「雑誌の仕事をしていたときは、どうしてもブランドに対して、忖度(そんたく)をしてしまい、こういうことはできませんでした。しかし、お店ならできる。イザイアはこう着るのだ、という固定観念を崩したいと思っています」

老眼の私が思わず「フィフティ ファゾムスですか?」と突っ込んでしまった時計は、セイコー5スポーツ。しかし、こんなモデルは見たことないような・・?

「セイコー5をベースに、カスタムをしたものです。今や時計の新しい楽しみ方はカスタマイズなんですよ。これはe-bayで見つけたダイヤルとラバーベルトを、大阪の専門の業者に取り付けてもらったものです。もともと文字盤にあった“5”のロゴと曜日表示はなくしてしまいました。時計って、針ひとつ替えるだけで、すごく印象が変わります。こういったパーツを探すのが、また楽しいんです。昨年ホディンキー(アメリカの時計ウエブサイト)日本版立ち上げパーティに行ったとき、向こうのスタッフはこぞってセイコーをしていました。銀座でヴィンテージを買ったという人まで! そこで私も世界に誇れる日本のモノを身に着けようと思ったのです」

 

 トラウザーズは、“軍パン”。

「これはオーストラリア軍の1962年を、忠実に再現したもので、福岡のミリタリーショップWAIPERで購入。元英国領だけあって、ウエストは完全なグルカ仕様です。いま若い人の間で、軍モノは大ブームになっていますよね。一時のデニムブームと似ています。アルソーレでも多いんですよ、ブカブカのM47(フランス軍パン)を直してほしいというお客様。これはオリジナルの股上が大きすぎたので、股下部分を詰めて、すっきりしたシルエットにしています」

 実は私も、ブカブカのM47を持て余しているひとり。今度お直しお願いします。

 

シューズはパラブーツ。

「今では手に入らない。アザラシの毛皮を張ったものです。今日のコーディネイトはフレンチとナポリのミックスがテーマ。ジャケットがトラディショナルな分、他のアイテムを“ズラして”みました」

 

 全体のまとまりもさることながら、ひとつひとつの薀蓄がハンパない。先輩、さすがっす。

 

さて、そんな先輩ですが、今日「えええ!」と思ったことがふたつありました。

ひとつめは、大学では応用物理を専攻なさっていたこと。えええ!

「私はもともと理系だったのです。オーディオやアマチュア無線、BCLなどが大好きだったので。クーガーなどのラジオには夢中になりましたね。しかし、大学在学中にファッションと“ダンパ”にハマってしまい、編集プロダクションの人と知り合って、そのまま就職してしまったのです・・」

 失礼ながら、大西さんと応用物理って、まったく似合わない感じです。“着こなし応用編”とかなら頷けるのですが・・。あと、BCLとダンパがわからない人は、ネットで調べて下さい(笑)

 

 さて、ふたつめは、私の古巣メンズ・イーエックスで仕事をするまでは、スタイリストではなかったということ。

「それまでは、主にライターをしていました。でも、自分には向いていないと思っていました。そこで30歳になったのを期に、メンズ・イーエックスへ営業に行って、スタイリストとして本格デビューさせてもらったのです。どこで貸し出しをしていいのかわからなかったので、メンズ・イーエックスの巻末の問い合わせリストを見て、そこへ電話していました。“ストラスブルゴ”って何だ? とか思いながら(笑)」

 えええ!  私はてっきり、超ベテラン・スタイリストだと思っていました・・

「当時はちょうどクラシコ・イタリア・ブームが始まった頃で、まぁ、時代がよかったのですね。雑誌をやりながら、勉強をさせてもらいました。イザイア、キートン、アットリーニなどの名前を知ったのもその頃です」

 

 メンズ・イーエックス創刊当時(1994年)のことは、私もよく覚えています。今では当たり前のクラシックな服が、実に新鮮に思えたものでした。時代も鷹揚(おうよう)でしたね。私もいまだに、当時覚えたことを飯のタネにしている感じです。あれから、もう25年も経ってしまったとは、信じがたいですが・・

 

「それからレオン創刊をやって、ピッティでスナップを撮って、アウトドア・ブームの頃には、アウトドア雑誌の仕事をして・・。本当にいろいろなことをやりましたね」

「ファッション界って、波風が激しいでしょう? イザイアはその中でも、ずっと人気を保っていますよね。やはり、独自の立ち位置を確保しているのだと思います。私もまた、イザイアに戻ってきた感じです」

 

 独自のポジションを保っているのは、大西さんも一緒です。それは“変わることを恐れない姿勢”。私も、心から見習いたいと思う大先輩です!

 

<大西さんおすすめアイテム その1>

若い人の間で復活の兆しを見せているピーコート。普通は無地ですが、

これはチェック柄が入っており、一枚でもサマになります。

「ダブル・ブレステッドが苦手な人は、ピーコートから入るといい」とも。

ネイビー×レッドのピーコート ¥350,000

シャツ ¥98,000

ジーンズ ¥69,000  all by ISAIA

 

<大西さんおすすめアイテム その2>

今シーズンのイザイアのテーマは“ソッテラネア”。ギリシア時代の採石場だった、ナポリの地下空間のこと。

「だから全体的に、色目がダークなのです」。一見陽気なナポリタンのイザイアは、

いつも深遠なテーマを掲げています。それも、このブランドの魅力。

ダークグリーン×グレイのスーツ ¥400,000

タイ ¥30,000

シャツ ¥54,000

チーフ ¥17,000  all by ISAIA/ISAIA Napoli Tokyo Midtown  Tel.03-6447-0624

 

<大西さんおすすめ映画>

ナポリを知るため映画(DVD)を2本 上げていただきました。左が、1954年公開の『Viaggio in Italia イタリア旅行』。舞台はナポリで主人公はイギリス人夫婦。当時イギリス人がナポリ を憧れのリゾート地として見ていた感じや戦後のナポリ町並みが見て取れます。こうしたイギリス人のナポリ好きが、のちのちナポリ仕立てが生まれるきっかけの一つになっていたのです。なんと主人公の妻役は、イングリット・バーグマン。

右は、1964年公開の『MATRIMONIO ALL’ITALIANA  ああ結婚』。これはナポリが戦後復興し経済も活気が出だした頃の話で、主人公のマストロヤンニがナポリの若旦那ぶりを発揮しています。服道楽で女好きという設定です。出張でロンドンに行くのですが、バーバリーかアクアスキュータムとおぼしきコートを買って帰るシーンがあり、いかに当時のイタリア人がロイギリスにあこがれていたかが垣間見えます。こちらの妻役は、ソフィア・ローレン。

 

最近はアエラスタイルマガジンのウェブサイトでブログでファッションスナップを解説中。

https://asm.asahi.com/knowledge/12060270

 

 

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