TORQUE OF THE TOWN

キャビア、シャンパン、ベントレー

Monday, January 4th, 2021

ベントレーのフラッグシップセダン、ミュルザンヌの新しい「スピード」バージョンでフロリダの街を走りながら、極上の乗り心地と、圧倒的なパフォーマンスを体験してみた。

 

 

text nick scott

photography nick dimhleby & james lipman

 

 

 

 

 

 

「このクルマにはキャビアとシャンパン、ビジネスランチでふくれた太鼓腹、そしてエレガントな女性が似合う」

 

 今は亡きイギリスのアナウンサー、リュー・ガードナーはかつてベントレーをこう評した。いかにも、1950年代のサンデー・エクスプレス紙らしい言い回しである。

 

「このクルマのエンジンは、ワニ革の財布に入れた5ポンド紙幣がカサカサと鳴るように、贅沢な音を響かせる。傲慢なほどの優雅さをたたえながら、通りを滑るように走り抜けるベントレーの姿は、まるで別世界の存在のようだ。それは、最高級レストラン“ホワイツ”でディナーを楽しみ、太い葉巻をくゆらせ、ナイトキャップにナポレオンのブランデーを嗜むような世界だ」

 

 本誌が新しいミュルザンヌ スピードを試乗したマイアミの夜に、もしガードナーがいたら、彼はその大げさな表現を、さらに誇張しただろう。

 

 

 

ベントレー ミュルザンヌ スピード

ベントレーのフラッグシップであるミュルザンヌにスポーティな性格を与えたトップ・バージョン。全長5575×全幅1925×全高1530mm、重量2685kg、最高出力537ps、最高速度305km/h ¥38,350,000 Bentley(ベントレーコール Tel.0120-97-7797

 

 

 

パティーヌのような塗装

 

 フロリダ有数のきらびやかなホテルの前で、周囲のライトをキラキラと反射しながら、堂々たる姿を披露するベントレーのカーブやシルエットは、スペクトルと呼ばれるオプションの塗料でコーティングされている。一見すると単なるブラックに見えるが、よく見るとメタリックゴールドとグリーンがほのかに混じり、シューメーカーのコルテやベルルッティの職人が手掛ける“パティーヌ”仕上げのような艶やかな仕上がりだ。

 

 圧倒的な存在感を醸し出しているのは、新しいダークブラックメタルのメッシュグリルに、スモーク加工したヘッドライト、そしてベントレー初となる回転方向指定の大径ホイールだ。このホイールは、アルミニウムの塊から削り出され、手作業で仕上げられている。

 

 このクールなエクステリアを眺めてから乗り込めば、車内の豪華さがよりいっそう堪能できる。このゴージャスなフラッグシップモデルの室内には、なんと牛14頭分の革が使われている。ちなみに、職人たちがインテリアトリムを完成させるには、のべ150時間、ハンドルのハンドステッチだけでも5時間もかかるらしい。マッサージシートや電動カーテン、ウッドパネル張りのiPod専用トレイも気が利いている。

 

 

カスタマイズ自由自在

 

 本誌の読者にとって特に重要なのは、ユーザーのカスタマイズ要求にどの程度応えてくれるかという点だろう。オプションのスペクトルに加えて、キャンディレッド、キャメル、マーリン(グリーンがかったオーシャンブルー)という3つの新色も用意されており、計125ものカラーバリエーションがある。内装の仕上げも無数の選択肢があり、レザーは25色、インテリアのウッドパネルは10種類、内装のステッチは多彩なパターンのなかから選べる。

 

 さらにラゲージセット、折り畳み式のiPadテーブル、そして後部座席の背面中央に組み込むシャンパンクーラー(ボトル2本を収納。フロストグラス2個付き)も選ぶことができる。

 

 この種のクルマを買う余裕がある欧米の顧客は自分で運転するが、中国やインドをはじめとする新興諸国の顧客は、ラッシュアワーの街中を、運転手がうまく切り抜けている間に、自分の仕事(このクルマの場合は自分の趣味)に没頭する可能性が高い。

 

 

 

 

 オプションはいずれも非常に魅力的だが、パフォーマンスに関して言えば、このクルマの真のポテンシャルが明らかになったのは翌日のことである。恐ろしいまでのパフォーマンス

 

 私たちはマイアミの渋滞を抜けてドライブに出かけ、オーバーシーズ・ハイウェイに乗った。オーバーシーズ・ハイウェイは大西洋とメキシコ湾にまたがる島から島へと橋を渡っていく約205kmの道路で、フロリダ・キーズ諸島の絶景が望める。

 

 ランチ後にエバーグレーズ国立公園のヘリ観光を楽しんだあと、音速ジェット旅客機の衰退によって使われなくなった空港の滑走路に乗り入れた。

 

 ここでベントレーのスタッフの一人がクルマのキーセットを投げてよこし、停まっているクルマの方に私をそっと促した。助手席に座るのは、大英帝国勲章を叙勲したデレック・ベル(ベントレーのアンバサダーであり、ル・マンで5度も優勝経験がある)だ。さあ、アクセルを踏み込もう。

 

 

 

 

 

 

アドレナリン全開

 

 ミュルザンヌ スピードは6.75リッター、ツインターボV8エンジンを装備し、537馬力、1,100Nmを絞り出す。十分な強度と大きさを持つ金属のチェーンがあれば、預言者ムハンマドがどうしても動かせなかった山でも引っ張れるだろう。

 

 スロットルを開くと、4.9秒で静止状態から100km/hまで加速し、そこからわずか数秒程度で針が280km/hを指した。このスピードでも夢のようなハンドリングだ。顔がゆがむようなスピードで走りながら、アドレナリン全開の爽快感を覚える。クルマを停めたら、後部座席のクーラーから取り出したシャンパンで興奮した神経を鎮めよう。

 

 

列車との競走

 

 ベントレーといえば、ベントレーボーイズとして知られるクルマ道楽メンバーを率いた、ウルフ・バーナートの偉業を思い出さずにはいられない。彼はダイヤモンド業界の大物だった父から受け継いだ潤沢な遺産で1926年にベントレーモーターズを買い取った。

 

 彼は無謀な賭けにも挑戦した。6.5リッターのベントレー スピード 6でカンヌを出発し、同時に出たブルートレインがやっとカレーに着く前に、ロンドンのセントジェームズにあるデール・ボーンズ・クラブに到着するという離れ業をやってのけたのだ。

 

 彼が今も生きていたなら、ミュルザンヌスピードを駆って、上海と杭州を結ぶ高速鉄道と競走しているだろうか。それとも、ミラノ~ナポリ間を駆け抜けるAGV特急イタロが相手だろうか。

 

 

 

本記事は2015年3月24日発売号にて掲載されたものです。
価格等が変更になっている場合がございます。あらかじめご了承ください。

THE RAKE JAPAN EDITION issue03