The Timeless Elegance of the Cricket Sweater

時代を超えて愛される、クリケット・セーターの魅力

February 2025

text the rake

 

 

 

 

 クリケットセーターは、英国の伝統的なスポーツウェアであり、特にクリケットの試合で選手たちが着用していたことからその名が付いた。厚手のウールで編まれたVネックのニットウェアで、寒冷な気候でもプレイヤーが快適にプレーできるように設計されている。

 

 クリケットセーターの最大の特徴は、身頃に施されたケーブル編みと、襟元、袖口、裾に配されたストライプのラインである。これはチームやクラブのカラーを反映するものであった。伝統的には、白やアイボリーを基調とし、ネイビー、バーガンディ、グリーン、ゴールドなどのカラーリングが施されることが多い。

 

 

 

 

 クリケットセーターの起源は、19世紀の英国にさかのぼる。当時、クリケットは紳士のスポーツとして広く認知されており、プレイヤーはフォーマルな白いウェアを着用するのが一般的だった。その中で、防寒対策として登場したのがクリケットセーターである。

 

 このセーターは、フィールドでの動きやすさと保温性を兼ね備え、寒冷な春先や秋口の試合で重宝された。また、ウール素材が汗を吸収し、体温を一定に保つ効果もあったため、選手にとって便利なアイテムであった。

 

 20世紀に入ると、クリケットセーターはスポーツウェアとしてだけでなく、日常のファッション・アイテムとしても広まっていった。特に、英国のパブリックスクールやアメリカのアイビーリーグの学生たちが愛用するようになり、プレッピースタイルのアイコンとして定着した。

 

 

白いシャツ、幅広のクルーネックとストライプが付いたニットセーターを着用しているマルコム・D・ホイットマン。淡色のフランネル・トラウザーズと濃い色の靴が組み合わされている(1902年)。

 

 

 

 クリケットセーターには、「テニスセーター」の別称もある。これは、この手のセーターが、テニスコートでも使われてきたこと物語っている。

 

 テニスセーターを着たテニス選手として知られる最も古い例は、1898年、1899年、1900年の全米オープン・テニス選手権(現在のUSオープン)男子シングルスで優勝したマルコム・D・ホイットマン(1877〜1932年)である。

 

 彼の着ていたセーターにはケーブル編みもVネックもないが、特に胸の中央から肩にかけて2本のV字のバンドがあることから、現在のテニスセーターと酷似している。

 

 


「チルデンセーター」の語源となった往年の名選手、ビル・チルデン。

 

 

 

 日本では「チルデンセーター」の名前で親しまれている。この名前は、1920年代に活躍し4大大会優勝10回を誇るアメリカの伝説的テニス選手ビル・チルデン(1893〜1953年)に由来する。

 

 チルデンはその卓越したプレーとともに、エレガントな装いでも知られ、彼が試合中に着用していたV字模様のセーターがチルデンセーターとして定着した。

 

 チルデンは日本とも縁が深い人物で、1920年には日本人初のウィンブルドン出場者、清水善造とチャレンジ・ラウンド(決勝)で相対し、激戦の末、これを下している。

 

 

日本人テニスプレーヤー、清水善造。ウィンブルドン決勝でチルデンと対戦した。

 

 

 

 この試合では、チルデンが足を滑らせて転倒、その時に清水がゆっくりとしたボールを返したとされる「やわらかなボール」の逸話が生まれた。観客がスタンディング・オベーションで清水に向かって拍手をしたという。

 

 チルデンは1941年には来日を果たし、田園コロシアム(現在の有明コロシアム)・甲子園と名古屋の3カ所を回り、日本のファンにプロテニスを紹介した。会場はすべて超満員になったという。

 

 

クリケットセーターを着た俳優のケーリー・グラント(1934年)。

 

 

 

 その後、ケーリー・グラントやロバート・テイラーといった映画スターが、テニス・セーターの人気をさらに高めるのに一役買った。

 

 上品なニットウェアでありながら、リラックスした印象を与えるこのセーターは、シャツやポロシャツの上に重ねることで知的で洗練されたスタイルを演出する。また、スポーツの起源に由来するため、アクティブで健康的な印象も併せ持つ。

 

 現在では、クリケットセーターはラルフ ローレン、J.クルー、フレッド ペリー、ラコステ、トム ブラウンなどのブランドが取り入れ、伝統的なデザインを残しながらも現代風にアレンジした商品が展開されている。

 

 特にラルフ ローレンは、ブランドの設立当初である1972年からクリケットセーターをコレクションに加えており、現在もブランドを代表するアイコニックなアイテムとして人気を博している。

 

 

左:ラルフ ローレンのアイコニックなクリケットセーター。2025 SSコレクションより。右:ラルフ ローレンのキッズ用クリケットセーター。このブランドのクリケットセーターにかける並々ならぬ情熱を伺うことができる。

 

 

 

 クリケットセーターは、単なるスポーツウェアではなく、英国の文化と伝統を体現し、ファッション史において重要な位置を占める存在である。その歴史は、貴族のスポーツとしてのクリケットやテニスから、アメリカのプレッピー文化、そして現代のファッションシーンへと広がり、時代を超えて愛され続けているのである。