THE RAKE STYLE GUIDE: THE ENDURING INFLUENCE OF MAD MEN

レイキッシュ・スタイル・ガイド:ドラマ『マッドメン』の影響

December 2022

放送開始から10年以上経った今も、AMCのドラマシリーズ『マッドメン』の遺産は、巧みなストーリーテリングと、主人公たちのクラシックなテーラードスタイルを通して生き続けている。

 

 

by ED CRIPPS

 

 


旅行中もスタイリッシュなロジャー・スターリング(ジョン・スラッテリー:左)とドン・ドレイパー(ジョン・ハム)。

 

 

 

 『フォーブス』誌によると、1998年から2014年の間に、アメリカではスーツの売り上げが2倍になったそうだ。これは、2007年から2015年まで放送された比類なく洗練されたテレビドラマ『マッドメン』の成功と関係があるのかもしれない。

 

 マッドメンは、1960年代のニューヨーク、マディソン・アヴェニューにある広告代理店を舞台に、そこで働く猛者たちを描いたドラマである。当時ならではの、女性や人種に対する蔑視やハラスメントが横溢しているが、それがかえってリアリティを生んでいる。エミー賞をはじめ、数々の受賞に輝いた。特に素晴らしいのがファッションだ。

 

 この作品は男性の服装を変えたと言われている。2000年代半ば、よりスマートでミニマルなメンズウェアが好まれるようになったのは、カジュアルだった90年代への反動といえるかもしれない。例えば、マッドメンにインスパイアされたJ.クルーのスリムカットのラドロー・スーツやブルックス・ブラザーズのコレクションと、ドラマ『となりのサインフィールド』や『フレンズ』などが広めたバナナ・リパブリックや大きめのスニーカー、だぶだぶのセーターなどを比べてみるといい。

 

 

 

 

 

 マッドメンの先見性のある衣装デザイナー、ジャニー・ブライアントは、1960年を舞台にしたシリーズ1では、スキニーフィット・スーツ、スキニー・タイ、フラットフロント・トラウザーズ、ナローラペル、タイバー、カラーバー、クラブカラー(ラウンドカラー)などを登場させている。

 

 ファッションのトレンドは40年周期で変化するといわれている。ロジャー・スターリングが身につけたクラブカラーは、1920年代に好まれ、50年代後半に再び流行したスタイルである。しかし、このシリーズの舞台が60年代に入ると、ネクタイの幅は広がり、チェックなどのパターン柄が増え、色数を増やしたキッチュなスタイルにシフトしていく。

 

 ジョン・ハムが演じるギャツビー風のアンチヒーロー、ドン・ドレイパーの装いは、彼が支配した広告業界と同じく、改革、理想、不正直のメタファーであり、彼のワードローブの変化は、その人格を反映している。

 

 

 

 

 

 1963年頃までは、彼のスタイルはコンサバである。『ガーディアン』紙のジョナサン・ヒーフは、初期のドレイパーのルックとして、グレイスーツ、ポマードで大きくサイドパートにした髪、白いシャツ(オフィスの引き出しにはパリッとした予備のシャツを保管)、ポケットチーフ、ハイカラーの茶色のトレンチコート、ベッドではきちんとしたパジャマなどを挙げている。

 

 しかし、シーズン4以降、カリフォルニアへの旅行や、束の間の幸せな新婚生活を経て、プリンス・オブ・ウェールズ・チェックや派手なチェック柄、タートルネックなどが登場するようになる1969年の最終回では、海辺の丘で裸足で瞑想するシーンもある。

 

 どのキャラクターも、服装で心理を表現している。不遜なパートナー、ロジャー・スターリングはダブルブレステッド、スリーピースのスーツを着て、モノグラムのカフリンクスをしている。

 

 デザイナーのブライアントは、ピート・キャンベルのスーツを、高貴な生まれの彼に相応しい青色とした。しかし、ドレイパーを崇拝するキャンベルが不倫と上昇志向を真似し始めると、彼のカラーパレットはグレイ、黒、スリーピースのピンストライプに切り替わっていった。

 

 英国人のレイン・プライスはウエストコートを着用し、神経質なマイケル・ギンズバーグはアンチ・エスタブリッシュなファッションをまとい、クールとはほど遠いキャラクター、ハリー・クレーンは半袖とクリップ留めのボウタイといった格好を、マスタードイエローのジャケットとロングスカーフ、サングラスといったスタイルに変えている。

 

 

 

 

 

 グルーミングやアクセサリーにもこだわりがある。スターリングの純白の髪は、老いと若さのバランスにおいて、最高の組み合わせである。キャンベルの後退した生え際と童顔の組み合わせは、最悪の組み合わせだ(彼はそれを補うためにアゴヒゲを生やした)。

 

 ギンズバーグは口ヒゲを生やした最初のキャストだが、それが示すカウンターカルチャー的な先見性は、彼の崩壊を予感させるものだった。そして、ジャレッド・ハリス演じるレーンは、最初の自殺に失敗した際に眼鏡を壊してしまうが、これは番組中で最も痛烈なシーンのひとつである。

 

 ブライアントは、『マッドメン』に出てくるスタイルを、絵画のようなアプローチで構成していた。常に“完璧な構図”を考え、手がかりはすべてのシーンに隠されているので、あたかも美術史のように研究することができる(アメリカのある大学では“マッドメン研究”のコースがあるほどだ)。

 

 ファンの間では、ドンの3番目の妻ミーガンがシャロン・テート(カルト信者に刺殺された女優)のような赤い星柄の白いTシャツを着ていたので、彼女は殺されるだろうと噂されていた(彼女は殺されなかった)。

 

 ジョーンは首からまるで男根のようなペンシル・ネックレスを下げ(外すときは要注意)、ドレスの花は彼女の恋愛の幸せ度によって咲いたり消えたりする。ロジャー・スターリングは、LSDを摂取するときもスーツを脱ぐことはない。

 

 

 

 

 

 ドン・ドレイパーが劇中で回転木馬に乗りながら主張するように、“ノスタルジア”という言葉はギリシャ語の“古傷の痛み”に由来している。しかし、マッドメンにおけるレトロの復活は、古典的でありながら先鋭的であり、まったくもって新鮮であった。

 

 映画評論家、マット・ゾラー・サイツの著作『Mad Men Carousel』を引用すれば、この番組は「伏線や回想の大小の断片、時間を超えて互いに答え合うようなセリフやイメージで満たされた、構成の傑作」なのだ。

 

 ファッションは回転木馬そのものであり、反復、回帰、再解釈で目まぐるしい。だが、マッドメンほどセンスよく、またファッションに対する豊富な知識を駆使してメンズウェアに影響を与えたドラマはめったにない。

 

このトレンドが続く限り、楽しもう。40年間でトレンドは回帰するという法則からすると、私たちはポスト・フォーマルの時代に備えなければならないのかもしれないが……。