THE PATH OF GRAND SEIKO by MARK CHO

グランドセイコーの軌跡を追って––銀座から雫石へ

May 2023

世界のメンズウェア業界を牽引するマーク・チョー氏が愛用するグランドセイコー原点の地銀座と機械式時計の聖地雫石(しずくいし)を訪問。日本の時計製造の最高峰ブランドが持つ壮大な世界観を探求する。

(ウェブ用に適宜編集しているため、誌面と多少内容が異なります。完全版はIssue50にてお読みいただけます)
text yoshimi hasegawa
photography daisuke akita

Mark Cho / マーク・チョーアーモリーの共同設立者にして、ドレイクスの共同経営者。香港、ニューヨーク、ロンドンに店舗を持ち、日々往復する生活から生まれた世界標準の鑑識眼は常に注目されている。時計にも造詣が深く、世界的なコレクターとして知られる。昨年11月、フィリップスにて自身の時計コレクションのオンラインオークションを開催。大きな話題となった。

 今回のマーク・チョー氏による日本のクラフツマンシップを巡る旅は、セイコー原点の地、セイコーハウス銀座から始まる。銀座のみならず、東京のランドマークとなっているこの建築は、1881年に創業した服部時計店(現セイコーグループ株式会社)の二代目時計塔として1932年に竣工され、昨年2022年に90周年を迎えた。

 チョー氏は著名な時計のコレクターとして世界的に知られ、さらに自社のアーモリーブランドで時計メーカーとコラボレーションも行っている。当然ながら時計に関する専門知識は豊富だが、その選択眼は、マニアックな時計愛好家とは一線を画する。時計は自分の個性を表現する、紳士に許された数少ないアクセサリーだ。彼は時計を選ぶ際、時計単体で見るのではなく、自らの着こなしの一部として完璧に機能する時計を選んでいる。

 チョー氏はグランドセイコーを長年にわたり愛用し、海外のメディアに向け、自身が収集してきたグランドセイコーのコレクションを度々紹介してきた。

 2010年から本格的なグローバル展開を行ってきたグランドセイコーでは、海外市場でのブランド認知がより向上し、日本市場でも今まで日本人が気づかなかったグローバルブランドとしての魅力が改めて認識されている。

セイコーハウス銀座ゲストラウンジ。竣工時の意匠が保存され、創業者服部金太郎(下右)が目指した欧米に比す精巧な時計製造への歴史と伝統を感じる。2009年近代化産業遺産認定。時計塔を間近にセイコースカイガーデン(本ページ1枚目の写真)からの眺望は圧巻だ。

 グランドセイコーは、1960年、国産初のスイス・クロノメーター検査基準優秀級規格に準拠した時計として誕生。ムーブメントの開発、設計に始まり、部品製造、組立、調整、検査、出荷までをすべて自社内で行う世界でも希少なマニュファクチュールである。

 彼が高く評価するのは時計としての独自性と先進性、日本固有の精緻な製造技術と職人技、そしてジェントルメンズウォッチとしての控えめなエレガンスだ。

「グランドセイコーを最初に紹介されたとき、究極の毎日着用できる時計を目指していると説明されました。壊れることがなく、常に正確で、信頼できる。グランドセイコーはまさにその通りの時計です。もちろん他の時計ブランドで非常によくできている製品もあります。しかしグランドセイコーのレベルではない。グランドセイコーの製造品質はそれほど突出しています」

 この言葉を裏付けるかのように、昨年11月、グランドセイコーの快挙を伝えるニュースが飛び込んできた。

 初の機械式複雑時計「グランドセイコー Kodo(鼓動) コンスタントフォース・トゥールビヨン SLGT003」が、ジュネーブ時計グランプリ(GPHG)にて、卓越した精度を備えた時計に贈られる「クロノメトリー賞」を受賞したのだ。2014年度の「プティット・エギュィーユ」部門賞、2021年の「メンズウオッチ」部門賞に続き、2年連続3度目の受賞を達成。特に今回の受賞は日本の機械式時計製造の価値創造に対する偉大な転換点となった。

「世界で初めてふたつの複雑機構トゥールビヨンとコンスタントフォースを同軸で一体化し、独創的な機構と音を持つKodoを作り上げた、この受賞はまさにグランドセイコーにふさわしいものです。デザイナーの川内谷卓磨さんのアイデアは創造的です。この功績はグランドセイコーが新しい重要なマイルストーンに到達する大きな助けとなることでしょう」

 チョー氏の言葉通り、2020年、グランドセイコーはブランド誕生60周年を記念し、新たな60年へ向けた新規事業と新製品を発表している。欧州初のグランドセイコーブティックをパリ屈指の一等地、ヴァンドーム広場に開店。ブランドのヘリテージである生産拠点、岩手県雫石町にある盛岡セイコー工業では、雫石高級時計工房の新施設としてグランドセイコースタジオ 雫石が創設された。

グランドセイコースタジオ 雫石では、熟練の技能士による組立、精度調整工程等を見ることができる。機械式時計部品一覧や歴史展示に加え、周囲の森を体現したグリーンカラーダイヤル雫石限定モデルも販売。自然と共生するブランドの世界観が体感できる施設だ。一般公開されており、ウェブサイトからの完全予約制。

 今回訪れた雫石のスタジオは、グランドセイコーのブランドフィロソフィー「THE NATURE OF TIME」に基づき、隈研吾氏が設計した開放感のある木造建築だ。杉や赤松といった日本独自の建材が贅沢に使用され、周囲の岩手の自然と美しい調和を見せている。

 内部は組立、調整、検査、出荷工程で構成され、国内最高峰の技術を持つ組立師がグランドセイコーの機械式時計製造を担う。

 こうした職人技に加え、世界に冠たる製造品質を支えているのは、スイス・クロノメーター規格よりさらに厳格な独自の「グランドセイコー規格」であり、加えて「MEMS」に代表される加工精度向上、耐久性向上と軽量化といった高精度に向けた絶えざる技術革新だ。

「私にとって素晴らしい製品の製造工程を見ることは常に大きな喜びです。特に外装部品のケーシングを組立職人が行う工程は、海外では目視が多いのに比べ、ここではクリーンルームで顕微鏡を使用し、埃や微細な傷まで確認しながら手作業で行っていたのが印象的です。品質追求へのこだわりがここにも表れています」

組立師の村上氏(写真上)、社長の林氏(写真右下)から歴史とムーブメント製造について説明を受けるチョー氏。「T0(ティー・ゼロ)コンスタントフォース・トゥールビヨン」(写真左下)。

 名峰岩手山を望むラウンジでは、前述の「Kodo」のムーブメント9ST1の基礎となったコンセプトモデル「T0(ティー・ゼロ)コンスタントフォース・トゥールビヨン」が展示されている。

「連続して回転するトゥールビヨンとコンスタントフォースが断続的に追随する様子はまるでムーブメントが生きているようです。間違いなく、今まで見た中で最も美しいムーブメントのひとつです」

 2020年には、前述の「T0」と同時に、デュアルインパルス脱進機を採用し、伝達効率を飛躍的に高め80時間連続駆動を実現した10振動ムーブメント、キャリバー9SA5が誕生。ふたつのキャリバーは共同して研究開発が進められ、ツインバレル採用などの共通点を持つ。キャリバー9SA5は水平輪立構造により薄型化にも成功。これを搭載しているのがSLGH005、通称「白樺モデル」である。

 前述のブランドフィロソフィー「THE NATURE OF TIME」には実はふたつの意味合いがある。ひとつ目は自然からインスピレーションを受ける感性、ふたつ目は時の本質を追求し限りない精度への挑戦を続ける決意が込められている。「白樺モデル」のダイヤルは岩手県平庭高原の白樺、雫石の厳しくも豊かな自然を表し、内部は連綿と受け継がれてきたグランドセイコーの技術の結晶となっている。

「白樺モデルで表現された日本独自の職人技を用いたダイヤルはとてもロマンティックで、ブランド哲学を反映している。これは素晴らしいと思いますね。パリの新しいブティックも訪れたのですが、改めて、この旅ではグランドセイコーのブランドとしての力を実感しました。銀座の中心に鎮座する巨大な時計塔、長い歴史を持つ建造物、そして隈研吾氏によるスタジオ、このブランドスケールは驚嘆に値します。特に、今回グランドセイコースタジオを訪れて、最高の精度と品質を追求する、その努力に強い感銘を受けました。雫石の自然に囲まれた環境と美しいスタジオ、ここで働く人々の献身的な姿勢は製品に如実に反映されています。ここは『Kodo』が表したグランドセイコーの未来を象徴する場所なのです」

マーク・チョー氏(左)と盛岡セイコー工業(株)代表取締役林義明氏(右)。愛用の限定品グランドセイコーはかつての「雫石高級時計工房」銘が入った思い出の品。