GRAND PRIX D’HORLOGERIE DE GENÈVE

時計界のアカデミー賞、“GPHG”とは何か?

April 2023

毎年秋に発表されている「ジュネーブ時計グランプリ」(GPHG)。時計業界の目利きたちがどんな点に注目しているかを知る、大切な指標でもある。
text tetsuo shinoda

第22回を迎えたジュネーブ時計グランプリ(GPHG)。授賞式は2022年11月10日にジュネーブのテアトル・デュ・レマンで開催され、授賞ブランドのCEOなどが登壇してスピーチを行った。

 2001年に創設された「ジュネーブ時計グランプリ」(Grand Prix d’Horlogerie de Genève、以下GPHG)は、最も注目すべき現代時計のクリエイションに光を当て、素晴らしい時計芸術を世界に広めることを目的としている時計アワードだ。

 当然、各国には時計媒体が主宰するウォッチアワードがあり、レッドドット・デザインアワードやグッドデザイン賞のように、時計にも門戸を開いたデザイン賞も存在している。しかしGPHGが他と明確に異なるのは、その「権威」だ。

 なぜなら、このアワードを決定するのは、時計職人、デザイナー、時計関連産業従事者、歴史家といった時計のプロフェッショナルだけでなく、ジャーナリストやインフルエンサー、コレクターといった時計の目利きたちによって構成されるアカデミーメンバーであるから。つまりマニアックな技術面から一般的なトレンド感まで、幅広い目を持って審査することにより高い権威を持つようになったのだ。

 それゆえにアワードの選定に際しては、透明性に対してかなり気をつかっている。エントリーする時計は、ブランドからのエントリーとアカデミー会員からの推薦によって選出され、まずは会員投票で各カテゴリに対するノミネートモデルを決定。さらにアカデミー会員から選出された30名のメンバーが無記名投票を行い、そこにアカデミーの投票者数に応じた得票ポイントを加えて最終的に各賞のリストが決定する。

 もちろん、こういったアワードには一切参加しないと表明しているブランドもあるため、お馴染みが入っていない場合もあるが、だからといってアワードの価値が下がることはない。むしろ知られざるマイクロブランドの時計が受賞する場合もあるし、グランドセイコーが主要賞を獲得したことがあるように、“スイス時計万歳!”という空気に支配されているわけでもない。GPHGの目的は、スイスや世界の時計文化の伝統や技術、そして価値を高めることであり、身内を誉めそやすためのアワードではないのだ。

今回の大賞を獲得したMB&Fの設立者であるマックス・ブッサー氏。スイス時計業界を代表する大物である。

 部門の数や内容は毎年微妙に異なるが、主要部門は、大賞の「“Aiguille d’Or” (金の針) Grand Prix」と「Men’s Watch Prize」と「Ladies’ Watch Prize」の3部門。さらには比較的手ごろな価格の時計を対象とした「“Petite Aiguille”(小さな針) Prize」や、アートピースのように美しい時計を選ぶ「Artistic Crafts Watch Prize」のように毎回話題になる部門もある。現在の時計業界の動向やトレンド、さらには時計のプロたちが何に注目しているのか? それを探ることもできるイベントとなっているのだ。また、毎年秋にジュネーブで行われる授賞式に先立って世界の主要都市で巡回展を開催してノミネートされた時計を紹介するなど、イベントは徐々に世界規模に拡大しつつあり、まさに「時計界のアカデミー賞」と呼ぶにふさわしい格式となってきている。

 2022年のGPHGにて大賞の“Aiguille d’Or”に輝いたのは、MB&Fの「レガシー・マシン シーケンシャル エヴォ」。これはかなり意外な結果といえるだろう。過去の大賞受賞モデルを見ると、やはり歴史あるブランドが多く、“画期的”であることより(その手の部門は他にある)、既存の機構やデザインの正常進化を高く評価する傾向にあったからだ。

MB&F
レガシー・マシン シーケンシャル エヴォ
クロノグラフはこれまで、計測精度が最も重視されてきた。しかしこのモデルはさらに踏み込み、ラップタイムやチェスマッチモードなど、時間計測を行うさまざまなシーンを想定したふたつのクロノグラフ機構を搭載する。極めて複雑だが美しい。まさに美と技の共演だ。手巻き、ジルコニウムケース、44mm。

 このモデルは既存のクロノグラフの概念を打ち壊して限界を超えたもので、ひとつのムーブメントの中にふたつのクロノグラフ機構を組み込み、それぞれ独立して計時を行えるようになっている。12時位置に見えるのは調速脱進機で、6時位置に小さく時分表示が収まるが、主役は右半分と左半分に収まるクロノグラフ。3時位置と9時位置にあるのは60秒の積算計で1時位置と11時位置にあるのが30分の積算計。ユーザーの使い方によって、さまざまな計時ができるという点でかなり画期的なメカニズムだが、これを大賞に選ぶというのは大いに示唆に富んだ結果ともいえる。

 そもそもジュネーブを中心としたスイス時計業界というのは、歴史と伝統を重んじてきた。それは時に保守的で退屈であるともいわれてきたのは事実である。しかしスマートフォンやスマートウォッチの台頭とともに、腕時計は実用品というより自由に自分を表現するものになった。もちろんそういった気風は主に新興ブランドの特権ではあったが、その代表格ともいえるMB&F(時計プロデューサーとして名を馳せたマックス・ブッサーが2005年に立ち上げたブランド)がこうしてGPHGの大賞を取るという状況を鑑みるに、時計業界はさらに自由な進化を遂げていくのかもしれない。GPHGとは、そういった業界の流れを一緒に楽しむイベントでもあるのだ。

THE RAKEスタッフも審査員メンバーとして参加!

GPHGの各賞に投票するアカデミーメンバーは、時計に対する深い造詣と審美眼を問われるプロフェッショナルたちで構成されている。そこには世界中の時計ジャーナリストも含まれるが、我らTHE RAKEに関わる3名も、その重責を担っている。特にニック・フォルクス(中央)は、2021年の審査委員長を務めた重鎮だ。また著名な時計コレクターでもあるアーメド・シャリー・ラーマン(左)や本誌および時計誌『Revolution』のファウンダー、ウェイ・コー(右)もメンバーに名を連ねている。

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