The J. Shepherds
初の純国産ツイード誕生。国島のThe J. Shepherds
September 2021
text KAORI NAKANO
株式会社国島は2019年より日本産の羊毛を使うツイードプロジェクトJ. Shepherdsを開始し、2020年の秋からツイードコレクション「The J. Shepherds」を展開しています。
これはたんに「メイドインジャパン」や「オーガニック」といった時流に乗る試みではなく、むしろ「ファッションは、農業である」という究極の原点に立ち戻りながら牧羊業を再発見する、画期的な取り組みです。
<羊と羊飼いへの共感から始まったプロジェクト>
プロジェクトの原点にあるのは、日本の羊と羊飼いに対して国島社長の伊藤核太郎が覚える深い共感と愛情です。
現在、日本全体で羊の頭数は17000頭、北海道だけで10000頭です。ちなみにオーストラリアでは7000万頭。日本の牧羊業は非常に零細です。
日本の羊飼いにはユニークな生き方をしている人が多いのです。羊にほれ込んで羊飼いになった彼らは羊と向き合い、共に生きているという矜持をもっています。
どの方も、「羊は儲からない」とぼやきますが、羊からはなれません。休みもなくきつい仕事のうえ、儲からないのになぜなのか?
理由はたとえば、「フランスで見た、あの美しい牧場の風景を日本にもつくりたい」であったり、「肉も毛も乳も皮も利用しつくす世界の文化を味わい尽くしたい」であったり、「人間にとって一番つきあいやすい動物だと思う」であったりします。ただただ羊が好きなのです。肉として出荷するために飼育していながら一頭一頭に名前をつけている人もいます。
彼らはビジネスとして規模を大きくすることはせず、目の行き届いた羊の飼育をするため、小規模にとどめています。「どうしたら儲かるか」と同じ感覚で「どういう飼育が望ましいか」を基準に行動しています。
滝川市、松尾めん羊牧場の佐藤牧場長。
羊毛は、これまでほとんどが廃棄されてきました。羊毛を利用するための加工設備、物流の仕組みなどが日本にはないのです。
しかし、日本の羊毛は魅力的な特性をもっています。共通するのが、クリンプと呼ばれる毛のちじれがしっかりしていること。羊のもこもこした感じはこのクリンプから生まれています。日本の羊毛はふくらみ感のある織物に向いています。
日本にはこんなすてきな羊飼いたちがいて、こんなに魅力的な羊毛を産する羊がいる。そんな羊をめぐる世界をもっと多くの人に知ってもらいたいし、多くの人たちとこの世界の楽しみを分かち合いたい。伊藤社長のそんな思いからJ. Shepherds がスタートしました。
のびのびと草を食むサフォークたち。松尾めん羊牧場にて。
<日本の羊毛生産、ゼロからのスタート>
とはいえ、サプライチェーン自体がなかった世界で、ほぼゼロからのスタートです。
加工工程では「化炭処理」の設備が日本にないことが大きな課題でした。化炭処理とは、草の葉や種など植物性の夾雑物を取り除くため、希硫酸につけて熱風でセルロースを焼ききる工程で、環境負荷が高いとして日本では20年以上前に消えました。J.Shepherdsでは、しかたがないので、手で取り除いています。
さらに物流の問題を整え、毛織物業界の分業システムにも協力者を得て、従来は接点がなかった国内の牧羊業界と毛織物業界をつながりました。プロセスの整備が進むにつれ、2019年に2牧場400kg、2020年は12牧場1.9トンの羊毛買取は、2021年には19牧場3.7トンにまで拡大しています。国内の羊の数が少ないため羊毛供給量は当面5~6トンが限界です。量的にはどうしても希少で、少しも無駄にできません。
クリンプ豊かな日本の羊毛。
国島の羊毛買取価格は輸入品と比べると数倍高いのですが、それでも牧場経営から見れば微々たる額でしかありません。しかし、羊飼いたちは、これまで捨てるしかなかった羊毛が活きることが嬉しくて、積極的に協力してくれます。
また、日本羊毛産業協会だけでなく、各地の行政や商工会議所や地域金融機関の関心も高く、今後はより広範な取り組みに発展する見通しです。
<ファッションは農業である>
こうして2019年春から取り組みを始めたプロジェクトは、ツイードコレクション「The J.Shepherds」として2020年の秋から店頭で展開しています。
豊かなクリンプから生まれるふくらみ感を活かすため、最初の商品はツイードとし、化炭処理をせず、お湯だけで洗うことから、いっそツイードが生まれたころのツイードの風合をめざしました。何度も試作を繰り返し、弾力感と深みある風合のよい生地となりました。張りがあり仕立て映えがするとテーラーの間で好評を博しました。
2021年からは柔らかい風合のものも投入予定で、商品の幅は順次、広がっています。ワインのように「2020年もの」「2021年産」と年ごとに異なる味わいをもつツイードが生まれるという楽しみがあります。
羊毛が糸になり、生地になる。
実は国産の羊毛を手がけようとしたのは国島が初めてではありません。大手を含め多くの試みがこれまでもありました。今回、国島がそれを実現できたのは、商品企画と販売の考え方をひっくり返したためです。
通常の企画においては、店頭に向けて投入したい生地をまずは企画し、これにあった原料(羊毛)を選びに行きます。この点、海外の羊毛市場は非常に良く整備されています。
しかし日本の羊毛はこういうわけにはいきません。とりあえず「買う」と宣言し、手元に羊毛が届いてから、それにあった加工方法や生地の企画を考えていくのです。
いわば、工業製品の発想を捨てて、農産物を扱うという発想に戻る必要があったのです。「ファッションは農業である」という冒頭の表現の意味がおわかりいただけましょう。
原毛は品質も納期も確定しないし、価格自体も高くならざるを得ない。既存の市場にはめようとすれば絶対に無理であり、生地が完成してからその魅力を丹念に伝えていく市場作りの努力も求められます。
The J.Shepherds(2019)で仕立てたポロコート。
ビジネスとしては明らかに難しいと分かっていながらこんなプロジェクトを進めるのは、これは自分がやらねばならないと感じた伊藤社長の使命感からです。「牧場経営を成り立たせることと、羊飼いの理想とをどちらも諦めず、ギリギリの選択をしながら誠実に羊と向き合う彼らの姿は、日本のもう一つの美だ」と語る伊藤社長もまた、羊飼いと同様、ロマンティックでレイキッシュな道を選び取ったビジネスマンです。
国島株式会社
愛知県一宮市大和町馬引字焼野48
TEL.0586-45-0181
Email:concept-tailor@kunishima.co.jp