THE ALPS: FLAT OUT HEDONISM

アルプス:快楽主義の峰々

January 2022

かつて、アルプスのウィンター・リゾートは、有閑階級が激しいスポーツと、どんちゃん騒ぎを楽しむ場所だった……。

 

 

by FREDDIE ANDERSON

 

 

 

 

 

 

 コロラド州アスペン、アイダホ州サン・バレー、カナダのバンフなどは、ハリウッドスターや王族、産業界の大物などが訪れた、華やかな冬のプレイスポットだった。ユタ州のディア・バレー、スペインのバケイラ=ベレットなども、社交界のトップクラスの人々を惹きつけてきた場所だ。しかし、世界のジェットセッターたちは、アルプスとそこにあるラグジュアリー・リゾートを、他のどの場所よりも愛してきた。

 

 スイス、エンガディン渓谷、アクアマリン色に輝く湖の向こうに雄大に佇むバドラッツ パレス ホテルは、雪中のヘドニズム(快楽主義)の本家本元である。サン・モリッツにあるこの歴史あるホテルは、特に大晦日に行われる仮装パーティで有名で、宿泊客は1年前から予約しているそうだ。その昔、動物保護がそれほどうるさくなかった時代には、ホテルのスタッフはプールにアシカを放し、誕生日プレゼントとして生きた象を輸送したりしていた。

 

 第一次世界大戦と第二次世界大戦の間、サン・モリッツは最盛期を迎えていた。 1928年にはここで冬季オリンピックが開催された。30年には、貴族やセレブだけが所属できるコルヴィリア・スキークラブが設立され、最もファッショナブルな人々が集うようになった。サン・モリッツは、この町の名物であるスケルトンのコース“クレスタ・ラン”とともに、世界のジェットセッターたちの、スタイリッシュな“第二の家”となったのだ。

 

 

 

 

 

 

 その頃、真っ白なゲレンデには、“サルトリアル・スキーウェア”とでもいうべきものが散見された。当時の男性スキーヤーは、ツイードやニット、毛皮で身を固めていた。エロール・フリンやダグラス・フェアバンクス・シニア&ジュニアは、サン・モリッツのウィンタースポーツの常連で、重ね着したウールのセーターを、ツイードのトラウザーズにタックインしていた。ウールのマフラーを身につけ、厚手のウールソックスをレザー製のハイキングブーツに入れ、ゲレンデが行き止まりになったら、そのままドロミテの山々をトレッキングしていた。

 

 

 

 

 第二次世界大戦で一時中断されたものの、1950年代後半にジェット旅客機が普及したおかげで、60年代と70年代には、スキーリゾートと破廉恥な快楽主義が再び全盛を迎えた。この時期には、コルヴィリア・スキークラブの対抗馬としてグシュタードのイーグル・クラブが話題になっていた。アート、政治、経済の各分野のセレブにとって、見るべき山、そして見られるべき山はただひとつ、アルプスだけだった。ムジェーヴ、ミューレン、シャモニーといったシックな街と比較しても、グシュタードとサン・モリッツのデカダンスぶりは群を抜いていた。

 

 

 

 

 パパラッチがサン・モリッツをウロウロするようになる以前には、いろいろと浮世離れした出来事があった。バドラッツ パレスでのある有名なパーティは、主催者の従者の掛け声で始まった(当時はアレキシス・ド・レデ、アニェッリ・ファミリー、ギィ・ド・ロスチャイルドなどの人々は、まだ自分の召使いを連れて旅行していた)。

 

 従者たちは朝6時30分にホテルを回り、ゲストたちを目覚めさせると「そのままの姿でおいでください」とパーティ会場であるホール“チェーザ・ヴェリア”へ誘った。ベッドから引きずり出された人々は、パジャマ、ナイトドレス、ドレッシングガウンでやってきた。他にも夜遊びから帰ってきたばかりで、いまだイブニングドレスをまとっている人や、スキーウエアを着ている熱心なスポーツマン&ウーマンもいた。

 

 

 

 

 

 アルプスの華やかさの中心にいたのは、伝説のプレイボーイ、ギュンター・ザックスだ。サン・モリッツのさまざまなクラブでの悪行で有名だが、ジャンニ・アニェッリと同様、ウィンタースポーツの経験が豊富で、彼はゲレンデでこそ輝いていた。鮮やかなロールネックを着てゲレンデを闊歩する彼の隣には、後に妻となるブリジット・バルドーをはべらせていた。

 

 他にも、アラン・ドロンやジャン=ポール・ベルモンドらがスキースタイルをリードしていた。鮮やかで大胆な模様が入ったスキーウエアは、70年代に一般化したものだ。

 

 

 

 

 

 そして2021年10月。サン・モリッツを代表するレストラン&クラブ“エル・パラディーゾ”が再オープンし、バドラッツ パレスが運営することになったというニュースが飛び込んできた。エル・パラディーソはゲレンデの真ん中にあり、かつて多くのセレブが食事やシャンパーニュを楽しんだ場所だ。バドラッツ パレスと同じように、再び人気となるに違いない。ホテルの壮大でエキセントリックな雰囲気が、レストランをよりよいものにするだろう。

 

 ここ数年、冬のリゾートは大きく制限されているが、アルプスを代表するふたつの名所が合併し、スキーシーズンの幕開けを迎えるというニュースは、確かにワクワクするものだ。ウィンタースポーツを楽しみながら贅沢なひとときを過ごしたい方は、サン・モリッツのバドラッツ パレスを目指すべし。