TEMPURA MIZUKI AT THE RITZ-CARLTON, KYOTO

京都に来たら必ず食べに訪れたい
ザ・リッツ・カールトン京都の天麩羅

August 2022

京都を訪れたなら、ザ・リッツ・カールトン京都「水暉」の天麩羅は必食だ。

 

 

text yukina tokida

 

 

同店名物の「近江牛フィレ肉紫蘇巻」。

 

 

 

 また必ず戻ってきたい、そう思える店に出合えることは幸せだ。美味しいだけではない、心に響く何かがある店は、写真に残さなくとも記憶に強く刻まれ、また必ず来ようと胸の中でひとり決意するものだ。今回ご紹介する、ザ・リッツ・カールトン京都の「天麩羅 水暉(みずき)」は、筆者にとってそのような店の好例である。

 

 同店がある、ホテル地下1階の日本料理「水暉」は、天麩羅、会席、鮨、鉄板の4つのジャンルを楽しめる一軒だ。入口はひとつで、ひとつの広々とした空間が4つのエリアに分かれている。旧ホテルフジタ時代からこの場所にある石垣が、すぐそこまで掘り込まれた贅沢な造りとなっているため、地下1階とはいえ、大きな窓からは自然光が差し込み、滝の音が耳に心地よい。

 

「天麩羅」のエリアは、重厚感溢れる御影石のカウンター越しに、熟練の職人たちがひとつひとつ丁寧に下拵えをした旬の食材を揚げて提供してくれる、カウンター8席のみの限られた空間だ。

 

 

8席のみのプライベート感あふれる空間。

 

 

 

 最大の特徴は、一番搾りの紅花油のみを使用していることだろう。関東にある多くのお店が香り高い胡麻油を使用しているのに対し、紅花油だけを使用することであっさり軽やかでありながら、素材本来の旨味を存分に楽しめる。

 

 外はサクッと、中はしっとり。薄い衣が食材を優しく包み込み、旨味をぎゅっと封じ込めている。食材への絶妙な火入れ加減に、終始感動させられるだろう。特に筆者が感動したのは、鯵と蛤。中央まで熱々で、しかし柔らかくみずみずしく、周りはさくっと軽やか。繊細な魚介がここまでジューシーに仕上がるものなのかと、ただただ驚かされた。

 

 

左が蛤で、右が鯵。軽く味がつけられているものの、噛めば噛むほどに口の中に溢れる食材の“旨味ジュース”が、口福をもたらしてくれる。

 

 

 

 料理長を務めるのは小島 太典氏。2011年に「京都祇園 天ぷら八坂圓堂」にて天麩羅の料理人としてのキャリアをスタートし、2016年からザ・リッツ・カールトン京都「天麩羅 水暉」に仲間入りを果たした。

 

 そんな小島氏は非常に多彩な経歴の持ち主。ボクサーやプロダンサーを経験したあと、東京・浅草の天麩羅を食べ感銘受け、自分も天麩羅職人になりたいと奮起して、料理人としての修行を始めたという。数々の店で腕を磨き、現在のポジションに就く前には、東京の名店「近藤」で特別に修行をしたこともある逸材。関東の天麩羅の良さを知った上で、関西ならでは、そしてここ「水暉」でしか味わえない天麩羅を提供しているのだ。

 

 

料理長の小島 太典氏。目の前で繰り広げられる華麗な手捌きは、長年の修行の賜物。

 

 

 

 さまざまな天ぷらと合わせて楽しめるようにと卓上に用意されているのは、小島氏が自ら約40種類もの中から厳選した3種類の塩。南大東島の海洋深層水で作られた塩、奄美大島の藻塩、そして京都・祇園の原了郭の黒七味と塩を合わせたものだ。もちろん天麩羅と楽しむのが一番ではあるが、塩だけで食べ比べてみるのも面白い。それぞれの持つ旨味や、味わいの幅広さに気付かされるだろう。ほかにもわさびや天つゆなども用意されるため、最後まで飽きることなく食べ進められる。

 

 ゲストに提供される器にも、多くのこだわりが詰まっており、なかには博物館級のものもあるとか。日本料理 水暉の三浦料理長が趣味で集めたものも多く、それぞれのストーリーを聞くことも、ひとつの楽しみ方だろう。

 

 

副料理長の林氏(愛称は画伯)の絵心が光る食材の紹介。

 

 

 

 主役となる食材は、メインは京都、南は天草の車海老、千葉の蛤など、その季節ごとにベストな産地から集められる。ちなみに、ゲストに配られるその時々の食材を紹介する一枚の紙に描かれている絵は、副料理長の林氏(愛称は画伯)によるもの。iPadで書き上げられた渾身の作品は、思わず持って帰りたくなる味わいに溢れている。

 

 料理人それぞれが持つ多彩な個性にも触れられる、ここまで記憶に強く残るダイニングはそうそうないだろう。料理に対する“美味しい”感動もさることながら、“こんな人が揚げてくれた、サーブしてくれた”ことがさらなる付加価値を高めてくれる。

 

 

もうひとつの名物「卵黄の天麩羅御飯 キャビア乗せ」。思わず“白米が足りない”なんてと思ってしまいそうだが、この控えめな量こそが、料理人たちが計算し尽くした、完璧の黄金比なのだ。

 

 

 

 基本的にコースのみの提供となっているが、名物をふたつ紹介したい。まずは柔らかいフィレを紫蘇で巻き上げて揚げた「近江牛フィレ肉紫蘇巻」。見事なピンク色に仕上げられ、旨味が最大限に引き出されたフィレの味わい深さに誰もが唸るだろう。添えられている安曇野のわさびといただけば、ピリッと爽やかな辛味と、紫蘇の華やかさ、そして肉の旨味が見事に調和する。

 

 初めてならば、コースの締めで食べるべくは、もうひとつの名物「卵黄の天麩羅御飯 キャビア乗せ」だ。京都・宇治の「ひらがいたまごWABISUKE」の旨味の濃い卵黄だけを匠の技で半熟に揚げ、そのうえに塩味のアクセントとしてキャビアがたっぷり乗っている。コースによっては選択肢に入っていないものもあるので、要確認を。

 

 天麩羅なのに、軽やか。一見相反するふたつのようだが、小島氏はそれを難なく叶える一流の職人だ。そのままよりも、揚げることで食材の旨味、味わいをより引き出す匠の技は、訪れる者に感動を与える。嬉しいサプライズが、そして記憶に刻まれるおもてなしが、ここには溢れているのだ。