Tartan: A Scottish Gift of Self-Expression
タータンチェック:スコットランドの伝統が紡ぐファッション
January 2025
タータンチェックは、単なる模様ではなく、深い歴史と文化的背景を持つスコットランドの伝統的な織物だ。古いクラン(氏族)に根ざしながらも、現代のファッションに取り入れられ、時代を超えて愛され続けている。
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タータンの起源は謎に包まれている。スコットランド最古のタータンはフォルカークで見つかった。この格子柄の布地は、およそ2,000枚の古代ローマ銀貨の入った土器の栓として使われていた。コインの種類からおよそ紀元前3世紀のものと推定されている。
しかしながら、「タータン」という言葉は、そもそも外来語で、その発祥はスコットランドではないらしい。また無地の布を「タータン」と呼んだという記述もある。
ロンドンのウェストミンスターにあるセント・マーガレット教会で結婚式を挙げたエロール伯爵夫人と新郎のイアン・モンクリーフ大尉(1946年)。
中世のスコットランドでは、地域ごとに異なるデザインの格子柄が作られ、地元のアイデンティティを表すものとなった。17世紀から18世紀にかけて、タータンはクラン(氏族=血縁や地域によって結びついた集団)と密接に紐づくようになる。各クランは専用のタータン模様を持ち、一族の結束を示すシンボルとなった。
しかし、ジャコバイトの反乱(1715年と1745年)が起こり、1746年、英国政府によってスコットランドの伝統衣装は禁止された。この「ドレス法」により、タータンは弾圧の対象となり、1782年に解除となるまでに壊滅的打撃を受けた。
1822年に英国王ジョージ4世がエディンバラを訪問した際に、国王自身がタータンを身に着けるという情報が流れるとタータンを買い求める人が急増し、タータンブームが起きた。
その後、スコットランドを愛したヴィクトリア女王(1819〜1901年)とその夫アルバート公によって、タータンは王室とスコットランドのつながりを象徴するものとなった。
元セックス・ピストルズのリードシンガー、ジョン・ライドン(ジョニー・ロットン)。ロンドン高等法院外にて。ライドンは、1979の解散後、マルコム・マクラーレンのマネージメント会社であるグリッターベストを訴えている。
タータンは伝統的な衣装にとどまらず、現代のファッションにおいても強い存在感を放っている。1970年代には、パンクムーブメントにおいてタータンが反体制のシンボルとなった。
ヴィヴィアン・ウエストウッドをはじめとするデザイナーたちは、伝統的なタータンを大胆にアレンジし、ストリート・ファッションに取り入れた。日本では1980年代から1990年代に活躍したポップバンド「チェッカーズ」が衣裳として身にまとっていた。
2008年には、タータンの保存と登録を目的としたスコットランド・タータン法が制定された。この法律に基づき、「スコットランド・タータン登記所(Scottish Register of Tartans)」が設けられている。この登記所に登録されている模様でなければ、公式に「タータン」を名乗ることはできない。ただし、新しい模様であっても、手続きを踏めば登記することが可能である。
例えば、トレンチコートの裏地などに使われる「バーバリー・チェック」や「アクアスキュータム・チェック」は、正式なタータンとして承認されている。また、日本のデパート伊勢丹の紙袋に使われているタータンも、「マクミラン/イセタン」および「ブラックウォッチ/イセタン メンズ」として登録されている。
さらに、神戸松蔭大学(2025年に共学化予定)や東京学館高等学校の制服に使用されているタータンも、正式に登録されている。
英国バラクータのG9ジャケットの裏地として使われている「フレーザー・タータン」。
タータンには数百種類のデザインが存在し、それぞれに深い歴史と文化的な背景がある。1797年創業、200年以上の歴史を持つ、スコットランドを代表するブランド「ジョンストンズ オブ エルガン」のコレクションより、有名なタータンをいくつか紹介していこう。
ロイヤル・スチュアート(Royal Stewart)
鮮やかな赤を基調に、青、黄、緑、白のラインが交差する華やかな模様。英国スチュアート王朝(1371年~1714年)に由来する伝統的なタータンである。1848年、ヴィクトリア女王とその夫アルバート公がスコットランド文化に傾倒し、バルモラル城を購入したことをきっかけに、ロイヤル・スチュアートは広く知られるようになった。このタータンは、王室とスコットランドのつながりを象徴するものとなり、現在でも英国王室の公式タータンとして親しまれている。
ブラック・ウォッチ(Black Watch)
落ち着いた青と緑の深いトーンで構成されたシンプルなデザイン。1725年に設立されたスコットランドの「ブラック・ウォッチ」連隊の制服として採用された。この連隊は、ハイランド地方の住民で構成され、反乱や暴動の鎮圧、警察的な役割を担っていた。その背景から「ガバメント(政府)・タータン」とも呼ばれることもある。落ち着いた色合いは軍事活動中に目立たないようにする目的もあったという。
ドレス・ゴードン(Dress Gordon)
白を基調に緑、青、黄のラインが交差する、清潔感と優雅さを兼ね備えたデザイン。ゴードン氏族のタータンとして作られた。ゴードン氏族は13世紀にはすでにその存在が記録されており、スコットランド独立戦争で重要な役割を果たした。19世紀、ヴィクトリア女王がスコットランド文化を積極的に取り入れた際に普及し、女性にも人気だった。「ドレス」とはフォーマル用に改変されたタータンの意味で、主に白地が追加される。
マクラウド・オブ・ルイス(MacLeod of Lewis)
鮮やかな黄色を基調とし、黒いラインが交差する大胆なデザイン。「ラウド・マクラウド」とも呼ばれる個性的な模様。スコットランドのマクラウド氏族の分派であるルイス家のアイコンとして知られる。マクラウドは13世紀からスコットランドの高地地方と島々で影響力を持っていた氏族で、ルイス家はその領地であるルイス島を守ってきた。この明るい色使いは、ルイス島の自然や輝く太陽を表すといわれている。
マッケンジー(Mackenzie)
緑を基調に青、白、黒のラインが交差する洗練されたデザイン。マッケンジー氏族は、13世紀頃にスコットランドのハイランド地方で台頭し、スコットランド独立戦争やジャコバイト反乱などに深く関与した。そのリーダーは「ロスの大統領」(ロス地方=現在のハイランド地方の一部)と呼ばれた。氏族のモットーは「Luceo non uro(光を放つが、燃やさない)」。このタータンのデザインは、ブラック・ウォッチ連隊の制服に影響を与えたともいわれている。
カレドニア(Caledonia)
青、緑、赤、黄、白の色が交差するデザインで、青と緑はスコットランドの豊かな森と空を表している。「カレドニア」は、古代ローマ人がスコットランド地方を指す際に使用した呼称で、現在でもスコットランドを意味する言葉として使われている。19世紀のヴィクトリア朝時代にタータン人気が高まった際、地域を示す柄として登場した。特定の氏族のためではなく、スコットランド文化を愛する誰もが自由に着用できるとされている。
ヘシアン(Hessian)
ベージュや茶色の自然な色合いを持つ「ヘシアン」は、スコットランドのタータンとは異なる歴史的背景を持っている。ヘシアンは、もともと強靭な天然繊維で作られた布地のことで、日本では麻布(ジュート)や「ガンニーバッグ」としても知られている。また、18世紀にアメリカ独立戦争などで傭兵として活動したドイツ兵士を指す場合もある。「ヘシアン」という名前は、彼らの出身地であるドイツ中部のヘッセン地方に由来している。
メントース(Mentieth)
メントース・タータンは、緑や青を基調とした控えめなデザインを特徴とする。赤や黄色の細いラインが交差する場合もある。「メントース」という名前は、スコットランドの地名であり、特にメンティース湖として知られる美しい湖を指す。特定の氏族に属するものではなく、地域をする「ディストリクト・タータン」である。19世紀にデザインされ、その後、スコットランド・タータン登記所に公式登録された。
アンガス(Angus)
「アンガス」は、深い緑や青を基調とし、赤や黄色のラインが交差する配色が特徴だ。スコットランドの伝統的なタータンのひとつで、スコットランド東部のアンガス地方を象徴している。このタータンはディストリクト(地域)・タータンとして分類され、特定の氏族ではなく、アンガス地方に住む人々や、その地域に縁のある人々が自らのアイデンティティを表現するために着用することが一般的だった。
スチュアート・ドレス(Stewart Dress)
ホワイトをベースとした「スチュアート・ドレス」は、イングランドとスコットランドを統一したスチュアート家のタータン「ロイヤル・スチュアート」から派生したものだ。19世紀のヴィクトリア朝時代にフォーマルなシーンでの使用を目的に作られた。「ドレス」という名称は、特定のタータンがフォーマル用途向けに改良されたものであることを示しており、さまざまなカラーバリエーションがある。
ブラック・スチュアート(Black Stewart)
黒を基調とし、赤、緑、青、黄色のラインが交差するデザイン。「ロイヤル・スチュアート」から派生したバリエーションのひとつである。この配色は、スチュアート氏族の他のタータンと同じパターンを持ちながらも、全体が黒をベースとしているため、控えめでシックな印象を与える。特定の氏族に属しているものの、広く利用可能であり、スコットランド文化を楽しむための普遍的なデザインとして愛されている。
all by Johnstons of Elgin
タータンは、2025年のファッション界においても注目を集めている。スコットランドの伝統と文化によって紡がれたタータンは、一朝一夕でできた模様とは一線を画し、装いに深みとロマンを与えるのである。