Relais & Chateaux Vice President, Olivier Roellinger Interview
サスティナブルシーフードで次世代へ繋ぐ フランス料理の巨匠
December 2022
フランスの料理界でその名を知らぬ者はいないほど、当代一のシェフであるオリヴィエ・ローランジェ氏。美食の国フランスにおいて三ツ星を獲得したにもかかわらず最盛期に返上。レストランを閉じて海洋水産資源の保護活動に転じたことでも名高い異才のシェフだ。彼を突き動かすものは何か、その揺るぎない信念を問う。
text CHIHARU HONJO
photography TATSUYA OZAWA
Olivier Roellinger/オリヴィエ・ローランジェ
「レ・メゾン・ド・ブリクール」のオーナーであり、フランス随一のシェフ。世界中から厳選された580のホテルとレストランが加盟する、フランス・パリを拠点とする非営利組織「ルレ・エ・シャトー」副会長。三ツ星を獲得したシェフでありながら、地元、仏・ブルターニュにこだわりを持ち続け、環境や地域との共存を提唱し、世界の料理界に影響を与えている。
2022年12月某日、オリヴィエ・ローランジェ氏は日本に降り立った。フランスで海洋水産資源の保護のために創設した、自身の名を冠する「オリヴィエ・ローランジェ国際料理コンクール」が北海道室蘭市にて日本初開催したからだ。無論、オリヴィエ氏は大会の審査委員長を務める。このコンクールは、持続可能な海産物をベースとした美味しい料理を作り上げる大会で、若い世代のシェフたちに海洋水産資源の保護に自らが果たせる役割を体験させることを目的にしている。多忙なスケジュールの最中に、スピーチのため訪れた東京・港区のフランス大使館でインタビューする機会を得た。
「サスティナブル」な料理への情熱
20年以上前からサステナビリティは料理界の差し迫った課題だと警鐘を鳴らし続けているオリヴィエ氏だが、水産資源の危機に気付いたのは、故郷の海の変わりようだったと言う。
「私は小さい港町で生まれ育ちましたが、子どもの頃は漁船が30~40隻くらいあった場所に、いつの間にか、たった4隻ほどしか残っていない光景を目の当たりにして、漁業が危機に面しているということを痛感しました。しかも、資源を乱獲してしまうのは小さな地元の漁船ではなく、大企業による大型船でした。調べてみると、当時、漁業関係の会社のわずか5%だけでフランス国内の漁獲量の9割を占めていたのです。さらに驚いたのは、水揚げした約4割の魚が商品にならず船上で捨てられ、約3割は養殖用の餌になっている。そんな恐ろしいデータを見て、何とかしないといけないと思ったのです」
「フランスでは、消費されている魚介類の半数以上が外食産業で使われているので、食に携わるシェフとして、食習慣や消費の方向性を変えられるのではないかということに気づきました」
ルレ・エ・シャトーの副会長として食を統括する立場にいたオリヴィエ氏は、自分には状況を変えられる力があると感じ、2010年11月にルレ・エ・シャトーの加盟メンバーへ向けて「地中海を含む北大西洋のクロマグロは使わない」、「持続可能な水産物を調達する」などの宣言を出し実行に移した。
「北大西洋のクロマグロをこれ以上使うと獲れなくなるので使用をやめましょうと、全世界のルレ・エ・シャトーのシェフに訴えたのです。そんなことはできないと反対されると思いましたが、予想に反して多くの人から賛同を得ることができました。当然、世界中の一流ホテルが使わないということになれば漁師が魚を捕らえても売れなくなります。最終的には政治的な影響も加わり、漁獲量を減らすことに成功したのです。もちろん当初、漁業関係者の中には喜んでいない人もいましたが、結果的にマグロの個体数が戻ったことで漁業が安定し、今は良かったと言っています」
その言葉通り、大西洋クロマグロは徐々に資源量を回復し、オリヴィエ氏の信念が現実となった。
尊い海の資源をどう守るか
聞けばオリヴィエ氏、新しい視点の食材選びの啓蒙活動にも力を入れていると言う。
「海は命の源です。海から進化した人間にとって、海は食料の宝庫なのです。その海で乱獲することによって、恐ろしいことに魚が完全にいなくなってしまった海域があるのです。でもそれは、漁師たちや大規模な漁業者だけの責任だけではない。皆に責任があるのです。なぜなら消費する側も自身が食べたいものだけを買うからです」
「例えばフランス人は約20年前から生魚を食べるようになりましたが、日本人が好むアジは食べません。養殖のサケを生で食べたがる。でも我々シェフがアジを勧めると、生で食べるアジの美味しさに気づいてくれるのです。アジを食べることによってサケやマグロ、スズキの漁獲量が減るし、お財布にも優しい。違う魚を食べるように食の習慣を変えれば、おのずと魚のバランスが取れ、漁師にも食べる消費者側にも良い関係性が生まれるのです」
海の尊さを情熱的に語りかけるオリヴィエ氏に、海に囲まれた日本はどう意識を変えていくべきか尋ねてみた。
「日本は世界で見ても数少ない海洋国家です。自分たちがこれまでやってきたことを責める必要はないです。というのも、以前は誰一人として、海洋環境がこのようになってしまうことを予見していなかったからです。フランスにとって良かったのは、EUの専門家が言及したことによって政治家が大西洋クロマグロの漁獲量を減らす通達を出したことです。漁獲ができなければ当然仕事を失う漁師も出てくるでしょう。でも、このまま乱獲を続ければ魚がいなくなり、漁師の仕事自体がなくなってしまうのです。専門家と漁師の間に政治家が入って、互いに協力し合って解決していこうという事になりました。もちろん料理人や消費者も同調するべきでしょう」
「私は今、マグロの一本釣りを応援しているのです。できることを少しずつ、皆で努力していけばとても良い結果になるはずです。また、未利用魚という魚がいます。あまり知られていないため、釣ってきても売れない魚のことです。そういった魚を上手く活用することによって、今まで利用され過ぎていた魚の資源が守られるのです。フランスも日本も漁業の代表的な国ですから、世界中のお手本にならないといけないと思います」
世界中のルレ・エ・シャトーが一冊になった 『Travel book 2023』。
「ルレ・エ・シャトー」との出会い
オリヴィエ氏が副会長を務める「ルレ・エ・シャトー」は、世界各地の伝統的な食文化や多様な料理を受け継ぎ、「料理」と「おもてなし」で世の中に貢献するというビジョンを掲げた、フランス・パリに本部を置く非営利組織である。1954年にフランスの8つのオーベルジュやレストランが集まり発足したのをきっかけにフランス全土に広がり、今やヨーロッパだけでなく世界中から厳選された580ものホテルとレストランが加盟するまで成長した。メンバーの受け入れは、協会所属の審査官による覆面調査から始まり、審査基準も高く定められている。580のメンバーが380のミシュランの星を保有しているというから、いかに審査基準が高いかが分かるだろう。
オリヴィエ氏は当時を振り返ってこう語る。
「2009年に副会長に就任した時、最初はクロマグロに対する思いから務めたいと思ったのですが、その後サスティナブルな料理への関心が高まり、真の豊かさを追い求めるようになりました。そして、2014年にユネスコで土地の歴史や環境の保護に積極的に取り組む20のマニフェストによるビジョンを宣言しました。それは、各国の料理のアイデンティティ、世界の料理の多様性、その土地で生産された旬の食材、その国の食文化に合った味などを守るのに不可欠なもので、真摯に向き合っていく必要があるのです」
「そして、豊かさの中には食だけではなく“もてなす”という精神も大切な要素になります。日本の旅館のおもてなしとホテルのおもてなしは違いますよね。南アフリカとフランスのシャンゼリゼ通りの文化も違う。ユネスコの無形文化遺産のような多様性を大事にしていきたいのです」
フランスでは、アール・ド・ヴィーヴルと呼ばれる“生活様式に芸術を感じる”言葉があるという。真の豊かさを世に広めるとはどういうことか、オリヴィエ氏はルレ・エ・シャトーを通じて世界へ向けて問いかけているのだ。
次世代の若者への継承
最後に今後の展望について伺うと、次の世代への橋渡しを考えていた。
「私はもう67歳です。ですから、この意識を若者に引き継いでもらいたい。オリヴィエ・ローランジェ国際料理コンクールの人気が例年高まっているのは、資源保護や環境問題、フードロス、海洋プラスティック、気候変動、それらの問題に気づいた若者が出てきたからです。フランスと日本を比較してみると、フランスの方が環境に優しい漁獲方法を採り入れている。でも日本はフランスより雲丹や鮑、帆立、昆布の養殖技術が進んでいるから、お互い素晴らしいところがたくさんあります」
「私が常に心がけているのは、命をいただくということ。フランスでは“ボナペティ(美味しく召し上がれ)”と言い、日本では“いただきます”と言う。両者とも自然に感謝していることの表れです。海が身近にある日本にとって海に感謝するのは言わずと知れたことですよね。海洋水産資源の保護においてはフランスの方が進んでいると思われがちですが、日本もこれから増々進展していくことでしょう。大変期待しています」
と、メッセージもいただいた。サスティナブルの気運が高まっている今、ただ潮流に乗るのではなく意識を変えて追随していかなければ、日本もやがて困ったことになるだろう。未来の世代へ限りある資源を受け継いでいくには、我々もマインドを変える決意が必要に違いない。