Pocket Guide: Nobuto Yamaguchi
世界のファッショニスタに学べ:百貨店に住む趣味人、山口 信人
November 2024
テーラーの山口信人氏が作る服はナポリのエッセンスを感じさせる。その背景には巨匠ジェンナーロ・ソリート氏との出会いがあった。
text shuntaro takai
photography tatsuya ozawa
Nobuto Yamaguchi
山口 信人
1984年東京生まれ。文化服装学院を卒業後、大阪ファイブワン工業(元ファイブワンファクトリー)に入社。その後イタリア、ミラノへ渡る。帰国後伊勢丹に入社し、スペシャリティスタッフとして勤務。初めは顔馴染みの顧客にのみ仕立てていたスーツが評判となり、2014年に自らのサルトリア「ラ・スカーラ」を立ち上げる。
ストライプのスーツはラ・スカーラのビスポーク。アットリーニのシャツにヴィンテージのブルガリの小紋柄ネクタイを合わせ、胸元にはポイントで目を引くチーフをスタイリング。ハエをモチーフにしたタイバーでさりげない遊び心を演出。足元にはコルテのシューズ。
伊勢丹新宿店 メンズ館5階の一角に、3面ガラス張りのアクアリウムのような空間がある。その中で優雅に服を縫うのが、ラ・スカーラを主宰する山口信人氏だ。ラ・スカーラのスタイルについて伺った。
「人よりも目立ってしまう服ではなくて、人を引き立てる服がかっこいいと思っています。師匠であるジェンナーロ・ソリートが『お客様に納めたときに新品に見えるような服ではなく、その人に馴染んで引き立てるような服がいい』と言っていましたが、その言葉に非常に共感しています」
ソリート氏は、ナポリ四天王と称される天才マエストロ。ソリート氏との出会いがテーラー人生の転機だったという。
「ソリートがオーダー会のため伊勢丹に来ていました。彼のスーツをひと目見て衝撃を受けました。それまでの自分の作り方はある意味で制約が多く、四角四面的。何か物足りなさやフラストレーションを感じていました。しかし、彼の仕立てる服は自由だった。これに救われました」
ネクタイはヴィンテージのブルガリ。ハエをモチーフにしたタイバーは、パリにあるHarry’s Barというバーのもの。作家のヘミングウェイやフィッツジェラルドが通ったバーだ。ポケットチーフはオラッツィオ ルチアーノ。ピーノ・ルチアーノ氏本人からのプレゼント。
コルテのシューズ。シングルモンクにブローグが施されている。20年ほど愛用。「ブローグのあたりに黒くパティーヌでグラデーションを入れてもらっています。リペアをしながら大事に履いています」。
自由、そして制約から離れるとはどういうことなのだろうか。
「ダイナミックなプロポーションを描けるということです。ソリートから『絵を描くように線を引きなさい』と教えられました。寸法には表れませんが確かに服からは見てとれるのです」
これからの展望を伺った。
「継続でしょうか。若い頃は試したい技法がたくさんありましたが、試行錯誤を重ねて、だんだんと削ぎ落とされてきました。アップデートは続けつつ、自分のスタイルでスーツを作り続けたいと思っています」
現存する最古のイギリスのパイプメーカーであるチャラタンのパイプ。こちらのパイプはバラの木から削り出されたもの。すべてハンドメイドの一点モノ。行きつけのバーでプレゼントされた思い出のひと品。
ヒルトン クラシックのメガネ。ヴィンテージ。テンプルは金張りという、現在では見かけることの少なくなった技法が用いられていて、金の経年変化を楽しめる。フレームはゴム製、緑がかったレンズはガラス製だ。
生地の裁断に使うテーラーバサミ。手前から2本は長太郎。伊勢丹でテーラーの仕事を始めた際に手に入れてから、15年ほど愛用している。持ち手の経年変化が、山口氏の仕事を物語っていた。奥は憧れだったというウィルキンソンのハサミ。知人から譲り受けたもの。
ヴィンテージのシャルべのブレイシズ。「例えば黒いトラウザーズに黒いニットをタックインするときに、差し色的にスタイリングしています」。
長年愛用しているシガレットケースと、デュポンのライター。手巻きタバコを嗜む山口氏には日々欠かせない道具だ。毎朝巻き、このケースに入れているそう。手巻きタバコからはバニラの甘い香りが漂う。