Newly Opened Innovative Restaurant: NINE by La Cime

NINE by La Cime:ジャンルを超えた創造性×香り

October 2022

今年の7月7日のオープン以来、話題になっているレストランがある。「NINE by La Cime(ナイン バイ ラ シーム)」だ。同店のテーマは“香り”。ジャンルの枠に収まらない創造性溢れる料理の数々に、終始五感が刺激されるだろう。

 

 

text yukina tokida

 

 

 

 

 

 

 世界一の朝食と称される「bills」、モダンギリシャレストラン「The Apollo」、七里ヶ浜にあるドライブインカフェ「Pacific DRIVE-IN」をはじめとする、数々の人気店を手がけるトランジットジェネラスオフィスが、今年7月に新たな一軒を誕生させた。

 

 2020年にオープンした丸の内テラスの9・10階に位置する「THE UPPER(アッパー)」9階の「NINE by La Cime(ナイン バイ ラ シーム)」だ。

 

 10階と同じく、同店の料理長を務めるのは福島県出身の徳島 亨(とくしま とおる)氏。パートナーシェフは、「Asia’s 50 Best Restaurant」で2020年に10位、2021年には8位、そして今年は見事6位に選ばれた「La Cime」の高田 裕介(たかだ ゆうすけ)氏だ。

 

 10階が高田氏の料理の原点だというフランスの“ブラッスリーメニュー”をアラカルトやコースで提供しているのに対し、9階では12皿をコースで提供する“シーズナルテイスティングメニュー”18,000円(税込・サービス料別)のみ。高田氏の「La Cime」らしいエッセンスと、日本ならではの食材をふんだんに使用する徳島氏によって生み出されるのは、ジャンルを飛び越えたイノベーティブな料理の数々。終始、驚きと感動に満ちている。

 

 

料理長の徳島 亨氏(左)と、パートナーシェフの「La Cime」の高田 裕介氏(右)。

 

 

 

 店名の「ナイン バイ ラ シーム」は、1桁の数字で最大のものであり、究極を極めて完成する“9”と、フランス語で頂上を意味する高田シェフのレストラン「La Cime」が合わさったもの。“この時”、“この場所”でしか体験できない、進化し続ける料理と体験で「究極の頂きへ導く」という想いが込められている。

 

 このコンセプトをさらにユニークなものにしているのが、同店のテーマである「香り」だろう。実際に体験してみて、香りというエッセンスをひとつの軸としてコースの間にプラスすることで、ここまで新しい体験になるのかと驚きの連続だった。

 

 まず訪れたゲストが案内されるのは、入口のバー近くにあるラウンジスペース。ここでノンアルコールのウェルカムドリンクが提供される。季節によってフレーバーは変わり、筆者が訪れた時には、ゆずやディルの香りの華やかさとトニックウォーターのかすかな苦味、そして甘みのバランスが絶妙な一杯だった。

 

 ノンアルコールドリンクを楽しみ、大都市東京の喧騒を忘れた頃、各席へと案内される。ゲストに配られるメニューに書かれているのは、その日使用されるメイン食材のみ。この時点では、どういった料理になるのか誰にも見当はつかないだろう。それゆえ食事に合わせるドリンクは、アルコールもノンアルコールもペアリングがおすすめだ。

 

 ペアリングのなかには、5大シャトーのワインをバイザグラスで楽しめるものも。ちなみに通常のペアリングメニューは14,000円で、5大シャトーやグランクリュをも楽しめるペアリングメニューは40,000円、そしてノンアルコールのペアリングメニューは9,000円だ。

 

 ゲストの趣向に合わせながら、ペアリングを選んでくれる凄腕のソムリエが常駐しているので、ここでは“おまかせ”にして彼らのチョイスに身を委ねるのがいいだろう。

 

 

各テーブルの上の中央に置かれているのは「備長炭」。

 

 

 

 各テーブル上の中央に配されている黒くて丸いものは、ただの飾りではなく「備長炭」。コース開始の合図かのように、オリジナルで調合された3種類の植物の種から抽出したエッセンスがここに塗布される。食材や料理同士の組み合わせがかなり複雑な構成になっているため、料理の間にこの香りを嗅ぐことで一品ごとリセットをし、一皿一皿の個性あふれる香り、味わいを余すことなく堪能してもらえるようにという思いによるもの。これが、同ダイニングのひとつのテーマである「香り」の演出のひとつというわけだ。

 

 それではいくつか料理を紹介していこう。スペシャリテは、コースの一品目に提供される「ブーダンドック」。鯉を使用した温かい一品で、シェフの出身地である福島県産の鯉の内臓や骨、血や身も余すことなく加えミンチ状にし、鶏軟骨を食感のアクセントとして合わせられている。唐辛子と玉ねぎをミックスしたピューレ状のソースといただく、ほんのりピリ辛なアミューズだ。

 

 

「ブーダンドッグ」。真っ黒な竹炭が練り込まれた生地は実に軽やか。

 

 

 

 見た目も美しい冷たいアミューズ「ライチ」は、ローズがテーマ。ライチにローズウォーターを加えたジュレの土台に、サワークリームとライムの果汁を加えたローズのクリームを纏わせ、ローズウォーターでマリナードされた薔薇の花びらで包み込んだ、薔薇の芳醇な香りが口いっぱいに広がる一品。キャビアで程よい塩味がプラスされている。

 

 

「ライチ」。氷の上に乗せて提供される、ひんやり爽やかな一品だ。

 

 

 

 コンフィの上にハイビスカスとルバーブのコンフィチュールを乗せたアミューズ「ルバーブ」は、ケーキのように可愛らしい見た目。トップは薄くスライスしたルバーブをピクルスにしたもので、輪郭を彩るのはペンタスの花。器のタルトに使用されている胡桃の香ばしさや、梅干しを思わせる和の酸味を楽しめる。基本的に計4品のアミューズが用意されているが、どれもまったく味わいの異なるものばかり。序盤からゲストを飽きさせることがない。

 

 

「ルバーブ」。季節によって、輪郭を彩る花の色や種類は変更になることも。

 

 

 

 コース中盤で登場するのが「ドロメ パプリカ」。6時間ほど昆布締めした高知県産の生シラス(高知の言葉でドロメ)に、トマトとかぼすのオイルを加え混ぜ合わせたものを、カイエンペッパーやトマト、ナッツを合わせたパプリカのムースとともにいただく一皿。ムースの底には石川県産の加賀太きゅうりのぬか漬けか敷かれており、さまざまな食感、和と洋の香りまでもが見事にマッチしていた。

 

 合わせて提供されるのは、もちもち、かつ優しい甘みが特徴のよもぎの蒸しパン。この蒸しパンを、乾燥させたよもぎの葉を敷いたせいろでテーブル上で直前に蒸し温めてくれるだけでなく、昆布締めされたどろめと2種類のオイルを目の前で混ぜ合わせてくれるなど、ライブ感あふれる一品だ。

 

 

「ドロメ パプリカ」のどろめの昆布締めとよもぎ蒸しパン。

 

 

 

 メインの直前の「アスパラガス 岩牡蠣」は、アスパラガスを1週間、塩や鮎の魚醤とともに発酵させたジュースに、表面を炭火で焼いたアスパラガスと木の芽を添えたもの。アスパラガスのシャキシャキ感や甘み、微かな苦味や香ばしさ、エキスまで、全方位的に余すことなく堪能できる贅沢な一皿だ。

 

 添えられているのは、発酵ジュースを作る際に使用したアスパラガスを細かく刻んだものを底に敷いた牡蠣のムースと、オリジナルの海苔のオイルを表面に塗り、炭焼きした岩牡蠣。牡蠣のジューシーさが際立っていた。

 

 

「アスパラガス 岩牡蠣」。絶妙な焼き加減で焼きあげられた牡蠣の蓋を開けると、磯の香りがふんわりと漂う。

 

 

 

 そしてこの料理を食べ終えたあと、もうひとつの香りのペアリングが待っていた。運ばれてきたのは真っ黒なワイングラス。まるでワインを楽しむかのように、グラスを傾けて香りを楽しむのだ。するとこれまでの料理の余韻を感じつつも、グラスから香るロータスのアロマによって徐々に嗅覚や味覚がリセットされていくのを感じるだろう。メイン料理の最中に香りを楽しむのもおすすめだという。

 

 和かと思いきやフレンチのような要素も感じられたりと、料理はいずれもジャンルの枠に捉われることないものばかり。素材本来の味わいを、ベストな調理方法で味わってほしい、そんなシェフの気概を感じられた。固定概念にとらわれないプレゼンテーションは、すべてが刺激となるに違いない。メニューは2ヶ月ごとに変わるというから、定期的に訪れても飽きることはないだろう。

 

 いわゆるイノベーティブという言葉では表現しきれないような、想像のはるか上をいく、好奇心までをも掻き立てられるダイニングが誕生した。いままで体験したことのないような驚き、そして新たな発見に満ちたひと時を約束してくれるだろう。

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