MERCEDES-AMG SL 43

時代を切り拓いた伝説のプロムナード・カー

May 2023

映画『アメリカン・ジゴロ』は1980年代のカルチャーに決定的な影響を与えた。そこで大人気となったのが、世界最高のプロムナード・カー、メルセデス・ベンツSLだった……。

 

 

text kentaro matsuo

 

 

Mercedes-AMG SL 43

メルセデス・ベンツが誇る伝説の「プロムナード・カー」。エレガントなデザインとラグジュアリーな内外装が魅力。全長×全幅×全高:4,700×1,915×1,370mm 車両重量:1,780kg エンジン:直列4気筒1,991cc(+BSG) 最高出力:381PS(280kW)/6,750rpm 最大トルク:480N・m 乗車定員:4名

 

 

 

 海沿いのハイウェイを一台のオープンカーが走っている。ジャケットにネクタイ姿の男が風に髪をなびかせながらハンドルを握っている。BGMとして流れているのはブロンディの『コール・ミー』だ。彼の職業はジゴロ(高級男娼)。夜な夜な金持ちの婦人たちを相手にし、大金を手にしている……。

 

 これは1980年に封切られた映画『アメリカン・ジゴロ』のオープニングシーンである。この映画はスキャンダラスなテーマと主演のリチャード・ギアの格好よさで興行的に大当たりしただけでなく、80年代カルチャーの方向性を決定づけた記念碑的作品だ。

 

 この映画によって大ヒットしたものがふたつある。ひとつは、ジョルジオ・アルマーニの服だ。ギアの衣装を担当したアルマーニは、当時ほぼ無名の存在だったが、ソフトで軽やかな生地で仕立てられたジャケットやシャツは、ギアの鍛え抜かれた身体に纏わりつき、動作に連れて美しいドレープを描いた。本作によってアルマーニは世界的デザイナーへの道を駆け上がり、彼の服は80年代におけるエグゼクティブのユニフォームとなったのだ。

 

 そしてもうひとつの大ヒットが、メルセデス・ベンツSLである。冒頭のシーンをはじめ、劇中で450SL(R107型)は、まるで第二の主役のように頻繁に登場する。しかしカーチェイスのシーンなどは一切ない。カリフォルニア、マリブのパシフィックコースト・ハイウェイをクルーズしたり、ビバリーヒルズのブランド街ロデオ・ドライブを流したり……。高級ブティックに立ち寄り服を仕立て、コンドミニアムのエントランスに乗りつけて、幌も閉めずにドアマンに鍵を渡す。そんなギアの姿に世界中が憧れた。

 

 

右から、『アメリカン・ジゴロ』に出演したリチャード・ギアとローレン・ハットン、衣装担当ジョルジオ・アルマーニ。80年代のカルチャーを決定づけた立役者たち。映画公開から23年後のカリフォルニア、マーセド美術館で開催された回顧展にて(2003年10月)。

 

 

 

 ここで人々は、高級車にはサルーンやスーパーカー以外のジャンルがあることを知った。それが「プロムナード・カー」というものである。性能的には第一級のスポーツカーだが、ワインディングを攻めるのではなく、街をクルージングするためにあるクルマだ。

 

 折しもバブル景気に突入した日本でも、SLは売れに売れた。“ガイシャ”というものに慣れ始めていた日本において、SLはその頂点であった。六本木や西麻布界隈を行くSLの姿を、皆羨望の眼差しを向けていたものだ。

 

 アメリカン・ジゴロの公開から約40年の時が経ち、初代である300SL(1954年) から数えて7代目となるメルセデスAMG SLが発表された。AMGのバッジがついた故、性能的には随分とマッチョになったが、プロムナード・カーとしての血統は変わらない。

 

 まずはエクステリアである。SL最大の特徴であるすらりと伸びたロングノーズが実にエレガントだ。ボンネットのバルジに300SLの面影を見ることができる。格納式のハードトップを廃し、ソフトトップとなったのもいい。不思議なもので、クルマをソフトトップで仕立てると「私はスピードなどという野暮なものには興味がありませんよ」という感じが出て、ラグジュアリーさが増すのだ。

 

 

SLのコックピット。乗員はコクーンのような空間に心地よく包まれる。左右対称に伸びるダッシュボードは力強い翼形をしており、タービンノズル状のエアダクトがアクセントとなっている。中央には電動角度調整機能を持つメディアディスプレイが備わり、オープン時でも日光の反射に煩わされることなく、すべての機能を指先でコントロールできる。

 

 

 

 インテリアも、大人の雰囲気に満ちている。適度にタイトな空間を、もっちりとした上質なレザーとシンプルなカラーリングでまとめ、アルミ製のパーツがきらりと光るアクセントとなっている。それはエセ木目調の仏壇のようなダサい内装の対極にあるものだ。

 

 リアには2+2のエマージェンシーシートが設置された。大人が座ることはできないが、ブリーフケースやボストンバッグなどを載せるのに便利だ。2名乗車のとき、これがあるのとないのとでは大違いだ(純粋な2シーターだと助手席の彼女の膝の上に鞄を乗せる羽目になる)。2+2だと、スポーツカーに余裕と艶やかさが加わる。

 

 真冬にオープン状態で走っても、シートヒーターや首回りを温風で暖めるエアスカーフによって、車内は繭で包まれたようにぬくぬくとしている。このあたりのメルセデスの空調技術は、研究を重ねに重ねているだけあって完璧である。本来オープンカーは女性に嫌われるものだが、これなら文句はあるまい。

 

 

 

 

 特筆すべきは、独ブルメスター社によるオーディオシステムだ。同社の設立者はプロのロックバンドに在籍していたこともあるというが、フルボリュームにすると、まるでコンサート会場の巨大スピーカーの正面に立っているような、凄まじい振動を感じることができる。数ある車載用スピーカーのなかでも一二を争う出来である(もちろんBGMはブロンディで決まりだ)。

 

 当然ながら、F1の技術を取り入れた「エレクトリック・エグゾーストガス・ターボチャージャー」を備えたエンジンの最高出力は381PSもあるし、コンフォートからレースまで、さまざまな運転モードを操れるから、その気になれば死ぬほど速い。速いがしかし、その速さは峠道で先行車を威圧するためではなく、助手席に乗せた美女をたまにきゃあきゃあ言わせるためにある。本来SLとはそういうクルマなのだ。

 

 ラグジュアリーなドライブを決め込むにあたって、そのヒストリーとエビデンス、何より美しいデザインを鑑みると、いまだにSLの右に出るクルマはない。これに乗れば、あなたも「ジゴロ」になれるかもしれないのだ。