DAVID MARRIOTT, Chairman of the Board of Marriott International  —Interview—

【インタビュー】マリオット創業者の孫が語る、時を超えてつなぐ一族のレガシー

December 2025

「JWマリオット・ホテル東京」の開業を迎え、創業一族の直系にして会長のデイヴィッド・マリオット氏が来日。そんな彼に幸運にもインタビューする機会を得た。

 

 

text chiharu honjo

photography shoko takayasu

 

 

David Marriott/デイヴィッド・マリオット
世界最大級のホスピタリティ企業であるマリオット・インターナショナル社の取締役会会長。祖父J.W. マリオット、父 J.W. マリオット・ジュニア(ビル)に続き、マリオット社の歴史上3人目の会長職に2022年5月就任。世界143の国と地域に9,700軒以上のホテルを展開し、30を超えるブランドを有している。4人の子どもの父親でもある。趣味はマウンテンバイク。取材が執り行われた「JWマリオット・ホテル東京」の客室は、禅の美意識に着想を得たアースカラーを基調とするデザインが特徴。写真はエグゼクティブスイートのリビングルームにて。

 

 

 

「私にとって祖父の名を冠したJWブランドは非常に特別な存在です。なぜなら1927年以来、私たちの会社を形作ってきた価値観を体現するブランドでもあるからです」

 

 こう語るのは、世界最大級のホスピタリティ企業であるマリオット・インターナショナル社の取締役会会長デイヴィッド・マリオット氏。創業者であるJ.W. マリオット氏を祖父に持ち、名誉会長のJ.W. マリオット・ジュニア氏を父に持つ、いわばホテル界のサラブレッドだ。

 

「1927年に私の祖父母はワシントンD.C.でわずか9席のルートビアスタンドを開業しました。その後、レストランチェーン、テーマパーク事業などを手掛け、1957年にホテル事業に参入し我が社の礎を築きました。事業を成功に導いたのは非常にシンプルな理念で、“従業員を大切に扱えば、従業員もお客様を大切にし、お客様は何度でも戻ってきてくださる”というものです。私の父はその理念を基盤に60年以上にわたり会社の運営を担い、マリオットを今日私たちが知る国際的な企業へと成長させました。世界中へどれだけ事業を発展させても、最も大切なことは忘れません。それは人を第一に考えるということです」

 

 1984年、父のビルは初代のレガシーを称えるため、創業の地であるワシントンD.C.に最初のJWマリオット・ホテルを開業した。同ブランドは今、世界中で成長を続けており全136軒のホテルで創業時のホスピタリティを体現している。

 

 物腰柔らかに話すマリオットを率いる紳士は、何不自由ない人生を送ってきたのであろうと思ったが、訊けば地に足をつけて一歩ずつ歩みを進めてきたという。

 

「私は15歳の時にホテルの皿洗いから仕事を始めました。シェフのもとで食事を作り、ベルマンや客室係、フロントデスクなども経験しました。ユタ大学で金融を学び、26年に渡りオペレーション部門で役職を歴任した後、マリオット直営の社長として330軒以上のホテルを統括しました。そしてある時、父に3代目の会長に選出すると告げられたのです。業務を一から経験していったからこそ成しえたことで光栄に思いました」

 

 同社では5つの柱(人を大切にする、卓越性を追求する、変化を受け入れる、誠実に行動する、世界に奉仕する)を掲げており、祖父や父からビジネスにおいて重要なコアバリューを教わったという。

 

 順風満帆に見えるキャリアだが、苦労も多かったようだ。中でも一番大変だったエピソードを伺ったところ懐かしそうに答えてくれた。

 

「グローバルのセールスの担当になる前は、わずか10人の従業員のみのホテルを担当していただけでした。そこに突然、兄に北米の営業担当がこれから退職をする予定でグローバルのセールスのリーダーシップをとってくれないかと声をかけられました。私にとっては全く初めての体験でしたので、課題が非常に多く色々と取り組まねばなりませんでした。というのも、その時は組織を上から下まで変えるような大きな変革を行っている最中だったからです。父や兄からこういうことをやって欲しいと様々なお願いをされた上、ちょうど娘が生まれるタイミングで我が家は5歳未満の子どもが3人というような家庭の状況でした。ですから夜も良く眠れないし、十分な運動もできない、ついには健康を害してしまい、こういった状況をその時の上司に話しました。すると彼女は私に『優先事項をふたつ挙げるとしたら何ですか』と聞いてきたのです。私は、まずは“営業チームのトランスポジションを成功させること”、それからもうひとつは“マーケットシェアを広げていくこと”が重要な点だと話しました。すぐさま彼女は『ではこのふたつのフィルターに合わないものは、私の権限ですべてノーと言っていいです』と言ってくれたのです。『あなたの父に対してもノーと言っていいのですよ』とも言ってくれました。彼女が状況をクリアにしてくれたお陰で優先順位のつけ方が分かるようになりました。組織で業務をしていく上で非常に重要なことで、それによって注力すべきことに集中し、よりよいものへと変えていくことができます。先ほどはふたつに絞り込みましたが、それが4か5になる場合もあります。事業や自分がこなせる仕事量によって変わりますが、私のキャリアの早い段階で優先順位のつけ方を学べたことは重要だったと思っています」

 

「父も祖父もなんですが、非常にハードワーカーでした。父は自分のことを一番賢いとは思いませんけれども一番働き者だと思っています。そして、この一生懸命働くということに加え、誠実さをもってひとに接するということ。先に述べた、従業員を大切にすればお客様がもどってくるという考え方に発展をしています。実際、1930年代にアメリカでヘルスケアがしっかりとできていなかった時代に、祖父は医者を自分たちで雇って病気になった従業員を看病していました。私たちが大切にしている5つの柱は、このときから今の会社の姿というものを現す基本的な理念となっています。ほかに例をあげると、1927年にルートビアのお店を開いた時に、夏は売れるのですが冬はあまり売れなくなってしまう。そこで祖父は温かいものを食べられるお店に変えました。そのあと航空機の機内食をおこなったり、テーマパーク事業などを行ったり、もちろんホテル事業にも参入しました。このような変化というものはお客様の需要を満たすため、それに合わせて出てきたものです。このような考え方によって私たちの企業は成功してきました。兄のスティーブンが言っていたのですが、文化というものは会社によってその時々に合わせて変わっていく。ただ中心となるコアバリューはいつまでも変わらないですし、中心となって私たちを成功に導いてくれるものだと思っています。

 

「祖父は政府の高官やアイゼンハワー大統領を自宅へ招いていましたが、世界のリーダーでも従業員でも、すべての人に同じ尊敬の念をもって接する人でした。父も同じように感謝の気持ちを忘れない人で、従業員一人ひとりとしっかり握手をしながら思いを伝えていました。時代や会社の規模が変わっても、私たちを成功へと導いてくれる価値観は変わらないのです」

 

「私たちは引き続きさらにホテルの軒数を増やしていきたいと思っています。リワードプログラムも最良のものにしていきたいですし、ボンボイのプログラムもさらに良くしていきたいです。最良のホスピタリティ企業というだけではなく、最良の旅行会社にもなれるようパートナーと一緒に適切なプラットフォームを作っていきたいと思っています。お客様が私たちを活用して旅行へ行く際に、宿泊のほかに世界中の様々なものを体験できるようになれば、より思い出深いホテル体験(メモラブルエクスペリエンス)ができるようになるからです。さらに成長を続けることで選択肢が増え、お客様も満足、従業員も幸せ、オーナーも喜び、そして会社も充足━━すべてがハッピーになれることを目指しています」

 

 更なる高みを目指すべく、今後の展望を語ったデイヴィッド氏。その内には、祖父や父から受け継いだおもてなしの精神を秘めている。

 

 

今回取材が執り行われた場所:

マインドフルネスを体現する都会のサンクチュアリ「JWマリオット・ホテル東京」

 

ついに東京に開業した、首都圏初、国内2軒目となるマリオット・インターナショナルの最上位ブランド「JWマリオット 」。 高輪ゲートウェイ駅 に 直 結 の「TAKANAWA GATEWAY CITY」高層階に位置し、羽田空港から約20分のアクセスを誇る。心と身体を満たすマインドフルネスを掲げ、ロビーの一角に色、音楽、香りで癒やす瞑想の空間(1枚目)を設計。東京タワーを望むプール(2枚目)や、陶芸品が天井高くまで並ぶメインダイニング(3枚目)の開放感は他に類をみない。