LIVERANO & LIVERANO

アントニオ・リヴェラーノの世界を継承する若き力たち 新しい時代のリヴェラーノ&リヴェラーノ

November 2023

86歳のアントニオ・リヴェラーノ氏は、自身が仕立てる服と同じように、じっくりと愛をもって後進を育ててきた。大崎貴弘氏とアン・スンジン氏が、リヴェラーノ&リヴェラーノのこれからを担う!

 

 

text and photography yuko fujita

 

 

大崎貴弘/Takahiro Osaki(左)

1979年生まれ。2002年にフィレンツェに渡り、リヴェラーノ&リヴェラーノに入る。ショップマネージャー兼クリエイティブディレクターとして、プレタポルテの企画や生産を仕切りながら、トランクショーで世界中を飛び回っている。

 

アントニオ・リヴェラーノ/Antonio Liverano(中央)

1937年生まれ。プーリア州パラジアーノ出身。7歳で仕立ての見習い仕事に就き、48年に11歳年の離れた兄ルイージがフィレンツェに渡って工房を構えたのを機に、フィレンツェに移り住む。78年、リヴェラーノ&リヴェラーノのショップをオープン。日々美しいものに触れる中で磨かれてきた独自の感性を卓越した技術と融合させ、唯一無二のリヴェラーノスタイルつくり出した。

 

アン・スンジン/Seungjin An(右)

1989年、ソウル生まれ。サルトを志して2011年にイタリアに渡り、2016年からリヴェラーノ&リヴェラーノ。技術と感性に磨きをかけ、サルト部門のトップに。2023年、サルトにとって最も栄誉のあるフォルビチ ドーロ(金の鋏賞)を、アジア人で初めて獲得する快挙を成し遂げた。

 

 

 

 フォッシ通り43番地ロッソにあるリヴェラーノ&リヴェラーノには、毎朝9時から午後6時まで、アントニオ・リヴェラーノ氏の姿がある。店の奥が工房になっていて、今もフルタイムで、衰えることのない情熱とともに仕事をしているのである。アントニオ・リヴェラーノ氏のもとで21年働いている“タカ”こと大崎貴弘氏が「さすがに毎日来るのはしんどいのでは?」と声をかけても、「何を言っているんだタカ! 来ないと死んじゃうじゃないか!」とユーモアたっぷりに、でも半分本気ともとれる言葉で返す86歳のアントニオ氏は、背中こそだいぶ丸くなりはしたものの、今なお元気いっぱいだ。ハサミやアイロンを手にしたときの機敏でときに力強い動きは、どう見ても86歳には見えない。職人あるあるで、工房に入ると身体が勝手に動いてしまうのは、数々のアルティジャーノを見てきた今となっては理解できるが、それでもやはり神懸かっている。7歳からサルトの仕事一筋で生きてきたアントニオ・リヴェラーノ氏にとって、サルトリアでの服を仕立てている時間は、実は人生の悦びのひとときなのである。

 

 アントニオ・リヴェラーノ氏は、南イタリア、プーリア州のパラジアーノで、1937年に生まれた。11歳離れた兄ルイージがサルトになる道を歩んでいたこともあり、アントニオ氏も7歳から毎日近所の仕立て屋に通って仕事を覚えていった。空腹が当たり前だった当時のイタリアでは、食うに困らぬよう幼い頃から職人の見習い仕事につくのはごくありふれたことだったのだ。アントニオ氏が11歳のとき、兄ルイージがフィレンツェに移住したのを機に、アントニオ氏もフィレンツェに移った。ここに今日のフィレンツェ仕立てを代表するリヴェラーノ&リヴェラーノの歴史が始まったのだ。イタリアがまだ混沌としていた1948年のことである。

 

 

86歳にして今なおサルトリアで朝9時から夕方6時まで働いているアントニオ・リヴェラーノ氏の姿のなんと神々しいことか。弟子たちも思うところがあるはずだ。

 

 

 

 そう、あれから75年もの歳月が経過した。ディ プレータもフランキもグロッシも、マルタリアーティも、スペチアーレも、そしてマイアーノまで、かつては街に溢れていたサルトリア フィオレンティーナの凄腕サルトたちは皆工房を畳んでしまった。テーラーが企業として経営されているサヴィル・ロウとは異なり、個人事業やファミリー経営が基本のイタリアでは、子が後を継がなければ、高齢になったマエストロは引退とともに工房を閉めざるを得ないのである。アントニオ氏はそういったサルトをこれまでに何十人と見てきた。だから86歳となった今でも、5年後、10年後、30年後のリヴェラーノ&リヴェラーノが今と同じように賑わいを見せるサルトリアであり続けるために、未来のリヴェラーノ&リヴェラーノを支えていく若い力の育成に力を注いでいるのだ。

 

「タカはこの20年でここまで立派に成長してくれましたし、ジン(アン・スンジン氏)も素晴らしいサルトへと成長してくれて、今や立派な一人前です。そしてここには、リヴェラーノと彼らを支えてくれる希望をもったたくさんの若者たちがいます。まだまだ現役でいるつもりですが、私と長く一緒にいて、美しさ、エレガンス、リヴェラーノがどうあるべきかをわかっているふたりが育ってくれたから、私はもう安心しているんです」

 

 アントニオ氏のもとで長年経験を積み、今ではタリアトーレ(カッター)を任されるまでになったアン・スンジン氏は、サルトにとっての最高の栄誉であるフォルビチ ドーロ(金の鋏賞)を今年の8月に獲っている。アジア人初の快挙である。

 

「人々の着こなしはカジュアル化していて、クラシックスタイル自体が曖昧なものになってきていますが、私たちの仕立てる服が大きく変わる必要はありません。トレンドはいつの時代も繰り返されるもので、クラシックスタイルは、また確実に戻ってきます。真に美しいスーツ、真に美しいシャツやタイ、それらを美しく着こなしたスタイルというのは、永遠に失われない美しさを備えているものだからです。そのとき、真のエレガンスを知るタカがいて、ジンがいて、そして彼らから学んださらに若い世代がいるのはお客様にとっても大変心強いことです。もちろん、10年後、20年後も、私は元気でいますけれどね(笑)」

 

 

アントニオ氏がいるメインの工房は静寂としていて、いい意味でピンと空気が張り詰めている。86歳の今でも常に裁断し、隣の部屋ではアイロンワークも精力的にこなす。ここにいる弟子たちはとてつもなく幸運である。

 

 

ヨーロッパ各国、アジアやアフリカ圏からの弟子もたくさんいて、国際色豊かなリヴェラーノ&リヴェラーノのメンバー。アントニオ氏の向かって右隣りが娘のヴァレンティーナ氏。