ZAIM KAMAL Interview

モンブラン———過去の遺産は、未来への力となる

May 2016

text kentaro matsuo photography tatsuya ozawa
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Zaim Kamalザイム・カマル
パキスタン生まれ、ロンドン育ち。50名の定員に対して、1500人以上の応募があるという名門デザイン学校、セントラル・セント・マーチンズ・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザイン卒業。ヴィヴィアン・ウエストウッド、スワロフスキーなどを経て、現在モンブラン インターナショナル クリエイティブディレクター。独自の美学に基づき、モンブランの偉大なヘリテージと、時代にあったモダニティの融合を目指している。

 全身黒尽くめ、ロングヘアー、相手を射抜くような視線。初めてザイム・カマル氏にお会いした時は、そのミステリアスな雰囲気に圧倒された。その風貌は往年のパンクロッカーのようでもある。モンブランのような長い歴史と、エレガントな商品群で知られるブランドのクリエイティブ ディレクターが、こんな人物だったとは少々驚きだ。しかし、インタビューを進めていくうちに、彼の中には、ブランドのヘリテージとクラフツマンシップに対する深い尊敬、そして確固たる未来へのビジョンが存在していることがわかったのである。

「モンブランの根底にあるのは“パイオニアスピリット”ということです。創業者は大西洋を渡り、アメリカから新しい技術を持ち帰ってブランドを興しました。以来ブランドの歴史は、挑戦の歴史でもあります」

そのためにカマル氏自身は、どんな挑戦をしているのだろうか?

「モンブランの製品をデザインする上で、三つの柱、とでも言うべきものがあります。
 まず一つ目は“ファンクショナリティ=機能性”です。顧客の要望をよく聞き、どんな機能が現代において求められているのかを知ることが大切です。われわれが作っているのは、ビジネス・ライフスタイル・グッズですが、ビジネスにおいて求められているものは時代によって違います。例えば私の父は、ウィークデイはスーツ姿でブリーフケースを持って会社へ行き、週末にはそれらを置いて、カジュアル服に着替えて過ごしていました。しかし現代のわれわれは一つのバッグですべてをまかなっていて、その中にすべてが入っており、どこへ行くにも一緒です。そういったライフスタイルの変化に気付かなければなりません。
 二つ目は“クラフツマンシップ”です。すべてのモンブランの製品はいつも職人の技から生まれて来るのです。ですからわれわれデザインチームは、いつも工房の近くにいて、彼らと毎日コミュニケーションを取らなければなりません。一緒になっていいものを作るのです。ともにパッションを共有して、日々チャレンジすることが大切だと思っています。
 そして三つ目が“ビューティ”です。ただ美しいだけではなく、顧客がそれを手に取ったとき、どう感じるかが重要です。手触りや使い勝手がよくなければなりません」

  今回モンブランは110周年という記念すべき節目を迎え、多くのアニバーサリープロダクツをリリースしたが、その多くをデザインしたのがカマル氏だ。特に蛇のモチーフを使った新しいペンのシリーズは、好評を持って迎えられた。
蛇を選んだのは、なぜなのだろうか?

「われわれはまずモンブランのアーカイブを調べました。ブランドが設立された当時、1900年代初頭は、新しい時代の幕開けでした。アールヌーヴォーやマッキントッシュが人気を博していました。そして“蛇”はそれらの時代に非常に愛されたモチーフなのです。それは強さと生命の象徴でした。ヨーロッパだけではなく、中国やアメリカにおいても強いシンボルでした。驚いたことに、ウィンストン・チャーチルの妻は、手首に蛇の入れ墨をしていたのですよ。この記念すべき時を迎えるにあたって、過去と未来を鑑み、蛇をデザインに使うのが、最も相応しいと思ったのです」

 カマル氏が何かをデザインするにあたって、最も重視するのは、「誰がそれを使うのか」ということだ。デザイナーは時として、自分本位になりがちだが、カマル氏の場合は、どこまでもユーザーフレンドリーである。

「クライアントが誰か、そして今までメゾンがクライアントに何を与えて来たのかを知ることが重要です。そして彼らのニーズを探ること。これを心がけています」

 しかし、時としてモンブランのような長い歴史を持つブランドにいると、ブランドの遺産と新しいこと、やりたいことの間に“溝”は生まれないのだろうか?

「伝統にはルールがあります。しかし新しいものを開発する時には、それに縛られてばかりではいけません。モンブランはたくさんの遺産を持っているブランドですが、幸いにもわれわれのブランドが持つ遺産は、未来への原動力となるようなものばかりです。われわれは豊富なアーカイブを持ち、それらを参照できるからこそ、未来へのヒントが生まれて来るし、自由な発想を育むことができるのです」

 最後にTHE RAKE読者へのメッセージは? との問いに、彼はしばらく逡巡した後、このように答えた。

「あなたがどこから来たのか、を決して忘れないようにして下さい。それを知ることは、あなたがどこへ行こうとしているのか、を知ることだからです」

過去に学び、自らの遺産を知ることが、未来への原動力となる。まさにモンブランのモノ作り、企業精神を象徴するような一言で締めくくってくれた。

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モンブラン創立110周年を記念して発売された新しい筆記具のシリーズ“ルージュ&ノワール”。そのモチーフは、生命の象徴“蛇”である。