—Interview— HERMÈS Design/Creative & Engineering Director AXEL DE BEAUFORT

インタビュー:夢と創造のアトリエ「エルメス オリゾン」

June 2023

もともとは馬具商であったエルメスには、現在でもビスポーク部門が存在する。それが「オリゾン」である。顧客の夢を叶えてくれる、エルメスの創造性に溢れている。アトリエの秘密をデザインとエンジニアリングを手がけるディレクターに伺ってみた。

 

 

text kentaro matsuo

photography natsuko okada

 

 

 

Axel de Beaufort/アクセル・ドゥ・ボーフォール

エルメスのビスポークや特別なコレクション「エルメス オリゾン」のアイテムを手がけるデザイン/クリエイティブ&エンジニアリング・ディレクター。英国サウサンプトン・ソレント大学でデザインとエンジニアリングを専攻。2004年ナシラ・デザインを創業し、レース用ヨットを中心に数々の艇をデザイン、多くの賞を受賞する。自らも大西洋横断を何度も敢行する冒険家である。2012年より現職。三児の父。

 

 

 

 エルメスには“オリゾン”と呼ばれるセクションがある。顧客の求めに応じて、ビスポークや創造性溢れるコレクションアイテムをひとつひとつ手作りする工房のことである。小さなバッグから、クルマやプライベートジェットの内装まで、あらゆるものを手がけている。そのオリゾンでデザインとエンジニアリングを務めるのが、今回ご登場のアクセル・ドゥ・ボーフォール氏である。無限のエルメスのクリエイションの可能性について伺った。

 

 

―なぜ、エルメスはビスポーク・サービスにこだわるのですか?

「今ではエルメスはさまざまなバッグで知られていますが、185年前の創業当初は馬具のメーカーでした。そしてすべての馬具は注文品だったのです。ですからエルメスはオーダーメイドから始まったメゾンで、顧客に寄り添うビスポークこそエルメスの本来の姿なのです。現在では既製品になったものも、もとはビスポーク品だったものが多い。例えば有名なバッグ“バーキン”は、女優ジェーン・バーキンのために作られたアイテムでした」

 

 

―今までにどんなものを手がけられましたか? 変わったものはありますか?

「本当にいろいろなものを手がけました。オリゾンが製作するものはすべて特別な品ばかりです。木でできた自転車、LPレコード用のジュークボックス、京都では人力車……。カヌー、ローラースケート、サーフボード、スキー用具なども手がけました。よく誤解されるのは、どこか他のメーカーが作った既製品に、エルメス風のレザーやプリントを施しているのではないかということです。しかしエルメスは基本的にそのようなことはしません。われわれはBtoCの会社でBtoBではないからです。オリゾンの製品はそういったものとはまったく違います。すべてゼロからクリエイトしているのです」

 

 

【テーブルサッカー】

フランスで唯一のテーブルサッカー、フィギュアを専門としている工房と一緒に製作された。カラーバリエーションが豊富で、自らの贔屓のチームのカラーリングでオーダーされることもあるという。それまではコスト面から選手の人形は既製品を使っていたが、ボーフォール氏が工房に残されていた人形作りの工具に目をつけ、手作りを再開させたという。よって選手ひとりひとりの人形はすべてハンドメイドである。よく見るとサッカー選手ではなく、ジョッキーとなっているのはエルメス流の遊び心だ。

 

 

【ビリヤード】

もともとは、とあるアパルトマンのためにデザインされたもの。素晴らしい完成度ゆえコレクションに加えられた。土台部分を含めて、すべてが新しく設計されており、既製品の流用は一切ない。脚部分は漆塗装が施された木の素材、テーブルの周囲はレザーが張られている。テーブル上面、キューを含め、すべて別々の職人の手が必要だったため、全体のカラーリングを同色で揃えることが難しかったという。ボールはひとつひとつがハンドペイントされている。

 

 

 

―エルメスに入社する前は何をされていたのですか? どうしてエルメスに入社されたのですか?

「私は大学でエンジニアリングとアートの両方を学びました。ヨットに夢中で、若い頃は大西洋を何度も横断しました。そこで船のデザインをする会社を興し、ヨットなどの製作を請け負っていたのです。私の作る船はとても速くて、賞をもらったことも度々あるんですよ。たまたまエルメスのアーティスティック・ディレクター、ピエール=アレクシィ・デュマ氏とのご縁からエルメスに参加することになりました。それは実に魅力的で、名誉あるオファーでしたね」

 

 

―ご自分のビジネスを畳むことに後悔はありませんでしたか?

「エルメスに入れたことはとても嬉しかったのですが、それ以上に嬉しいのは、現在でも私は自分の会社を続けているということです。エルメスが素晴らしいのは、クリエイターの自由を認めてくれるところです。モノを作る人間にとって、自由ほど大切なものはありません。私は会社ではなく、まるでエルメスという大きな家族に迎え入れられたような気分です。実は昨年もヨットレースで大西洋を横断してきたばかりです。しかも百を超える艇が出走した中で、私の船が総合優勝に輝きました!」

 

 

【自転車&ラブキャビン】

ボーフォール氏が来日した際、車輪の小さい日本の自転車にインスピレーションを受けて製作された。木製のフレーム部分は削り出しではなく、2ミリ幅に薄く削がれた木板を張り合わせるという技術によって成形されている。フレーム内部は空洞になっており、バッテリー等が収納されている。ラブキャビンはピエール=アレクシィ・デュマの「遠くへ行きたい」という思いを具現化したもの。キャビンの布はリサイクル・ポリエステルでできている。一点ものとして企画されたが、できあがってみると多くの注文が入ったという。

 

 

【スケートボード】

店舗からのアイデアで実現されたアイテム。製作するにあたってまず考えたのは、エルメスのロゴを載せたものにはしないということ。フランスのギーシュ地方で木製のメガネを製作する職人との協業にて生まれた。彼はスケーターでもあるという。本体はブナ材で作られ、メープル材で化粧仕上げが施されている。デザイン集団アードモアによってデザインされたカレ《サバンナのダンス》のモチーフが描かれている。ホイールもこのオブジェのために開発されたもので、後にエルメスのスーツケースの車輪として採用された。

 

 

 

―今までで一番難しい依頼は何でしたか?

「これはよく質問されることなのですが、答えるのが難しいのです。われわれは毎回のプロジェクトをゼロから始めるので、技術的に困難なことはたくさんあります。しかしテクニカルな問題は、それぞれの分野のエキスパートをパートナーとすれば、いつか解決できるものです。むしろ難しいのは、そのモノを通じて『何を語るのか?』ということです。オリゾンが生み出すオブジェは、ポエティック(詩的)で感動を生むものでなければならないのです」

 

 

―レコードプレイヤーをデザインされていますが、デジタルよりアナログ派ですか?

「エルメスもデジタル製品を作っていますし、デジタルの持つ素晴らしさもわかっているつもりです。しかしスマホでいろいろな曲を聞き流すことと、一枚のレコードをじっくりと聴き込むことは違うと思います。何もかもが目まぐるしく動く現代、ゆっくりと何かを愛でることこそラグジュアリーな時間の使い方なのです。THE RAKEのような紙の雑誌のページをめくることも、それと似ていますね。リラックスした時間を持つことは、いま一番の贅沢といえるでしょう」

 

 

【ジュークボックス】

英国マンチェスター在住のジュークボックス職人との協業で作り上げた一品。本体は木製で、レザー素材によって包まれている。33回転のLPレコードを10枚収納することができる。スピーカーは低音用がふたつ、リネン繊維を用いた中音用がふたつ、アルミニウムとマグネシウムが使われた高音用がふたつ付いており、これらが330Wの高出力アンプによって駆動される。レーザー式のタッチセンサーやBluetoothのストリーミング機能も搭載されている。

 

 

 

―職人とのコミュニケーションは、どうやって取っていますか?

「私たちのモノづくりは、出会いから始まります。例えばジュークボックスを作ったときは、英国マンチェスターにいる、世界で最後のジュークボックス職人を探し当てたことからスタートしました。彼は親子二代にわたって、アナログ・レコードのジュークボックスを作っている人です。彼に『何か作ってみたいものはありませんか?』と聞いたら、LP用(33回転用)のジュークボックスが作ってみたいという答えでした。それまでのジュークボックスは、皆45回転用だったのです。しかし、新しく作るのはコストがかかりすぎて、彼は諦めていたのです。そこで私は言いました。『ぜひ、一緒にやりましょう!』と。しかし決して、エルメスが作らせてやる、という姿勢ではありません。職人と仕事をする上で一番大切なのは、自らが謙虚になるということです」クラフツマンシップを尊重することこそ、エルメスの根幹にあるものだという。加えて、「エルメスでのモノづくりで、常に心がけていることは、機能的で耐久性に優れ、そして修理可能であることです」。

 

 サステナビリティという言葉が世の中に知られるずっと前から、エルメスは持続可能性についてこだわってきた。これも昔ながらの職人魂を受け継いでいる証左なのである。

 

 

【アビオン・ヴォワザン C28 エアロスポーツ】

オリゾンのワークショップにディスプレイされているフランスの名車ヴォワザン C28 エアロスポーツ。もともとは航空機を製造するメーカーだったヴォワザンは、第一次大戦後、自動車生産に乗り出した。少量生産されたスポーツカーは優れた空力性能を備え、数々のコースレコードを塗り替えたという。この1935年型C28 エアロスポーツ1型は、現存する2台の個体のうちのひとつを、8年の歳月をかけてレストアしたもの。内装はエルメスが担当し、当時の姿が忠実に再現された。シートには同社にストックされていたヴィンテージのベジタブル・タンニン・レザーが張られている。

 

 

自らのプロダクトについて熱く語るボーフォール氏。すべてのアイテムをゼロからクリエイトしていく難しさと面白さについて語っている。