ALL GUNS BLAZING: MICHAEL BROWNE

銃弾が飛び交っている。
“マイケル・ブラウン”

Sunday, October 4th, 2020

英国の新進気鋭のテーラー、マイケル・ブラウンのカシミアのボディコートは、フロックコートの威厳とオーダーメイド・ジャケットの快適さを兼ね備えている。

 

 

by wei koh

 

 

 

 

 ルーマニア出身で、20世紀を代表する彫刻家、コンスタンティン・ブランクーシの特徴は、素材に内在するフォルムを表象化し、美しい幾何学的なラインを描くということだ。これはマイケル・ブラウンのテーラーリング精神と、完全に一致する。

 

 命の宿らぬ布に、生き生きとしたダイナミックなエネルギーを与えることができたのは、ブラウンだからこそだ。ギリシア人が“アニマ(精神)の注入”と呼んでいたものである。ブラウン氏は、彼が彫刻で行ったように、テーラーリングで、これを行っているのだ。

 

 過剰なまでのハンドメイド・ディテールによって、彼の服はまるで生きているようだ。エネルギーに満ち溢れている。

 

 彼の衣服は、イタリアの詩人フィリッポ・マリネッティの“未来派宣言”を体現しているようだ。とても“速度感”がある服なのだ。充実した人生を送り、上昇志向があり、常にアクティブな男性が身につけるのに、これ以上のものはない。

 

 しかし、彼には先達がいないわけではない。スウィンギング・シックスティーズと呼ばれた1960年代、オーダーメイドをロックンロールと結びつけることで、テーラーリングのコードを再定義した、ロンドンのトミー・ナッターやエドワード・セクストンだ。

 

 これらの“恐るべき子どもたち”は、ビートルズやローリング・ストーンズ、そしてブライアン・フェリーなどのために、まばゆいばかりの服を裁断し、サルトリアの世界を席巻した。セクシーなスタイリングと、異世界のような仕立てが際立っていた。

 

 ナッターがスタイリングにおいて斬新さを提供した一方で、セクストンは彼らの服を派手なロックンロールのユニフォームから、クチュールレベルの仕立ての芸術品へと昇華させた。

 

 セクストンの弟子であり、卓越した技術を持っていた若きジョー・モーガンは、後にカッター仲間のロイ・チトルバラと共にチトルバラ&モーガンを設立することになる。

 

 

 

 

 私が初めてマイケル・ブラウンと出会ったのは、偉大なジョー・モーガンの顧客としてだった。面白いことに、私はカンプス・ドゥ・ルカのジャケットの“ミラネーゼ”ボタンホールをジョーに見せている最中だった。

 

 私が好きなのは、サヴィル・ロウ・テーラーリングをいつも国際化しようとするモーガンのオープンな姿勢だ。彼がラペルだけでなく、衣服全体にそのボタンホールを取り入れ始めたのは、それから間もなくのことだった。

 

 この創造的なプロセスにおいてモーガンを助けたのがブラウンだった。私はすでに、ブラウンは、仕立て屋の中で最もスタイリッシュで素敵な男性の一人だと思っていた。彼の上品で控えめな態度にもかかわらず、彼は私が会った中で、最もハンサムでカリスマ的な人物のひとりだったのだ。

 

 それだけではなく、彼の洋服の着こなし方にも注目したい。まるでラップ・シーム、ロープド・ショルダーのスリーピース・スーツを着て生まれてきたかのようにリラックスしている。

 

 ジョー・モーガンと共に技術を学んできた彼だが、かつてモーガンがセクストンやナッターの服に影響されつつも、独自のオリジナリティを獲得したように、ブラウンも自分自身の明確な方向性を定義している。

 

 

 

 

 ブラウンの服は、ディテールの完璧さにクチュールレベルのこだわりを示す点でモーガンに似ている。しかし、ブラウンの服の着こなし方は、モーガンとは違う。若くて都会的な、彼自身の世代の影響を受けているのだ。

 

「私は、オーダーメイド・テーラーリングの復活を目の当たりにしてきました」とブラウンは言った。

 

 「しかし同時に、世の男性は自分の服をもっと違う方法で着たいと思っていました。私が最初に試し始めたことのひとつは、私が“ボディコート”と呼んでいるものでした。これは、トップコートとジャケットを融合させたものです。長くて軽いコートで、トップコートのスマートさと、オーダーメイド・ジャケットのフィット感を兼ね備えています。これを作り始めた理由は、多くのクライアントがこれを欲しがっていたからです。若い人たちの多くは、ジーンズにスニーカーやブーツ、そして薄手のニットを着ています。彼らはジャケットやオーバーコートを着たがりません。彼らはコートをクロークに預けるのも面倒くさいのです」

 

 余談だが、私はブラウンに、ニューヨーカーがコートを預けないのは、コートを盗まれることを心配しているからだと説明した。ブラウンは笑って続けた。

 

「その通り。彼らは自分たちのワードローブにひとつのスターピースを求めています。彼らはボディコートを直接食卓に着たり、アートギャラリーのオープニングやパーティーで着ることができます。ジャケットのように携帯電話や財布を収納できる内ポケットが付いていて、室内でも快適に過ごせるように軽い構造と生地で作られています。リラックスしていながらも、きちんとしたものを着ているように見えます」

 

 このコートさえを着ていれば、どこにいてもクールに見えるというのがポイントだ。

 

 

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 さて、ここからは話は少々脱線する。1870年頃、ペンシルバニア州で教育を受けた歯医者は、15歳の頃から患っていた結核を治すために、より乾燥したアメリカ南西部へと旅立った。そこで彼はプロのギャンブラーとなり、評判のガンマンとなった。ドク・ホリディである。

 

 ワイアット・アープという名の法律家と親交を深め、何度か彼の命を救った。1879年には、西部の名高い伝説のひとつ、“O.K.牧場の決闘”での30秒間の銃撃戦に、アープと共に参加した。

 

 それから1世紀以上が経ち、映画『トゥームストーン』(1993年)で、ヴァル・キルマーがアカデミー賞レベルの演技力でホリディを演じ、彼の名は不滅の存在となった。

 

 アープ兄弟とホリデイがこの映画の中で銃を持った悪党を退治する際に着ている服は、軍用のフロックコートをダンディにアレンジした、西部劇のガンマン・フロックコートだ。ウエストコートとネクタイで着用されることが多いこのアイコニックなアイテムは、マイケル・ブラウンのカシミア製ボディコートによく似ている。

 

 着るたびに、映画『アウトロー』(1973年)のジョージー・ウェールズのように、二丁のウォーカー・コルトを太ももに縛り付けている自分を想像してしまうほどだ。

 

 私たちのフィッティングの間、この話をブラウンは楽しんでくれたようだ。このときまでに私は彼の細身のコートを“サルトリアル・ガンファイター・コート”と呼び直していた。

 

 

 

 

 コートの特徴は、ブラウンが得意とする高いゴージのノッチド・ラペルと、もちろんミラネーゼ・ボタンホール。そのラペルホールには、ブラウンのシグネチャーとなっているシルクのトーン・オン・トーンのブートニエールが付いている。

 

 肩はロープドショルダーになっており、袖はすっきりとしたスリムなデザイン。コートのボディは、ハイウエストでフィットし、裾にかけて芸術的なフレアーラインを描いている。

 

 ブラウンは伝統的にふたつのボタンとオープン気味のフロントクォーターを採用しているが、私は3つボタンでややクローズドなフロントを選んだ。

 

 ポケットはフラップがなく、すっきりとしている。コート丈は膝下である。

 

 想像通り、神のような気品のある仕上がりになっている。1年ほど前から所有しているが、ニューヨークのような都会的な環境では、最適な服だと感じている。常に動き回っていて、快適さを求められながらも、きちんとした服を着ているように見せたいときにぴったりだ。

 

 地下鉄に乗るために階段を駆け下りたり、タクシーに乗り降りしたりするときに便利だが、アカデミックな環境にもシームレスに溶け込むことができる。すらりとスマートにみえるにも関わらず、貴重品を保持するための実用的な能力を備えている。屋内でも、暖房が効きすぎていなければ、ほとんどの場合はそのままでいられる。

 

 ニットウェアとの相性は抜群で、ブレイシーズで吊ったドレス・トラウザーズやドレスシューズ、ジーンズやブーツ、特にノーマン・ヴィラルタとガジアーノ&ガーリングがTHE RAKEのために作った“アーバン・コマンドー”ブーツとの相性は最高だ。

 

 ブラウンはサヴィル・ロウから、バークレー・スクエアに移り、ここで彼の特徴であるクチュールレベルの衣服を忠実なファンのために製作している。想像以上に高いレベルで作られた服を体験したいなら、ブラウンはあなたの心強い味方となるはずだ。