北川美雪の「良い服」は人生を変える
Good Clothing Can Change Your Life

VESTAのスーツコンサルタント、北川美雪氏が、「パワーオブスーツ」をキーワードに、スーツを単なる服ではなく「人生を変える武器」として捉え、その魅力をお伝えしていく。

【第7回】クラシックスタイルへの情熱が人生を変えた──ファビオ・アッタナシオの軌跡

Saturday, August 9th, 2025

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ファビオ・アッタナシオさん

Instagram: @fabioattanasio

www.tbdeyewear.com/

 

 

素材の表情と仕立ての完成度が際立つ、チャコールグレーのダブルブレステッドスーツ。エレガンスの本質はここにある。 

 

 

 

仕立てに恋をして、人生が動き出したとき 

 法学を学んでいたある若者が、抑えきれない仕立てへの情熱を抱えていました。その人物こそ、ファビオ・アッタナシオ氏です。彼はミラノのボッコーニ大学で法学の学位を取得したものの、心はすでに、二次元の布が三次元の芸術へと変わる世界に奪われていました。

 

 2012年、彼はブログ「The Bespoke Dudes」を立ち上げ、瞬く間に人気を獲得します。イタリア国内にとどまらず、ヨーロッパ全土、そしてドバイまで、彼は数百のテーラーハウスを訪ね歩き、その記録を残しました。情熱と愛に突き動かされたこの旅路は、やがて彼をインフルエンサーとして確立させ、Instagramのフォロワー数は56万人を超えるまでに至ります。 

 

 

世界の名だたるテーラリングを訪ね歩き、その文化ルーツやテーラリングの特徴を「Scent of Tailoring」として出版する文筆家の顔も持つアッタナシオ氏。シンプルなシャツとチノに、自身のブランドTBD Eyewearの眼鏡が知性と品格を添える。 

 

 

 

TBD Eyewear──クラシックな美意識から生まれたブランド 

 アッタナシオ氏のクラシックスタイルへの愛は、当然ながら“顔”──人の印象の中心にも向けられました。「その眼鏡はどこのブランド?」という読者やフォロワーからの問いに、彼は言葉ではなく“創造”で応えます。こうして誕生したのが、自身の美学を体現するアイウェアブランド「TBD Eyewear」。誠実な素材選び、クラシックと現代的感性を融合させたデザイン、そしてイタリアの職人技術に支えられたものづくりにより、ブランドは瞬く間に広く受け入れられました。 

 

 

情熱から企業へ──ブランドを支える力 

 2025年、アッタナシオ氏はTBD EyewearのCEOに正式就任し、経営の全権を掌握します。共同創業者の退任後、新たに出資者として迎えたのが「イランのアルマーニ」とも称されるハクーピアン家をルーツに持つ、Italian Target srl社でした。この一族はクラシックなメンズウェアや個人のエレガンスに深い理解を持ち、「スタイルが人生の方向を決める」という信念を共有しています。初回のオンラインミーティングでは、お互いの装いへの賞賛を通じて意気投合し、強いビジネスパートナーシップの礎が築かれました。 

 

 

ストライプスーツにクラシックな小紋タイを合わせた、ビジネスと趣味が交差するスタイル。 

 

 

 

現代感覚で再構築するクラシックスタイル 

「僕はクラシックスタイルが好きですが、単なるヴィンテージ趣味には興味がありません」と語るアッタナシオ氏。彼の使命は、クラシックスタイルを“古臭くない形”で、自分の世代へと継承することです。ラペルの曲線、肩の高さ、ジャケット全体の建築的バランス──彼はディテールに徹底的にこだわります。仕立ての伝統へのリスペクトは、現代のライフスタイルに対応した実用性と常にバランスを取っています。彼のスタイルは「コンテンポラリー・クラシック」──それは、長年の研究と実体験からしか生まれないものです。 

 

 

淡いブルーのダブルブレステッドスーツ。クラシックを外さずに、現代の軽快さを添えるのがアッタナシオ流。

 

 

 

シーン別に考える──アッタナシオ氏の装い哲学 

 イタリアを代表するスタイルアイコン、ファビオ・アッタナシオ氏に、シーン別の装いの哲学を伺いました。現代の紳士にとって、学ぶべき実践的な知恵が詰まっています。 

 

 

女性と過ごす時間──温もりと洗練の融合 

 まだよく知らない女性とのデートでは、派手さよりも抑制を重視するといいます。金ボタンのブレザーに、上質なシャツ、季節に応じたフランネルまたはコットンのパンツを合わせ、ロゴは避けます。代わりにカラフルなポケットチーフでさりげない遊び心を演出。知性と親しみやすさが共存する、控えめながら印象的なスタイルです。 

 

 

落ち着きと知性を感じさせる、ネイビーブレザーと赤茶のトラウザーズによるリラックススタイル。 

 

 

 

オペラ鑑賞──威厳とエレガンスを装う 

「スカラ座の初日なら、迷わずミッドナイトブルーのタキシードを着ます」と彼は語ります。黒よりも深みと洗練のあるその色は、夜の空気と見事に調和します。ピークドラペルのジャケットに白シャツ、ボウタイ、オックスフォードシューズ、シルクのロングソックスを合わせて完成。「オペラは特別な場。そこにふさわしい服装で臨むことが、本当のエレガンスの一部なのです」と彼は語ります。 

 

 

ミッドナイトブルーのタキシードに身を包み、オペラの夜に臨む。装いが場の格を高めるという真理を体現。 

 

 

 

友人との夜──カジュアルな優雅さと遊び心 

 ミラノのオステリアでの夕食や、気の置けない友人との集まりでは、心地よく、それでいて洗練された装いが好まれます。肩に芯のないジャケットに、スコットランド製コットンのTシャツ、またはラペルの外に出した柔らかな襟のジャージーポロシャツを合わせるのが彼の定番。タイは締めず、リラックスしながらも整った印象に仕上げます。「ファッションとは、自由と規律のバランス。遊び心がなければ、クラシックスタイルはただのルールの羅列にすぎません」。

 

 

夏の装いも抜かりなく。アイボリーリネンスーツで体現する“軽さ”と“格”。 

 

 

 

もし今、ビスポークをオーダーするなら──後ろ姿に宿るドラマ 

 

 長年のビスポーク経験を経て、彼が今求めるのは「後ろ姿の美しさ」です。「バランスの中にこそ、エレガンスは宿ります」と彼は言います。

 

 肩の持ち上がり、ジャケットの開き方、ウエストの締まり──それらすべてが調和したとき、装いは“着るアート”へと昇華します。理想は、フィレンツェ仕立ての構築的な明快さと、ナポリ仕立ての柔軟性・可動性の融合。端正なシルエットに、手仕事の優美なディテールが宿る一着。

 

「本当の印象は、その場を去るときに決まるのです」

 

 

緻密なパターンと手縫いの柔らかな肩周り。アッタナシオが追求する“後ろ姿の美”は、細部に宿る。 

 

 

 

クラシックの未来──文化的回復としての服 

「スーツを着るのは、楽しいことのはずです」とアッタナシオ氏は語ります。彼の活動は、若い世代にとって“服”を自己表現の手段とし、より豊かな人生を送るためのツールとすることを後押ししています。彼は自らを“文化の翻訳者”と見なし、クラシックスタイルという共通言語を通して世代間の架け橋となることを志しています。TBD Eyewear、そして彼自身の継続的な発信を通じて、そのメッセージは世界中へと届いているのです。そして今後も、人生を変える力を持つ服と共に、新たな物語を紡ぎ続けていくことでしょう。 週末のドライブシーンでも、スタイルを忘れない。コンテンポラリークラシックは日常の延長にある。 

 

 

Author: 北川美雪(きたがわ みゆき)

東京・銀座のテーラー「VESTA by John Ford」のゼネラルマネージャー。英語、イタリア語、フランス語に堪能、メンズファッションのエキスパートとして25年のキャリアを持つ。確かな素材選びとセンスの良い仕立てに定評があり、国内外のトップ経営者、政治家、各国の要人・大使らが顧客として名を連ねる。歴代の駐日イタリア大使にも絶賛された。ファッションに関する深い造詣を持ち、多くの雑誌などで記事を執筆している。好きな食べ物は「てっさ」である。https://johnford.co.jp/