居心地のいい場所
Tuesday, May 24th, 2022
photography yuko fujita
映画『私立探偵 濱マイク』を彷彿とさせる、ある意味“横浜らしい“ロケーションにあるテーラー「サルトリアトラモント」。写真は、編集部Fが撮影したもの。
Rakish(レイキッシュ)な読者の方々の居心地のいい場所とは、何処だろうか?
私にとっての居心地がいい場所を、そこでの過ごし方と一緒に挙げるとするならば、例えばギリシャのサントリーニ島でぼんやりとエーゲ海の濃く青い海と沈む夕日を眺めながら適度に冷えたシャンパンを愉しんで過ごすことだったり、イタリア・トスカーナのモンタルチーノ村の壮大な葡萄畑に囲まれた古城で、当たり年のヴィンテージのブルネッロ・ディ・モンタルチーノとビステッカやジビエを愉しむこと、はたまたパリのサン・ジェルマン・デ・プレでのんびりと散歩しながらギャラリー巡りをすることや、沖縄で地元の食材をたっぷり買い込み自分好みの料理を作って琉球の風を感じながらコンドミニアムでのんびりと過ごす、といったところだろうか。
考えれば考えるほど他にもたくさん思い浮かんでくるが、なんだかんだ生まれ育った街(故郷)は、ちょっと他とは違った格別な存在だ。私の故郷は横浜である。元町の中心地で生まれて以来、ここは帰るたびに童心に戻れる唯一の場所でもある。かつては自分の背丈より高かった路地裏の外壁も、今ではすっかり上から見下ろす高さになった。当時、精一杯の背伸びをして、お洒落を決め込み訪れたレストランやバーも、気づかないうちに年相応に小慣れた振る舞いが自然とできるようになっていた。訪れるたびに緊張していた、初めてづくしの甘い青春時代を思い返しては、懐かしい友人との会話に話を弾ませるのである。
ぼんやりとしか覚えていないが、人生で初めてバーでオーダーしたカクテルは、「ジンリッキー」だったと思う。カクテルには、花言葉同様に“カクテル言葉”なるものがあるらしく、ジンリッキーのそれは〈素直な心〉だという。はるか昔のことだから忘れてしまったが、きっと当時の私は、素直な心の青年だったんだろう(笑)。
そんな横浜に、これから注目のテーラーがあるとの話を編集部Fから聞き、これは行かねばと思い、すぐさまF(オーダースーツの達人である)を連れて、スーツを作りに出向いたのである。昨年オープンしたというそのテーラーは、まさに私の子供の頃からの馴染みの場所に位置しており、それだけで、なんともいえない安心感があった。
想像していた通り、テーラーの主人は実に誠実な青年で、意気投合するのに時間はかからなかった。暫しの会話を楽しみ、採寸は程々にして、われわれは馴染みのレストランに繰り出した。まずは若々しいイタリアワインを飲みながら、事情聴取さながらに、今までの人生の履歴書話から始まり、そしてまたまたお決まりの地元話に花を咲かせた。年齢の隔たりを感じることなく、まるで十数年来の友人との再会を懐かしむかのような、そんな愉しい1日であった。故郷には、人を無意識につなげる力があるのだろうと、いつもながら思う。
実は彼は、編集部Fが総力を挙げて取材をした、記念すべき『THE RAKE』日本版の創刊号のナポリ特集を読み、衝撃を受け、サルトになることを強く決意。ナポリのアントニオ・パスカリエッロのもとで5年間の修業を経て、念願の自分の店を故郷の横浜にオープンしたのだという。この話を聞き、あらためて『THE RAKE』を創刊したことの意義と喜び、そして責任感と幸福感をFとふたりで嚙み締めつつ、ほどよく熟成されたイタリアワインに酔いしれたのであった。
私にとって居心地のいい故郷の縁に導かれた素晴らしい日だったな、と今この原稿を書きながら改めて思い返している次第である。
Letter from the President とは?
ザ・レイク・ジャパン代表取締役の大城が出合ってきたもののなかで、特に彼自身の心を大きく動かしたコト・モノを紹介する。