ザ・レイク創刊10周年記念特集:PATEK PHILIPPE

パテック フィリップが継承するアルチザンの息吹

November 2024

デジタルツールの進化によって腕時計に対して嗜好性を求める人が増えたからなのか、希少なハンドクラフトを駆使した芸術的なタイムピースへの注目が高まっている。パテック フィリップではこの巧みな工芸技法を守りぬき、再び全盛期を迎えている。
text tetsuo shinoda

金属板にガラス質の釉薬を塗布し、約760度の窯で焼き上げる。パテック フィリップの本七宝は、“グラン・フー”と呼ばれる高温で焼成する技法が用いられる。焼き上げる際に顔料の色がどのように変化するかを理解した上で色を入れていくため、知識と経験が求められる。このダイヤルは約25回の焼成を必要としており、慎重に作業を行う。

 16世紀頃にヨーロッパ各地で生まれた芸術的なハンドクラフトが、時計にも取り入れられるようになったのは、ドイツのアウクスブルクが始まりだという。そして19世紀にはジュネーブへと伝播し、ケースやケースバックに美しい装飾を施した時計がつくられるようになる。

 パテック フィリップでは、創業当初からこうしたハンドクラフトに情熱を注いでおり、マルケトリや彫金、クロワゾネ七宝、エナメル細密画といった伝統的な技術を通じて数々のアートピースを生み出してきた。時計愛好家たちの間では複雑機構ばかりに注目が集まりがちだが、パテック フィリップはメカニズムと違った形でもクリエイティビティを発揮しており、ハンドクラフトにおいても超一流なのだ。

 懐中時計の時代は、多くのブランドがハンドクラフトを駆使したモデルを製作していた。しかし腕時計の時代になり、実用性が求められるようになると、ハンドクラフトの需要は激減してしまう。多くのアルチザンたちが職を失う中、パテック フィリップは腕のある職人たちを守り、ハンドクラフトを駆使した時計をつくり続けた。たとえ生産数が少なくても、技術を継承していくためには重要だったのだ。

黄道十二宮-火のエレメント 射手座 Ref.5077/100グリザイユ七宝の技術を用いて、背景の天空と星座のシンボルである半人半獣の弓の射手、奥行き感のある天の河を描いた。星座はクロワゾネ本七宝とパイヨネ七宝で描かれ、星をつなぐのは繊細なゴールド・ワイヤー。時分針の先端には太陽と月のシンボル、ベゼルとラグにはダイヤモンドをセッティング。自動巻き、18KWGケース、38mm。Patek Philippe

 パテック フィリップは、1996年に竣工したプラン・レ・ワットの本社屋にもハンドクラフト用のスペースをつくり、ジュネーブ伝統の工芸技術を存続させた。こうした地道な活動が功を奏し、2000年代以降、希少なハンドクラフトはさらに評価されるようになった。

 パテック フィリップでは、長年の技術と伝統の蓄積により、年間で数十点のハンドクラフトモデルを製作できる。しかしそれでも需要に追いつかず、ウェイティングリストは長くなる一方である。

 アルチザンの手仕事からのみ生まれる芸術的な時計は、増産することは難しい。それでも、ゆっくりと完成を待つ時間も含めて楽しむのが、ハンドクラフトとの付き合い方といえるかもしれない。

鹿狩り Ref.995/10318世紀フランスの芸術作品に着想を得たユニークピース。背景となる森にはマルケトリ技法を用いており、色、質感、木目の異なる32種類の木材から数百ものパーツを切り出し組み立て、絵柄をつくる。そして鹿とその鹿を狩る猟犬は、繊細な彫金技法で製作。写真で見えているのは裏面で、表面はグリーン・チューリップウッドのダイヤルをもったスモールセコンド式ウォッチ。手巻き、18KWGケース、45mm。Patek Philippe

「マルケトリ」とは、17~ 18世紀に流行した技法で、木や藁、貝や貴金属などを絵柄に合わせて小さなパーツとして切り出し、それを組み合わせて絵柄を表現するというもの。「彫金(エングレービング)」はハンドクラフトの定番技法で、小さな刀を用いて、金軸板に絵柄などを彫り込んでいく。どちらも立体的な表現が得意なので、この「鷹狩り」のようなダイナミックな世界観を表現するのに向いている。

ゴールデン・エリプス「雪景色」Ref.5738/50日本では有線七宝とも呼ばれるクロワゾネ本七宝は、絵柄に合わせて金線で枠をつくり、そこにエナメルを入れて焼き上げる。輪郭がはっきりするため、日本の伝統的な版画や浮世絵をモチーフにすると美しく仕上がる。このモデルは雪に包まれた江戸の風景を表現。夜が更けていく空は、エナメル細密画で描かれている。自動巻き、18KWGケース、34.5×39.5mm。Patek Philippe

この時計を製作するために、17色のエナメル塗料を使用し、色を入れるたびに焼き上げていく。その回数は平均で40回。驚くほどの手間がかかっている。

ドーム・テーブルクロック「花見」Ref.20132Mコレクターにとって憧れとなっているのがドーム・テーブルクロック。このモデルはさまざまなエナメル技法を用いて日本の伝統文化である「花見」を表現しており、ドーム部分は満開の桜、本体部分は、桜の木や芸妓、雪を被った山が描かれている。ムーブメントは手巻き式だが、電動でゼンマイを巻き上げる仕組み。電動モーターによる手巻き、直径128mm×高さ213.5mm。Patek Philippe

THE RAKE JAPAN EDITION issue 61