ザ・レイク創刊10周年記念特集:PATEK PHILIPPE

パテック フィリップが世界最高峰たる所以

November 2024

時計愛好家にとって、パテック フィリップを所有するということは、最上級の憧れである。それは歴史、機構、文化、芸術性などあらゆるところに、魅力的なストーリーがあるからだ。
text tetsuo shinoda

Grandmaster Chime 5175
グランドマスター・チャイム 5175
パテック フィリップがこれまでに製作した中で最も複雑な腕時計。20の複雑機構を搭載するが、その名が示す通り、特にチャイム機構にこだわった。グランドソヌリ、プティットソヌリ、ミニット・リピーター、アラーム、そして本日の日付を音で知らせる世界初の永久カレンダー・デイトリピーターを搭載。ケースには息を呑む美しさの彫金仕上げが施されている。手巻き、18KRGケース、47.4mm。世界限定7本。Patek Philippe

 パテック フィリップの創業150周年を記念し、1989年に発表された懐中時計「キャリバー89」は、33の複雑機構を搭載し、同社の伝統を未来へと託す存在となった。この時計の製作を指揮したのが、当時の社長、フィリップ・スターン氏だ。そして創業175周年となる2014年(今からちょうど10年前)、伝統への新たなアプローチとして発表したのが、この「グランドマスター・チャイム」。リバーシブル式の腕時計には、表面と裏面に合計20もの複雑機構を搭載している。この“世界で最も複雑な腕時計”の製作を指揮したのが、フィリップ氏の息子であり、現在パテック フィリップの社長を務めるティエリー・スターン氏だ。

 父の「キャリバー89」から息子の「グランドマスター・チャイム」へ。その25年の歩みは、独立資本だからこそ実現した独自性の賜物といえる。

 今日の時計業界では、いくつかのラグジュアリーコングロマリットの下にブランドが集められている。さらには投資家がブランドを支配することも少なくない。しかしパテック フィリップは、独立資本のまま昔ながらの家族経営を守る。

ジュネーブ本社に所蔵されている顧客台帳。

美術愛好家でもあった、アントワーヌ・ノルベール・ド・パテック(左)。ジャン・アドリアン・フィリップ(右)はフランス出身の時計師で、リュウズでゼンマイを巻き上げ、時刻合わせもできる機構などを発明した。

実際の親子である、名誉会長のフィリップ・スターン氏(左)と社長のティエリー氏(右)。パテック フィリップ・シールの制定など、多くの革新を行ってきた。

 信念を共有できる人と、自分たちが正しいと信じるものを創造する。リスクを冒すことさえも自由であり、コストや手間を度外視してでも理想を追求し、その姿勢を継承してゆく。だからパテック フィリップの哲学は揺るがないのである。

 独自の品質規格「パテック フィリップ・シール」は、彼らの信念を具現化したものだ。そもそも高級時計の規格として、1886年に制定されたジュネーブ・シールがあるが、仕上げに重きを置きすぎていることやシリコンなどの先端素材に対応していないため、逆に時計の進化を妨げているともいえる。そこでパテック フィリップは、仕上げ、精度、信頼性、アフターサービスという4つのカテゴリーから成る独自規格を立ち上げ、2009年春から運用を開始している。それは、革新を続けていくという所信表明でもあった。

 伝統を学び、それを絶え間なく進化させることがパテック フィリップの強みであり、世界最高峰たる所以なのだ。

スイス初の腕時計ハンガリーのコスコヴィッチ伯爵夫人のために製作された1868年の時計こそが、スイスで製作された初の腕時計である。当時は、紳士が懐中時計を愛用する一方で、貴婦人たちは小型ムーブメントをペンダントやブローチに組み込んだウォッチをアクセサリーとして楽しんでいた。そのため、その外装は装飾に凝っており、時計表示自体はかなり小さい。

 名門パテック フィリップ。そのブランドの起源は、ポーランド生まれのアントワーヌ・ノルベール・ド・パテックが時計師のフランソワ・チャペックとともに1839年に設立した時計会社。その後フランソワが去り、新たにジャン・アドリアン・フィリップを迎え入れ、1851年に社名をパテック フィリップと改める。

 そして同年、ロンドンで開催された万国博覧会にて、パテック フィリップは英国ヴィクトリア女王をはじめとする王侯貴族たちから注目を集め、スイスを代表する高級時計ブランドへと躍進していく。

 名声を得てからも先進的な時計を目指して開発を進め、1868年にはスイス初の腕時計を製作。そしてミニット・リピーターや永久カレンダーといった数々の複雑機構を開発し、愛好家の知的好奇心を刺激する時計をいくつも誕生させた。

1916年/初の5ミニット・リピーター No.174 603パテック フィリップ初のリピーターウォッチで、直径27.1mmという小さなケースの内部に、二対のゴングとハンマーを収めている。ムーブメントはヴィクトラン・ピゲ製をカスタム。時と5分毎の分を音で表現する「5ミニット・リピーター」を搭載。ケースとブレスレットには、プラチナ素材を使用している。ケースには繊細な彫金の装飾を施した。

1925年/初の永久カレンダー No.97 975閏年の有無まで把握して動く、「永久カレンダー」機構を初めて搭載。34.4mm径ケースのコンパクトなタイムピースだが、七宝製のダイヤルの中にバランスよく表示を配置している。3時位置にムーンフェイズを配置するレイアウトも個性的。日付表示は針式となる。ケース素材はイエローゴールド。ヴィクトラン・ピゲ製のエボーシュを使用している。

1937年/初のワールドタイム Ref.515 HU24時間リングと都市を組み合わせ、世界の時刻を同時に表示する「ワールドタイム」機構は、時計師ルイ・コティエとパテック フィリップが開発。レクタングルケースもユニーク。これ以降のモデルだが、フィアット元会長で稀代の洒落者だったジャンニ・アニェッリも同社のワールドタイムの愛用者として有名だ。

1996年/初の永久カレンダー Ref.503511月は30日まで、12月は31日まで、といった月の大小を把握して動き、2月末のみ修正するだけで1年を通じて便利に使える「年次カレンダー」機構は、パテック フィリップが開発。1996年にデビューし、人気機構として定着した。37mmというイエローゴールド製のケースサイズも実用的で好バランス。

 1932年からは、パテック フィリップにダイヤルを独占的に供給していたスターン家が経営に参画し、さらに会社は規模を拡大していく。これが歴史の大きな転換期となり、以降は、ラウンドウォッチの大傑作「カラトラバ」(1932年)や、黄金比から導き出された「ゴールデン・エリプス」(1968年)、ラグジュアリーなスポーツウォッチ「ノーチラス」(1976年)など、現在にまでつながる傑作の数々を生み出していくことになる。

 現在は3代目のフィリップ・スターン氏が名誉会長を務めており、その息子のティエリー・スターン氏が社長として舵取りを行っている。父から息子へ。家族に脈々と受け継がれるその伝統が、今後5代目、6代目と連綿と継承されていくことになるだろう。

 パテック フィリップとスターン家では、一貫したブランド哲学を継承していくために、守るべき「10の価値」を定めている。それは「独立」「伝統」「革新」「品質と精緻な仕上がり」「希少性」「付加価値」「美」「サービス」「思い入れ」「継承」の10であり、これはパテック フィリップの創業以来の使命として、将来へと継承していく企業哲学なのだ。

 歴史ある名門時計ブランド、パテックフィリップは、パテック家からスターン家へと文化と哲学を継承しながら、家族経営のブランドとして、一度も途切れることなく卓越した時計を製作してきた。パテックフィリップの時計を手に入れるということは、その歴史の一部になるということであり、その名前は永遠なる時の中で生き続けるのである。

上:レマン湖にかかるモンブラン橋のたもとにあるパテック フィリップ ジュネーブ本店サロンの「ナポレオン・ルーム」は、多くのVIPをもてなしてきた。左:多くの時計ブティックが並ぶレマン湖沿いに別格の存在感を放つジュネーブ本店。右:ムーブメントに刻まれる“PP”はパテック フィリップ・シール取得の証。名門ブランドの誇りが現れている。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 61

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