ザ・レイク創刊10周年記念特集:PATEK PHILIPPE

超複雑!ポケットウォッチのマイルストーン

November 2024

パテック フィリップが製作してきた超複雑系ポケットウォッチ。それは究極の時計を目指す夢と技術を継承するという信念から生まれた彼らの哲学を語るものであり、そして時計界の至宝でもある。
text tetsuo shinoda

1933年/グレーブス・ウォッチ900を超えるパーツを使用して、24の複雑機構を搭載。チャイム機構は、4ゴングによるグランドソヌリとプティットソヌリ、5つ目のゴングによるアラーム機構。スプリットセコンドクロノグラフ、永久カレンダー、ムーンフェイズ、均時差表示などを搭載。裏面に入る天体図は、グレーブスが暮らしていたニューヨーク市から見える夜空を表現している。2014年にサザビーズのオークションに出品され、当時、時計としては史上最高額である約28億円で落札された。

 パテック フィリップでは、技術的チャレンジとして、複雑機構を搭載したポケットウォッチ(懐中時計)を数多く製作してきた。その中でも有名なひとつが、1933年に納品された「グレーブス・ウォッチ」だ。これはニューヨークの銀行家で、時計愛好家でもあるヘンリー・グレーブス・ジュニアの「世界で最も複雑な時計を製作してほしい」というオーダーから生まれたもの。当時彼は、自動車製造業の富豪ジェームズ・ウォード・パッカードと競い合うようにしてパテック フィリップに次々と時計を注文しており、その美しく複雑な時計たちは世界の時計愛好家たちの注目を集めていた。

 そんな中、6年の歳月をかけて開発された懐中時計「グレーブス・ウォッチ」は、24の複雑機構を搭載し、文字通り“世界で最も複雑な時計”となった。

 この大傑作を研究して生まれたのが、創業150周年を記念した「キャリバー89」だ。この時計は「グレーブス・ウォッチ」の当時のオーナーから時計を借り、分解して機械部品の撮影を行い、まずは機構の研究に5年かけ、その後4年かけて製作を行った。当初はCADなどのデジタル技術が初期段階であったため、多くの図面は手描きであったという。しかしそんな地道な研究が実を結び、時計は1989年に完成。33の複雑機構を搭載した懐中時計は、イエローゴールド、ローズゴールド、ホワイトゴールド、プラチナの4モデルが製作され、アンティコルムのオークションにかけられた。

1989年/キャリバー891728個のパーツを用い、33の複雑機構を搭載する懐中時計。トゥールビヨンや世紀永久カレンダー、星座表などの天文機能、イースターの日付表示、4つのゴングを用いたグランドソヌリやミニット・リピーター、さらに機械式の温度計も内蔵。パテック フィリップ・ミュージアムには、ひとつだけ製作されたプロトタイプが収蔵されている。

2000年/スターキャリバー2000ミレニアムという特別な年に合わせて開発された、1118個のパーツによるロマンティックな懐中時計。月の軌道や季節の変化、均時差など、天文系の機構を中心に、チャイム機構など21の複雑機構を搭載。単に複雑な機構を目指すだけでなく、時計の文化や時の歴史の研究を深めることも、パテック フィリップに求められる社会的使命なのである。

「グレーブス・ウォッチ」や「キャリバー89」が、時計技術への敬意や複雑機構への挑戦といった意味合いを持つプロジェクトとするのなら、2000年に誕生した「スターキャリバー2000」は、時間という概念を生み出した宇宙に敬意を表し、その神秘を表現した時計といえるだろう。プロジェクトの始まりは、世紀末やミレニアムという言葉が広がり始めた1993年。多くの経験を積んできた時計師や設計士がこのプロジェクトのために集まり、時計の研究がスタートした。

 2000年という特別な年に合わせて発表された「スターキャリバー2000」は、星座表や月の軌道、日の出と日の入りの時間、均時差、永久カレンダーといった天文と関係の深い機構を開発。さらに5ゴングによるウェストミンスターチャイムは、郷愁をそそる美しい音色にもこだわった。時計の両面の蓋を開くための構造でも特許を取得するなど21の複雑機構を搭載しており、これまでの超複雑ポケットウォッチとは違ったアプローチで、時間や宇宙の神秘を表現している。

 なぜパテック フィリップは、こういった前代未聞の挑戦を行うのか? それは究極の時計技術を蓄積することで、マニュアルも存在しない時計さえも修復できるだけの技術を体得することにある。パテックフィリップには修理できない時計は存在しない。その証明となるのがこれらのポケットウォッチであり、こういった技術の積み重ねによって、時計製作の文化が守られる。2014年に誕生した腕時計「グランドマスター・チャイム」も、製作・修復の技術を蓄積してきた証であり、また今後生まれるであろう傑作にもしっかりと受け継がれるに違いない。

PATEK PHILIPPE MUSEUM
時計愛好家必見!偉業を讃えるミュージアム

ミュージアムはジュネーブの旧市街にあり、駅からはトラムでも行くことができる。近隣のプランパレ公園は蚤の市でも有名なので、市内観光と併せてぜひ立ち寄りたいスポットだ。

 このページで紹介した超複雑ポケットウォッチの数々を含め、時計界の至宝を展示するのがジュネーブの「パテック フィリップ・ミュージアム」だ。王侯貴族の名が記載される顧客台帳や、世界各国の時計に関する書物、同社が製作してきた傑作だけでなく、エナメル細密画の美しい懐中時計やからくり時計、初代ブレゲが製作した懐中時計など16世紀からの時計も収蔵。ジュネーブだけでなく、世界中の時計文化そのものを学ぶことができる。

PATEK PHILIPPE MUSEUMRue des Vieux-Grenadiers 7, 1205 Geneva, Switzerland.
Tel. +41 22 707 30 10
開館時間:火曜~金曜日 午後2時~午後6時/土曜日 午前10時~午後6時

THE RAKE JAPAN EDITION issue 61