サマリーポケットを考えたのは元雑誌編集者
山本憲資さん
Friday, October 30th, 2020
山本憲資さん
Sumally Founder&CEO
text kentaro matsuo photography natsuko okada
Sumallyの山本憲資(けんすけ)さんのご登場です。皆さんは“サマリーポケット”をご存知ですか? CMなどで「名前は聞いたことがある」という方は大勢いらっしゃるでしょう。
これは、今は使わないモノを、専用のダンボール箱に詰めて、温度や湿度がしっかりと管理された倉庫へ預けられるというサービスです。ただ単に預けるだけではなく、預けたモノは写真に撮られ、自動的にリスト化され、スマホでいつでもチェックでき、そのままクリーニングや靴磨きを頼んだり、ネットオークションに出品することさえ可能です。もちろん必要になったら、1品ずつからでもいつでも送り返してもらえます。
「われわれは倉庫業をやっているつもりはありません。それより“所有”という概念を進化させたいのです。ドラゴンクエストをやったことはありますか? ドラクエの中のアイテムって便利ですよね? すぐに取り出せるし、いつでも売って、新しいアイテムに換えられる。リアルの世界でも、ここからそういう風に進化させていければいいなと思っています」
今回、山本さんのインタビューが決まった後、私も実際にサマリーポケット使ってみましたが、思った以上に簡単です。自宅にダンボール箱が届くので、いらないモノを詰め、指定した日時に、印字済みの伝票を持って来宅する配送員の人に渡すだけ。着払いの発送で、宛先も要りません。
「多くの形あるモノをデータとして持つことができるように、この30年で世界は進化しました。音楽で考えるとわかりやすいかもしれません。例えば私が高校生の頃は、音楽はCDを買って聴いていました。英国で発売されたCDが、2週間遅れで日本でリリースされ、発売を待ってタワーレコードなどへ買いに行っていました。ところが今の若い人にこんなことを言っても、ポカンとされるだけです。音楽はデジタル化され、いつでもどこでもリリースされた瞬間にすぐに聴けるようになったからです。つまりデジタル化すると、自然と流動性が高まる。次の30年は、リアルなものがリアルなまま、デジタルデータのようなに管理されるようになっていくのでは、と考えています」
この点、中国はとても進んでいるとか。山本さんは旅行が好きで、上海も昨年だけでも4、5回は行ったそうです。
「中国のラッキンコーヒーをご存知ですか? 値段はスタバと同じように一杯4、5百円なのですが、アプリで注文すれば、どこへでも10分程度で持ってきてくれる。コーヒーが飲みたくなったら、ピッとボタンを押すだけ。これはもはやダウンロードする感覚ですね。それからDiDi(ディディ)というUberのような配車アプリがあるのですが、ドライバーは、おそらく自分がどこを走っているかすら把握せずに、完全にスマホの言う通りに走っているだけです。こうなると自分が、タンパク質の塊として、目的地から目的地へとデジタルデータのように伝送されているような気分になります(笑)」
サマリーポケットもそんな風に、リアルなモノをデータのように管理できる仕組みを少しずつ創っていくとのこと。そんなサマリーの本社は渋谷区の千駄ヶ谷にあります(ちなみに、ウチのオフィスも、撮影を担当したカメラマンのスタジオも、千駄ヶ谷です)。ところが、最近山本さんは、軽井沢に古い小屋を購入・改装し、拠点を長野に移し”リモートスマートライフ”をスタートさせました。。
「築50年ほどのボロ家をフルリノベーションしました。東京にも週2、3日ほどは出てきていますが。森や山が好きなので、生活はとても快適です。自然の中にいると人間性が回復しますね。毎日会社へ行かなくてもいい人は全員そうしたほうがいい。週末は友人を呼んでバーベキューをしたり・・。夏に冷房なしで過ごせるというのもこの上ない贅沢です」
仕事に支障はないですか? との問いには
「ウチの会社は基本的にリモートワークなので、仕事はどこにいてもできます。距離が制約にならないような生き方をしたいのです」とのお答え。この点でも、デジタル化は進んでいます。ただし・・
「クルマだけは必要でした。最初はクルマもナシでいいやと思っていたのですが、ゴミ捨てひとつをとっても歩いていくには一苦労で・・、そこで、ゲタ車と割り切って、メルカリで古いアウディを買いました。クルマは15年落ち以下だと、もはやネダンはつかないのです。そこで15年前の状態のよさそうなヤツに絞って探しました。価格は20万円でした。これなら2年乗れればOKだし、5年も乗れたら超ラッキーですよね(笑)」
メルカリでクルマを買うって、もうクルマもダウンロードの時代ですね。
レザージャケットはロエベ。
「デザイナーのジョナサン・アンダーソンが好きなのです。ロエベは革の質がめちゃくちゃいい。スタンダード、シーズンレスなものに惹かれます。トレンドよりも、いいモノを買うことを心がけ、10年以上は使えそうなモノを選びます。ずっと好きでいられそうなものが自分の中で揃ってくると、それ以上好きなものを探すことになり、買い物のハードルは年々上がっていきますね。それに価格も・・。しかし、“一生モノを買うなら、日割り計算すると今買うのが一番安い”とか言って、買ってしまったりもあるのですが(笑)」
ベストとパンツ、ブレスレットはジ エルダー ステイツマン。
「ブレスレットはミサンガ風ですが切れない太さです。願いは簡単に叶ったら困るので(笑)。お風呂に入るときは外しますしね」
メガネはクレア・ゴールドスミス。
「これはオリバー・ゴールドスミスの後継者である姪のクレア・ゴールドスミスが自身のデザインで出しているもので、オリジナルデザインのものはオリバー名義ですが、新しいものは彼女の名前のブランド名で出しています」
ペンダントはアーティストのトム・サックスが作ったもの。
「一見鍵のように見えますが、実はコインにドライバーの先を溶接してあるんです。首から下げていると、鍵っ子のようで楽しい(笑)」
Tシャツは、ジェニー・ホルツァーの美術館で買ったもの。
PROTECT ME FROM WHAT I WANT(欲から私を守って)と書いてあります。
「物欲に支配されて、ずっと困ってきたので・・(笑)」
なるほど、私も1枚買うべきかな?
ストールはアンダーカバー。カシミア×シルク製です。
「アンダーカバーは昔から好きです。少し前のシーズンにキューブリックの『時計じかけのオレンジ』がテーマだった時があって、劇中に曲が出てくるベートーベンの顔入りのスタジャンを購入しました。私はクラシック音楽が大好きなのですが、これを着てサントリーホールのコンサートに出掛けたい。そんなことをするのは、私くらいでしょうが(笑)」
スニーカーはエルメス。
「ロゴとかがほぼ目立たずない、これ見よがしではないものが好きなんです」
今欲しいモノは何ですか? との問いには、しばらく考えて「やはり、アートでしょうか・・」と。
「私はアートはずっと“見る派”だったのです。百億円持っていれば、好きなものを買うかもしれませんが、百万円しかなければ、見る方に使ったほうがいい。海外の美術館へ行ってみるとか・・。見るだけでも、アーティストの考えは一定理解できるし、アートの愉しみの大きな割合がそこにあると思っているからです。この点がアートとファッションが違うところですね。ファッションの場合はやはり着てみないとわからない」
しかし、この考え方は、リモートワークになって、やや変わったといいます。
「たまたま強いシンクロニシティを感じられる若いアーティストに連続的に出会ったというところも大きいですが、最近2点ほど、手の届く範囲のペインティングを購入しました。。家で過ごす時間が増えた分、強い共感性の対象となるものをそばに置いておきたいな、と。最近手に入れたのは、今井麗(うらら)さんの作品。彼女は聴覚障害があるのですが、絵の中に“静寂”が描かれている。そこが大きな魅力です。また川内理香子さんのペインティングも購入しました。暗さと繊細さ、儚さなどが美しい色味で描かれている作品です。シルクスクリーンだとこの感覚は少し薄れるのですが、ペインティングを買い毎日向き合うというのは重い行為だと思います。まるで“アーティストの肉体を食べる”ような・・」
と言いながら山本さんはスマホを取り出し、次々とお気に入りのアーティストの絵を見せてくれました。この方は本当にアートがお好きなのだと実感した次第です。
そんな山本さんは神戸生まれの神戸育ち。幼い頃から活字を読むのが大好きだったそうです。
「小学校の時から新聞を読むのが大好きで、毎朝父親とは新聞の取り合いになっていました。そのうち朝日に加えて日経も取るようになり、この争いは収まりましたが・・(笑)。同じニュースを違う新聞で、違う視点で読むのが好きだったのです。大学生の頃は、4~5紙は取っていましたね。雑誌もほぼすべてのものに目を通していました。“いま世の中で何が起こっているのか”ということに対する好奇心が、人よりも大きいところも自分の武器なのかもしれません」
並行して、ファッションにも夢中になっていました。
「高校が私服だったので存分におしゃれをして、当時流行していたエルメスのフールトゥを持って、学校へ通っていました。引っ越し屋のバイトで稼いだお金を、すべて洋服に注ぎ込んでいましたね。学校をサボってコムデギャルソンのTシャツを買いに行列に並んだこともあります。それをまた学校の先生に売りつけたりして(笑)」
サマリーポケットの山本さんが、かつては引っ越し屋のバイトをしていたとは驚きですね。
一橋大学に入学され上京。ご専攻は“ゲーム理論”だったとか。なんだか、難しそう・・。
「ゲーム理論というのは経済学の一種で・・、”囚人のジレンマ”という概念が有名ですが、例えば、私と松尾さんが犯罪を犯して捕まったとするじゃないですか(笑)。別々に聴取されたとして、2人とも黙秘する。2人とも自白する。1人だけが自白するという状況が考えられる。2人が黙秘するのがお互い軽い罪で済んでベストなのですが、しかし1人だけが自白した場合、相手の刑がすごく重くなり、本人の刑がさらにとても軽くなるとする。さて、人はどのように行動するか・・といったことを研究する学問です」
なるほど、ちょっと面白そうですね。
「これは現在のビジネスにも役に立っています。全体最適がどこにあるのか、というのを深く考えるのが好きなのですが、ゲーム理論的な思考ともつながっていると思いますね」
サマリーもいろいろなものが繋がって、今が姿があるのですね。
大学を卒業した後、電通を経て、なんと雑誌GQの編集部に入ります。実は山本さん、私と同業だったのです。そして斎藤和弘さんという、この世界ではものすごく有名な編集長の下に就きました。
「当時のGQでは、企画さえ通れば、何でもやらせてもらえました。私はいわば“飛び道具担当”のような存在でしたね。高城剛さんと、その頃まだあまり知られていなかった発売前のテスラに試乗するためにシリコンバレーに行ったり、スコット・ボラスという松坂大輔のエージェントを務めた大物スポーツ・エージェントをLAで取材したり、はたまた『100人の行きつけの寿司屋100店』という企画で毎日スシばかり食べていたり(笑)。ファレル・ウィリアムスにスーツを着せて、パークハイアットのスイートルームでピアノを弾いてもらいながら、ファッション撮影をしたこともあったな・・、まさに“水を得た魚”という感じで、毎日が楽しかった」
そんな企画を24~5歳の若者に、好きなようにやらせていたのだから、当時のGQそして雑誌業界は、懐が深かったのですね。私の古巣でコンサバで知られる某誌も、実は“チュニジア・ロケ”とか平気でやっていましたから。
「しかしそのうち斎藤さんも退かれて、景気も悪くなって、経費使うな、タクシー乗るな、の大号令となりました。やはり“祭り”は続かないなと思い、28歳で起業したのです。しかし、編集者という職業を経験できたことは幸運でした。ビジネスよりもお金以上に“面白いか、面白くないか”で物事を選ぶ人たちが世の中にはこんなにもたくさんいるんだということを教えてもらえました。面白いことをを考えるやつが偉い、と。自分はそういう人たちと“面白い方”を選びながら生きていきたいな、と強く思わせてもらえましたし、今でもそれは少しも変わらないです」
今回のインタビューで思ったのは、山本さんの圧倒的な頭の回転の速さとアウトプット量の多さです。普段はまったく録音をしない私が、思わずボイスメモを起動してしまったほどです。
しかし、その情熱は、“面白いことを追求したい”という実に雑誌編集者的な好奇心に突き動かされていることを知り、彼のことがとても好きになりました。
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