Tobias Sühlmann Interview

デザインの常識から離れ、新しいマクラーレンを

May 2024

マクラーレンの60年にわたるモータースポーツのヘリティッジをベースにしつつも、革新的なスーパーカーを作りあげる。俊英デザイナーの掲げる理想は高い。自動車評論家・小川フミオによるインタビューをお届けする。

 

 

text fumio ogawa

photography hirohiko mochiduki

 

 

 

 

 自動車デザイナーが、嫌うこと。それは「スタイリスト」の呼称だ。自分たちは、たんに見た目を整えているだけではない。「私たちは、つねにエンジニアリングやエアロダイナミクスの専門部署と協議を重ねながら、デザインを進めています」。そう語るのは、マクラーレン・オートモーティブのトビアス・シュールマン氏だ。

 

 2023年9月に、マクラーレン・オートモーティブの最高デザイン責任者に就任したシュールマン氏。24年5月に日本を訪れ、じしんが確定した「次世代デザインDNA」を披瀝してくれるとともに、英国のスーパースポーツカーのデザインはどう変わっていくのか。インタビューに応じてくれたのだった。

 

 

 

 

 スーツ、靴、手提げ鞄、腕時計、と紳士用品はどれも、作り手のこだわりを知ってこそ、より魅力を放つ。そのことを知っているひとにとって、クルマもまた同じように感じられるのではないだろうか。たとえば、速いとかスタイリッシュというだけでなく、その背後にある作り手の考えを理解することで、所有の喜びが増すものだ。

 

 マクラーレンのプロダクトは、まさに、知る価値がある。よいデザインとはわかりやすいデザインであると言ったのは、ブラウンの製品などで知られる著名なドイツ人デザイナーのディーター・ラムスだ。まずそれを連想した。

 

 いっぽう、初期のアップルをデザイン面で支えた米フロッグデザインのハルトムット・エスリンガーは「形態は感情にしたがう」と題した著書のなかで「探し続けなさい。留まってはいけない」というデザインに対するスティーブ・ジョブスの哲学を伝えている。それも思い起こした。

 

 マクラーレンのデザインには、その両方があるのではないだろうか。いかにも速く走りそうなかたちであり、同時に、強い個性を発揮している。他に類のないマクラーレン車に乗ると、オーナーになることの喜びが感じられるはずだ。

 

 

 

 

「私がいま考えているのは、従来のデザインの常識から離れることです。これまでよく”形態は機能にしたがう”と、プロダクトデザインのありかたについて語られてきました。が、私たちはもはや、そんなふうに考えていません。プロダクトの開発はひとつのパッケージです」

 

 シュールマン氏は、マクラーレンのモノづくり(車両開発)について、ユニークな考えかたをしていることを明かす。

 

「エンジニアリング、デザイン、それにエアロダイナミクスを、ひとつのパッケージとして、ごく初期のスケッチの段階から、すべての部署が連携を取り合いながらスポーツカーの開発にあたるのです。F1グランプリに参戦しているマクラーレン・メルセデスチーム(24年5月5日のマイアミGPでは1位)から、空力や軽量素材の知識について、協力が得られることもメリットです」

 

 F1をはじめとするレースとの技術的な関係性を強めていくことは、マクラーレンの次世代スーパーカー、ハイパーカー、そしてその先へとつながるデザイン・フィロソフィーに大きく影響していくとされる。

 

 


新旧のマクラーレンを象徴する3台。上から:M8A/F1/750S

 

 

 シュールマン氏は次世代デザインの、5つの基本理念を発表。それは「Epic(エピック)、Athletic(アスレチック)、Functional(ファンクショナル)、Focused(フォーカス)、Intelligent (インテリジェント)」からなるものだ。

 

 たとえば、「Epic」はF1、Can-Am(66年に第1期が始まったカナディアン-アメリカン・チャレンジカップ)、GTからのインスピレーション。「Athletic」は高性能パワートレインとシャシーを使っての削ぎ落とされたボディ。「Functional」は大きなエアインレットやウイングなどテクニカルな要素を前面に押し出したデザイン。「Focused」はパフォーマンスを追求した設計。「Intelligent」は新たな素材開発、軽量化、耐久性、そして持続可能性の追求、といった内容だ。

 

「私たちのデザインDNAは、マクラーレンの60年にわたるモータースポーツのヘリティッジをベースに、革新的かつ超軽量スーパーカーを作りあげること。その中心にあるのはパフォーマンス・バイ・デザインなのです」

 

 これまでマクラーレン車におけるボディデザインは、波が砂の上につくる波紋や、鳥の羽など、自然のなかに究極の機能性と美が含まれるという概念の下で、独自の美が追究されてきた。

 

 

 

 

 シュールマン氏による新体制では、デザインの概念がさらに拡大。先に触れたとおり、クルマの開発は部署横断的というか統合的に行われるようになり、デザインのなかにさまざまな要素が取り込まれていくという。

 

 いつから、新体制によるアウトプットが出てきますか?という質問に対しては、「そのことは今は言えませんが、開発速度の短縮も課題です」との答えだった。楽しみにしておきたい。

 

 シュールマン氏は 2005 年に、多くの自動車デザイナーを輩出している独プフォルツハイム大学を卒業し、同年フォルクスワーゲンに入社。その後、ブガッティのエクステリアデザイン責任者、アストンマーティンのエクステリアデザイン責任者、ベントレーのデザインディレクターを経て、マクラーレン・オートモーティブの最高デザイン責任者に就任。

 

 マクラーレンとのかかわりは、以前、スペシャル・プロジェクトのリードデザイナーとして、TVゲーム用のコンセプトをベースにしたサーキット専用でシングルシーターのハイパーカー「ソーラスGT」のデザインを監修したこともある。840馬力のV10エンジン搭載で、22年8月に公開され、限定25台がその時点で売約済みということだった。

 

 


シュールマン氏がデザイン監修をした「ソーラスGT」。