THE PROMISED LAND

A.ランゲ&ゾーネ、その“約束の地”を訪ねて

September 2020

 

自慢の新工房

 

「われわれの歴史は、まだ始まったばかりだと思っています」そう語るのは、A.ランゲ&ゾーネCEO、ヴィルヘルム・シュミット氏だ。

 

「26年前にブランドが再興された当時、町の状況は、今とは相当に違うものでした。大戦や社会主義時代の爪痕が、色濃く残っていたのです。われわれは、そこから一つひとつ積み上げていって、今日の繁栄を築いてきました。新工房落成の際には、メルケル独首相もテープカットへ駆けつけてくれましたが、これはランゲの歴史が東西ドイツの統合を象徴しているからでしょう」

 

 工房内部へ目を移そう。総床面積5,400平方メートルを誇る建物の中は、目的別に仕切られ、約250人の時計師が、ミクロの世界と対峙している。コンプリケーション・エリアでは、選り抜きの職人たちが、ミニッツリピーターやトゥールビヨンを組み立てている。パーツ数は500を超え、しかもそれぞれの部位に異なるオイルを差さなければならないため、その手間は膨大となる。鎖引き機構のチェーンまで、手作業で組んでいるから驚きだ。ケシ粒よりも小さいパーツを、顕微鏡を覗きながら繋いでいく。1本のチェーンを作るのに、2日間もかかるという。

 

 デコレーション・エリアでは、パーツの装飾を手がけている。エングレービングはすべて手作業。モニターには地板が大映しされ、職人が手をわずかばかり動かすと、草木をモチーフにした曲線模様が、まるで魔法のように削り出されていく。それぞれの職人には、少しずつ作風の違いがあり、見る人が見れば、誰が彫ったものかわかるという。

 

 

見学者用のモニターに映し出された、エングレービングの様子。ミクロの芸術世界。

 

 

 アフターサービス・エリアでは、世界中から送られてくる時計の修理を担当している。ランゲの時計はすべてナンバリングされており、いつ作ったものなのか、すぐにわかる。ケースについたキズは、同素材の極細ワイヤーを、レーザーで溶かし埋めていく。昔ながらの職人技と、最新鋭の技術が共存している。「新工房の自慢は3つあります」とシュミット氏はいう。

 

「ひとつめは素晴らしい技術力。グランド・コンプリケーションをはじめ、世界トップレベルの製品を生み出すことができます。ふたつめは考え抜かれたオペレーション。エコに配慮しつつ、製品を効率的に生産することができます。そして3つめは、将来への投資。われわれがもっている技術を、次世代に受け継いでいくことです。事実ここには約60名の学生・見習工がおり、日々研鑽に励んでいます」

 

 A.ランゲ&ゾーネは、若手の育成にも力を入れている。主催する『F. A.ランゲ・ウォッチメイキング・エクセレンス・アワード』は、世界中の若手時計技師にそのアイデアを競わせるもので、優勝者には1万ユーロが贈呈される。今年は東京ヒコ・みづのジュエリーカレッジに属する荒深正和氏も3位入賞を果たした。

 

 

『F. A.ランゲ・ウォッチメイキング・エクセレンス・アワード』に入賞した、各国の若手時計技術者による作品。今回の優勝者は中段左、25歳のフランス人、タンギー・ヒューレット氏。

 

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