THE ORIGIN OF FLEECES
サステナビリティを織り上げた
ヴィターレ・バルベリス・カノニコの“H.O.P.E.”
September 2022
イタリア随一の生地メーカー、ヴィターレ・バルベリス・カノニコのコレクションに追加された最新の生地“H.O.P.E.”には、ブランドのサステナビリティに対する高い意識と、地元への愛が詰まっている。
text NICK SCOTT
photography GIORGIA FAGA
北イタリア、ビエラ地方で放牧される羊の群れ。ここはヴィターレ・バルベリス・カノニコ社のホームグラウンドである。
一流アパレルの世界の裏側では、“季節の変わり目”において、キャットウォークで見られるようなトレンド以上の変化が起きている。ファッションが店頭に並ぶ、ずっと前に活躍している人々にとって、これは旧石器時代の漁や収穫などと同じく、自然のリズムのようなものだ。
そのことを深く理解しているのが、ヴィターレ・バルベリス・カノニコ(VBC)の研究開発部門である(この神聖な名前を知らない読者のために補足すると、VBCとは、イタリア・トリノから北へ50マイル、北ビエラ地方にある、1663年創業の織物工場である)。
彼らは知っている。デザイナーやテーラーにとっての牧羊家は、ワイン商にとってのぶどう農家、3ツ星のファーム・トゥ・テーブル・レストランのシェフにとっての地元農園と同じであることを。
そしてこの度、創業者一族の13代目が指揮を執るVBCに新しいウール素材が加わった。サステナビリティをテーマとした“H.O.P.E.” である。H.O.P.E.は“How to Optimize People and Environment”(人々と環境がいかに寄り添うか)の頭文字をとったものだ。
ビエッレーズの羊毛から生まれたジャケット用のヘリンボーン生地。美しい色合いは、原毛の色をそのまま生かした生成り、もしくは植物、花、葉、根、果実、木の皮など、植物から抽出した自然の成分で染色されたものだ。
素材は地元ビエッレーズ羊毛から採取されたもので、この羊は昔ながらの方法で育てられたものだ。地球の自転軸の傾きがもたらす気候のサイクルに合わせて、家畜を放牧地から放牧地へと移動させる、有史以前のヨーロッパで行われていた遊牧民の農法である。
この布の原毛を供する羊たちは、5月から9月まではアルプスの氷河が迫る、標高2600 〜2700メートルの山岳地帯で放牧され、涼しい季節にはピエモンテ州の低地の牧草地に移される。VBCによれば、この古くからの習慣は、動物たちに豊かで多様な食事を提供するだけでなく、「人と動物、そして環境とのかけがえのない絆」を築くものだという。クリエイティブ・ディレクターのフランチェスコ・バルベリス・カノニコ氏はこう語る。
「それは、地域の伝統やルーツに立ち返ることなのです。何世紀もの間、ここはずっと牧草地だったのですから」
イタリア原産の牧羊犬、マレンマ・シープドッグが羊を見張っている。ビエラ地方にて。
地元で飼育された羊から羊毛を調達することで、二酸化炭素排出量を削減することができる。それはVBCが掲げるサステナビリティとも合致している。しかし、ビエッレーズ産の羊毛を使用することには、エコロジーの観点や地元産であること以上に重要な意味があるのだ。
「羊が自由に歩き回り、人工的な光に囲まれておらず、抗生物質などを必要としない、完全に自然な環境で飼育されていることが生地のクオリティに反映されています」
ビエッレーズの羊毛から生まれた28ミクロンの糸について、フランチェスコ氏はこう語る。
「動物が人道的な環境で飼育されるために、余分な出費をする覚悟が、人々にあるのです。特に若い人たちは、このようなことにとても関心を寄せています」
製品そのものはどうなのだろう?
「この羊毛はとても素朴で、耐久性があり、生地に美しくレトロな印象を与えます」と彼は言う。
「この生地でヘリンボーンのジャケット地を作りましたが、ベージュやクリーム、キャメルヘアなど、とても自然な色合いなのがおわかりいただけると思います。これは、原毛の色をそのまま生かしたもので、染料は使っていません。染料を使う場合は、花、葉、根、果実、木の皮など、自然の植物から抽出したものだけを使います。そうすると全く均一の色味にはなりませんが、それがかえって、豊かな表情を生むのです」
柔らかな手触り。ビエッレーズの原毛。
フランチェスコ氏はこう付け加える。
「この色彩は、自然が作り出したものです。今の世の中は標準化が進みすぎていて、完璧でなければならないという強迫観念がある。このコレクションの魅力は、同じ生地がふたつとないことです。あらゆる動物や植物が自然界で唯一無二の存在であるように、羊の毛の色も一頭一頭異なるので、それぞれの服地がユニークなものになるのです」
写真の生地コレクションは、H.O.P.E.の最新作だ。この美しい布地は、自然界におけるさまざまな発見と、VBCのクリエイティブな才能がもたらしたものなのだ。
「デザイナーとサプライヤーが、たくさんのアイデアを出してくれました。彼らのためにH.O.P.E.コレクションを作ることにしたのです。もし、他のものと混ぜてしまったら、メッセージ性が薄れてしまうからです」とフランチェスコ氏は言う。H.O.P.E.の生地に共通しているのは、思わず縦糸と横糸を指でなでてしまう品質の高さに加えて、サステナビリティへの高い意識がある点だ。さらに驚かされるのは、それを、先端テクノロジーではなく、何千年も前から伝わる由緒ある手法で実現しているところである。
H.O.P.E.コレクションの染色に使われる自然の染料。
「サステナビリティへの注目はトレンドではなく、今後も続くものであり、若い人たちはますます購入するものを選ぶようになるでしょう」とフランチェスコ氏は予見する。
「以前はファストファッションや使い捨ての商品を大量に買っていたのに、今ではその頻度も少なくなり、より良いものだけを選ぶようになりました。お客様は、単に肌触りがよいというだけでなく、なぜクオリティが高いのか、なぜ長持ちするのか、なぜサステナブルであるのかを問うています。以前はサステナビリティにあまり関心がなかった中国でさえも、今では若い世代は、このような考え方が広まりつつあります」
倫理的な消費という新しい考え方が主流になりつつある今、H.O.P.E.コレクションは一過性のものではなく、VBCの理念を表現するマニフェストだとフランチェスコ氏は胸を張って話してくれた。
フランチェスコ・バルベリス・カノニコ
ビエラ地方のプラトリヴェッロに位置する老舗ミル、ヴィターレ・バルベリス・カノニコ創業家の13代目にしてクリエイティブ・ディレクター。年間5,000点を超えるファブリックのデザインを創造している。CEOのアレッサンドロ・バルベリス・カノニコ、およびCSR部門を率いるルチア・ビアンキ・マイオッキと協力し、約4世紀の伝統を持つVBCを運営している。