THE ART OF BESPOKE SHOEMAKING

ベルルッティのオーダー靴は芸術である

April 2023

ベルルッティのビスポーク・シューメイキングは、もはや芸術の域に達している。THE RAKEはパリでも有数の歴史を誇るメゾンのアトリエに赴き、マスター職人に靴作りの“秘法”を聞いてきた。

 

 

text freddie anderson

photography brandon hinton

 

 

Jean-Michel Casalonga/ジャン–ミシェル・カサロンガ

ベルルッティ・ビスポーク・ワークショップのマスター靴職人。2003年、パリ・ピエール・エ・マリー・キュリー大学卒業(専攻は物理学)。2002年より靴職人の道を志し、2016年よりベルルッティのビスポーク・シューズ部門の責任者を務めている。卓越した技術に加え、接客のノウハウも心得ている稀有な存在である。

 

 

 

「芸術の目的は人生に形を与えることだ」とは、フランスの不条理劇作家、ジャン・アヌイの言葉だ。ベルルッティのビスポーク靴作りにスポットを当て、この言葉の意味を探ってみると、相通じるものがある。1895年、イタリア生まれの靴職人アレッサンドロ・ベルルッティが、30歳のときにパリで創業したベルルッティは、ビスポーク・シューメイキングの頂点のひとつとして君臨し続けている。

 

 愛用者には、ディーン・マーティン、マルチェロ・マストロヤンニ、アンディ・ウォーホルなどがいた。ベルルッティは、カスタムシューズのパイオニア的存在として、ショービズやアートの歴史に深く刻み込まれた。

 

 目の肥えた顧客にとって、靴作りの旅はラストを削ることから始まる。パリ、マルブフ通りにあるベルルッティのアトリエは、実に印象的だ。昔ながらの工房では、ひとりのラスト・マスターと少数精鋭の靴職人が働いている。エプロンを身につけ、縁の太い眼鏡をかけたジャン-ミシェル・カサロンガ氏は、ベルルッティのラスト作りを支える、尊敬すべき職人だ。カサロンガ氏は2008年に30歳にして、ベルルッティのマスター靴職人(メートル・ボティエ)となった。

 

 

 

 

 メゾンの創始者アレッサンドロ・ベルルッティは、ラスト作りに特別な才能を持っていた。カサロンガ氏も、オーダーシューズの木製ラストを彫るという、瀕死の芸術を受け継ぐ者だ。氏はラストを削るだけでなく、顧客と直接に対話するビスポーク部門の責任者でもある。つまり、ラストメーカーでありながら、顧客の前に立ち、寸法を測り、顧客が夢想している靴について語り合うのだ。

 

 ベルルッティでは、典型的なビスポークシューズを作るのに、のべ50時間を要する。アッパーの工程では、パターン、革の選択、裁断、ステッチ、ブローギングなどがすべて手作業で行われ、約20時間かかる。底付け工程には、約30時間が必要だ。ダブルソールにしたり、ノルウェージャン・ステッチを作り込んだりすると、さらに時間がかかる。そして、カサロンガ氏が彫ったラストがあってこそ、ベルルッティの品質が保たれるのだ。

 

 中世から受け継がれる道具を使い、フランスのピンポイント・ゴール・キッカー、メルヴィン・ジャミネットよりも正確に木片を削り出す。氏は上品なトーンと、歯切れのよい語り口で、ラスト作りのプロセスを詳しく教えてくれた。同時に、メゾンの未来についても熱く語ってくれた。

 

 

 

 

―最初のカウンセリングで何が行われ、どうやって次に進むのでしょうか?

「12カ所の採寸をしますが、ライディングブーツの場合は20カ所くらいになることもあります。ふくらはぎの直径、高さ、足の長さ、その他にもいくつか計測が必要です。それをカーボン紙にプリントし、解剖学的な見地から足を見ます。足の解剖学の知識は必須です。お客様とじっくり話をして、その期待値を徹底的に把握します。最初の打ち合わせの後、ラストのデザインに取りかかります」

 

 

―ラストはどのように作るのですか?

「まず、ホーンビームという木の塊から、パロワールという鋼鉄の芯の入った道具を使って、ラストを少しずつ彫っていきます。次に、最初はやすりで、それからサンドペーパーで研ぎ、滑らかにします。この難しい工程では、ラストが足にフィットし、靴の優雅なラインを保つように、正確な作業を行わなければなりません」

 

 

―ラストは左右両方カットしますか?

「まずは左をカットします。これは象徴的な作業です。メジャーメントするときは(左右の靴が大きく異なると変なので)、全体的なボリューム感を整えます。大きな差がある場合は、左と右の両方をカットします。差が少しの場合は、平均値を出して、それでモックアップを作り、お客様に合うかどうかを確認します。靴のプロポーションは非常に精密なので、左足にフォーカスしてモックアップを作り、その形を右足にコピーして、調整を加えていくのです。大切なのは『足だけでなく、目にもフィットさせる』ということです。これは、私の好きな表現です。履き心地がよいのは当然として、デザイン的にもお客様を喜ばせるものでなければなりません。ベルルッティは、トウに多くのバリエーションを持つことで知られています。ブランドのアーカイブから多くのインスピレーションを得ていますが、新しいデザインを見つけるために、常にクリエイティブであるよう心がけています」

 

 

 

 

―ラスト作りは誰から教わりましたか?

「パトリス・ロックに教わりました。彼は以前、他社に勤めていて、とても有名なラスト職人と一緒に働いていました。元インテリア・デザイナーという面白い経歴の持ち主で、美的なアプローチをするのです。デザインというものは、実用性と美しさの両方が重要なのです。パトリスとはいつも一緒にいて、いろいろなことを教えてもらいました。そしてある日、『もうお客さんの前に出ても大丈夫だよ』と言われたのです。最初はとまどいを覚えました。しかしある日、自分自身を確立し、発展させるためには、ひとりでやる必要があることに気がついたのです」

 

 

―ラストメイキングでは特殊な木材を使用していますね。どんな木材ですか?

「フランスではシャルム、英語ではホーンビーム(シデの一種)と呼ばれる角材を使っています。先日、パリの美術工芸の名門校エコール・ブールを訪ね、エボニストである先生と木の話をしました。彼は、たくさんの木材のバリエーションを見せてくれました。私が『ホーンビームはありますか』と尋ねると、彼は『いや、それは硬すぎて、われわれが扱うのは無理なのです』と答えました。ホーンビームは湿度に対して非常によい特性を持っています。湿度が変わっても木が動かない。形やボリュームを維持することは、とても重要なことです。5年後にお客様が戻ってこられたときにも、この木であれば正確なボリュームを保っていることができるのです。硬くて丈夫な木なので、釘を打つにも最適です。同じラストで10足くらいは問題なく作ることができます」

 

 

完成した作品たち。まさにアートピースである。パティーヌの工程を靴完成後に行うのは、ベルルッティならではの技術力があるからこそなのである。ベルルッティジャパンでは年に数回、受注会を行っている。これは特別な顧客のためだけに行われているイベントだ。カサロンガ氏はヨーロッパと中東、アフリカ、米国を担当。同じくマスター靴職人であるアントニ・ドゥロが日本を担当している。詳細については、ベルルッティ・インフォメーション・デスク TEL.0120-961-859 www.berluti.comまで。

 

 

The Rake Japan EDITION issue51より一部抜粋