Simose Art Garden Villa in Otake, Hiroshima
【建築×アート×食】坂茂が手がける広島の新名所「Simose Art Garden Villa」
May 2024
2023年、山口県岩国に程近い広島県大竹市に、宿泊用ヴィラとフレンチダイニング、そして庭園を併設した美術館が一体となったアート複合施設「Simose Art Garden Villa(シモセアートガーデンヴィラ)」が誕生した。敷地内のすべての建物を坂茂が設計した、もはや“泊まれる建築美術館”ともいえる、この注目の新施設の全貌とともに、下瀬美術館の開館1周年を記念して開催されている特別展『加山又造―革新をもとめて』での見どころをご紹介する。
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山種美術館所蔵の「華扇屏風」を原画とする陶板美術作品。©SIMOSE
広島県大竹市は、岩国錦帯橋空港から車で約20分、宮島口駅からわずか3駅の場所にある。この地は、かつて旧陸軍や旧海軍の施設があり、戦後にはその広大な土地に日本初の石油コンビナートが建設され、現在もさまざまな分野の工場が稼働している。海岸沿いのプラントの景色は壮観で、対岸の宮島とのコントラストも圧巻だ。
そんな国内屈指の工場風景と神秘的な宮島を一望できる最高の立地に、2023年4月「Simose Art Garden Villa」が誕生した。注目すべきは、“海辺の建築作品に泊まる。”がコンセプトの宿泊用ヴィラや地元の食材を堪能できるフレンチダイニングに、美術館や手入れが行き届いた庭園まで併設されているということ。しかもすべての建物を手がけたのは、日本を代表する建築家坂茂氏。その広大な土地を使用した多彩なエンターテインメントに溢れているのだ。
もはや“坂茂ミュージアム”!?90年代〜現在に至るまでの作品が集結
全10棟のヴィラは、「森のヴィラ」と「水辺のヴィラ」のふたつのエリアに分かれており、いずれも内装が異なる。前者のうちの4棟は、これまで坂茂氏が実際に設計した別荘のなかから、氏自身が渾身の作品をセレクトし、この地で新たにリメイクされたものだ。
たとえば坂茂建築を象徴する紙管を多用した「紙の家」は、もともと自身のための別荘として作ったものであり、かつて吉永小百合が出演したCMで見覚えのある方もいるであろう「壁のない家」は、軽井沢に建てられた別荘をヴィラとして設計し直したもの。その一方で、ポップな色が印象的な「十字壁の家」は、この場所のために新たに作られたものだ。
ここは、坂茂氏の90年代から現在に至るまでの集大成を一挙に見ることができる“坂茂ミュージアム”ともいえる場所なのだ。各部屋の詳細は以下をご覧いただきたい。いずれも瀬戸内海からの爽やかな風が通り、窓の外には庭師により手入れが行き届いた緑が広がり、テラスや露天風呂、ジャグジーから広い空を仰ぐことができる心地よい空間だ。
再生紙の「紙管」が建築の主構造に用いられている「紙の家」。元は1995年に山中湖に建てられた別荘。110本以上の大小さまざまな紙管が用いられている。©SIMOSE
すべての壁を無くし、ガラスの引き戸で空間を仕切った「壁のない家」。元は軽井沢の傾斜地に建てられた別荘のため、壁のひとつは斜面からの圧を分散させるよう弧を描いている。建築デザインの醍醐味を感じられるヴィラのひとつだ。©SIMOSE
「十字壁の家」は、2枚の壁を十字に配置し、壁そのものを支柱としたもの。90年代以前に坂茂氏が建築家を目指した際にニューヨークのクーパー・ユニオンで勉強していた時の師匠の作品をオマージュした作品。現在ではあまり見られないカラフルな色使いが特徴的だ。©SIMOSE
屋根と天井を切り離し、屋根を二重にした「ダブルルーフの家」。寝室とリビングルームをテラスが繋ぎ、テラスから続く螺旋階段の先にはジャグジーバスとデイベッドが備えられている、非常に開放的な設計。©SIMOSE
クローゼットや本棚といった家具を壁や柱として使用した「家具の家」。キッチンや掘りごたつのある和室も擁している。同ホテルの中で唯一4名まで滞在できるヴィラ。©SIMOSE
水辺のヴィラにある5棟の「キールステックの家」は、それぞれ趣が異なる。すべてこの場所のために新たに作られたもの。内装にはオーストリアの木造素材“キールステック”が多用されており、いずれも瀬戸内海に面して建っている。テラス付き。©SIMOSE
客室の冷蔵庫にはドリンクも充実。オールインクルーシブプランを基本としており、プラン料金に含まれているのも嬉しい!写真のラインナップのほか、赤白のハーフボトル、広島ブランドのウイスキー「戸河内」やジン「松尾」まで用意されている。フルーツやナッツ、ドライフルーツなどお酒に合う軽いスナックもあるので、食前や食後に部屋で乾杯するのにも最適だ。(筆者撮影)
地元の食材を活かした食べ疲れないフランス料理
フレンチダイニング「SIMOSE French Restaurant」には、オープンキッチンや壁一面に配された窓のおかげで、非常に開放的な空間が広がる。朝食は宿泊者限定だが、ランチとディナーは外来のゲストも利用できる。
開放的な空間が広がるフレンチレストラン。右側の窓の外に見えるのが宮島だ。©SIMOSE
料理長を務めるのは、かつて白金台にあった名店OZAWAで経験を積み、長年小沢氏の右腕として活躍した久重 浩氏。ここではOZAWA同様、バターやクリームといった動物系のものをなるべく使わないフレンチを楽しめる。地元で採れた魚や野菜を使ったライトなフランス料理は、食べ疲れることがない。
料理に合わせるドリンクも充実している。ペアリングメニューやノンアルコールドリンクをはじめ、ボトルリストにおいてはシャンパーニュやヴァン ムスー(フランスのスパークリングワイン)、白赤ワインまでフランス産のものが中心に揃っている。以下は筆者が訪れた日のディナーと朝食の一部だ。滞在の参考になれば嬉しい。
ディナーでのメインディッシュのひとつの魚料理は、萩漁港から届いた「石垣鯛のポワレ」。ソースは香川県産の白アスパラガスをベースに、蛤をプラス。最後にベルガモットのオイルを加えて爽やかに。(筆者撮影)
朝食の一例。朝食で提供される卵やサラダ、ハム、ソーセージなどのすべて県内で調達したもの。ハムやソーセージに至っては、素材を指定して特注したこだわりも。ジャムやパンも自家製。写真には写っていないが、小沢氏が世界各地を旅していた時に得たインスピレーションをもとに考案された「フィンランド風パンケーキ パンヌカック」は、甘さも控えめで朝食のデザートとして最高だった。朝食時には宮島を目の前に眺めながらいただける。実に贅沢な時間だ。
瀬戸内海の景色に溶け込む美術館。注目は水に浮くキューブ型展示室
美術館の館長を務めるのは、広島市内に本社を置く丸井産業のオーナー、下瀬ゆみ子氏。彼女が両親から受け継ぎ、半世紀かけて収集した500点以上のアートコレクションを展示するためにこの美術館が設立された。
この美術館におけるハイライトは、敷地中央の水盤上にある8つのキューブ型の可動展示室だ。坂茂が瀬戸内海の島々に着想を得て設計したこの展示室は、広島の造船技術を活用して作られたもの。船と同様に、水の浮力を仕組みとしており、水位を変えることで、重さおよそ42トンものキューブを全7パターンの配置に変更できる(実際に動かす場合には1〜2ヶ月もかかるとか)。
ちなみに、坂氏がこのように展示室を意図的に変えられる仕組みにしたのは、再び来館した時にも楽しめるようにという思いから。1年後に来た時に配置や色合いが変わっていたら、間違い探しのようなワクワク感を与えてくれるだろう。
おもしろいのは、最初は美術館だけを作る計画だったとのこと。しかし、坂茂氏の発案によってヴィラやレストランも併設されることになり、ここまでの規模の施設が誕生したのだ(坂茂氏にただただ感謝である!)。
存在感を消すミラーガラスで覆われている美術館のエントランス棟は、昼間は周りの景色を見事に映し出し外の景色と一体となり、夜には内部が明るいと透明な空間に変貌する。辺りの景色を引き立てるような、魔法のような建物だ。©SIMOSE
最近よくみられる坂茂らしさが窺えるエントランス棟。柱と梁に使われているのは檜の集成材。©SIMOSE
昼間のキューブ。©SIMOSE
宿泊ゲストに限り6時〜9時と17時半〜21時も利用できる「望洋テラス」から望む可動展示室。夜にはグッと幻想的な雰囲気に。写真には写っていないが、右手に大竹コンビナートの工場夜景が広がる。
もうひとつの目玉が、エミール・ガレの作品にインスピレーションを得た『エミール・ガレの庭』。ガレの作品にインスパイアされたカラフルな草花を四季折々に楽しむことができる。彼の作品は下瀬氏のプライベートコレクションの中でも50点ほどあり、下瀬氏のコレクションの核をなしているのだ。8つのキューブの配色もガレの作品に由来している。
四季折々のカラフルな花々を鑑賞できる『エミール・ガレの庭』。同じカラーパレットから色を抽出していることもあり、奥に見えるキューブとも非常にマッチしている。©SIMOSE
3つの代表作品から見えてくるネットでは知り得ない加山又造の素顔
ここからは、現在開催されている特別展『開館一周年記念 加山又造 ―革新をもとめて』でご覧いただける数々の加山又造作品の中から3点をピックアップして、展覧会を監修された孫娘の加山由起さんによる特別ツアーで伺ったいくつかの裏話も織り込みながら、詳しくご紹介したい。
加山又造は、昭和から平成にかけて日本画の旗手として活躍した人物。今回の展覧会では、初期に発表した動物シリーズをはじめ、彼の代名詞でもある猫の作品や山岳風景、さらには梅や桜の作品、水墨画まで20点余りが集められた。工芸家と共同で製作した陶芸や着物なと、日本画にとどまらない多彩な作品も一挙に鑑賞できる。
彼の作品のなかでも多くの人が目にしているであろうひとつが、成田空港第二旅客ターミナルの出発ロビーに飾られている巨大な陶板壁画「日月四季」。この作品は加山又造が大型陶板用に原画を描き、世界初の陶板名画美術館として注目を集めている徳島県の大塚国際美術館のすべての作品を手がける陶板制作会社「大塚オーミ陶業」が製作したもの。その技術は世界レベルで認められており、世界で初めて歪みのない大型陶板の生産に成功した、日本が誇る企業のひとつだ。
40年以上加山家との付き合いがあるという、そんな大塚オーミ陶業が手がける加山又造の作品が、今回エントランス棟横の水盤上に展示されている2点。ひとつがG7伊勢志摩サミットの首脳本会議場の前に飾られた《おぼろ》で、もうひとつが山種美術館所蔵の《華扇屏風》をもとに複製されたもの。
注目すべきは、これらの作品はただのフォトコピーではないということ。職人が実際に手を入れて釉薬で色をつけている。しかも、40年以上加山又造との付き合いがある大塚オーミ陶業であるからこそ、“加山先生だったら……”という考えが随所で役立てられたという。実際、これまで加山又造がどういった気持ちでどのように色付けを行なっていたのかという記録がすべて残っているのだ。
また、加山又造はこの《華扇屏風》を描くにあたって、金箔・銀箔の扱いをコントロールするために料紙装飾の第一人者である縣治朗の下で8年間も修行したという裏話も。理想の作品を描くにあたって一切の妥協を許さない、加山又造の一面が窺える作品のひとつといえよう。
夜にはライトアップされる幻想的な風景も鑑賞できる。宿泊客であれば曜日を選ばずに見られる。手前が《おぼろ》で、奥が《華扇屏風》。うしろに見えるのは宮島。©SIMOSE
続いては、加山又造作品の中でも屈指の人気を誇る猫の作品。今回の展覧会では合計4作品が展示されている。いくつかある見るべきポイントのなかでも、一番注目すべきはその毛並み。仏画を描く技術で毛の一本一本を描いており、この技術は10代のうちに京都で筆の修練をして手に入れたもの。加山の技術力の高さを垣間見られるだろう。ぜひ近くで見てほしい。
この絵にも興味深い裏話がある。実は、1970年代後半から1980年代までヒマラヤン(現在ペルシャの一種として扱われている)のブリーダーだった加山家。加山又造の奥様が大の猫好きで、ジャパンキャットクラブのチェアマンを務めていたほど。一番多いときで26匹も家にいたという。
ブリーダーだったことは画家の間でも有名で、大正時代から昭和時代にかけて京都で活躍した福田平八郎に猫を一匹譲ったことも。その返礼の品がレースだったことにより、《黒い薔薇の裸婦》(東京国立近代美術館)をはじめとする裸婦シリーズが生まれたという。
多くの猫を飼っていたが、モデルとなった愛猫は「アオク」「ブーケ」「ココ」の三匹だったという。こちらは「ブーケ」を描いた《音》。20号用の型紙を置き、体のシルエットを鉛筆で描いた後、今度は毛用の型紙を置き、金色の点で毛先をどこまで行くかあたりをつけ、そこに向かって筆を動かしていたという。シャムをたくさん描いていたことにより筋肉の構造を熟知していた証である。今回は、「アオク」の作品が1点、「ブーケ」の作品が3点展示されている。©SIMOSE
そして最後は、加山又造が特別な思いを持っていたというカラスを描いた作品。実際に、『加山又造全集 第一巻』で「鴉には、私と共通の感覚がありそうに思える。孤独の楽しさ、孤独の安心感、そして、その為の悲しさ」と書いているほど、自らをカラスに重ねて描いていたことは文献からも明らかになっている。
特にこちらの作品では、日本画の揉み紙という技法を用いる一方で、紙や絹本(けんぽん)ではなくキャンヴァスの上にアクリル絵の具で描かれており、日本画滅亡論が少し落ち着いていた状態とはいえ、まだまだ先の見えない不安によって試行錯誤を繰り返していたことが窺える。日本画と日本画ではないものの間を必死に模索していたのだ。
裸木にやっとつかまってとまっている、一羽の盲目のカラスを描いた《蒼い日輪》。加山又造が抱いていた絵に対して悩む姿や心情が力強く表されている作品だ。1950年代に数々のカラスを描いた作品が登場したが、こちらは1959年と最後の方に描かれたもの。可動展示室のひとつにこの1点のみが展示されている。作品をより引き立てるため室内を黒一色で覆うというこだわりよう。©SIMOSE
今回の特別展では、インターネットだけではとても知り得ない、孫娘の加山由起さんが監修されたからこそのエピソードや作品に出合うことができる。この特別な機会に、ぜひ足を運んでいただきたい。
美術館で過ごす濃密な時間だけでなく、坂茂氏による卓越した建築を体感できるヴィラでの宿泊と、フレンチディナーもくれぐれもお忘れなく。
Simose Art Garden Villa
広島県大竹市晴海2丁目10-50
宿泊予約:TEL.0120-907-090(9:00~18:00)
※宿泊者は岩国錦帯橋空港・JR玖波駅・JR大竹駅・新岩国駅から送迎可(要予約)
下瀬美術館
営業時間:9:30-17:00(入館16:30まで)
休館日:毎週月曜日(祝休日の場合は開館)、年末年始、展示替え期間