Rolls-Royce Black Badge Ghost Review

英国貴族とは、こういうものか…… ロールス・ロイス「ブラック・バッジ・ゴースト」

June 2023

text & photography kentaro matsuo

 

 

 

 

「リッチモンド公爵」は、由緒ある英国貴族の称号である。1675年に初代に授与されて以来、現当主(チャールズ・ゴードン=レノックス、1955〜)まで、11代にわたって受け継がれてきた。イングランド南部の領地、グッドウッド・エステートの広さは49平方キロ(練馬区よりちょっと広いくらい)もあり、中にはサーキットや競馬場、飛行場まで設けられている。モータースポーツの祭典グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードの開催地としても名高い。

 

 ロールス・ロイスの本社工場も、リッチモンド公爵の領地内に位置している。公爵はクルマが大好きなことでも知られ、ロールス・ロイスが新工場を建設すると聞いて、自らの土地を都合したのだという。彼自身もファントムIをはじめ、数台のロールス・ロイスを所有するほか、新型車を借り出しては試し乗りをし、意見を述べているらしい。まぁ、自分の家の庭に工場があるのだから、それも当たり前だろう。

 

 

 

 

 リッチモンド公は、ロールス・ロイス「ブラック・バッジ・ゴースト」のステアリングも握ったことがあるに違いない。しかし、公が運転したモデルと、今回私が試乗した一台は、少し違ったものだったはずだ。なぜなら、ブラック・バッジのシリーズは顧客によるオーダーメイドが基本であり、外装色だけでも44,000色ものカラーパターンから選ぶことができるからだ。内装やオプションまで含めた選択肢は無限である。

 

 ドアは観音開きとなっており、前後とも自動で開閉する。

 

 

 

 

 アイコンであるフライングレディやパンテオン・グリルは、ダーククロームで仕上げられ、鈍い光沢を放っている。ブラック・バッジには、ロールス・ロイス本来のクラシックさとは異なる、ダークヒーロー的なキャラクターが与えられている。都会のナイト・クルージングに、これ以上の一台はないだろう。

 

 

 

 

 ホイール内部もブラックアウトされ、足元を引き締めている。バレル部分はカーボンファイバー製である。ダブルRのモノグラムがついたセンターホイールキャップは、タイヤが回転しても直立したまま。これはロールス・ロイスの伝統だ。

 

 試乗車はダーク・メタリック・カラーに塗られていたが、一般のクルマとは色の深みがまったく違う。何回も重ね塗りされ、塗料だけで45kgに達することもあるという。その上に、ハンドペイントによる優美なコーチラインが描かれている。

 

 

 

 

 インテリアは、カーボンを主体としたスポーティなもの。カーボンファイバーとメタリックファイバーをクロスさせた、独特のダイヤモンドパターンが形成されている。ひとつひとつの素材は、すべて本物志向である。例えばエアコンのダクトはプラスチックではなく、金属でできており、指で弾くとキンキンと澄んだ音がする。

 

 ダッシュボードには、アナログ時計が鎮座している。計器類は回転式が多用され、使いやすい。コクピットはクラシックとモダンが、程よくミックスされたスタイリッシュな空間となっている。

 

 

 

 

 リアシートはロールス・ロイスならではの特別なスペースとなっている。レザーシートはヴィヴィッドなブルーに染められていたが、革自体の質感が高いため、軽薄な感じはせず、落ち着いたラグジュアリーな雰囲気を醸し出している。センターコンソールには、シャンパーニュ・ボトルとグラスが格納されている。ビジネスの成功や特別な日を祝って、ここでパートナーと杯を交わすのは最高の気分だろう。

 

 

 

 

 パッセンジャー用のテーブルと大型モニターも備えられている。後席からも、ナビや電話など、さまざまなインフォメーションにアクセスすることが可能だ。ビジネス・エクスプレスとしても完璧な一台である。

 

 また、リラックスしたいときは、マッサージ機能を起動させることができる。これが出色の出来で、揉み方のバリエーションが多く、人間顔負けの気持ちよさなのだ。

 

 

 

 

 驚いたことに、天井には満天の星空が広がっている。これは「スターライト・ヘッドライナー」と呼ばれるオプションで、千以上もの光ファイバーを使って、夜空を表現したものである。じっと見つめていると、時折、流れ星まで目にすることができる。こんなこだわりと遊び心が、ロールス・ロイスが超高級車たる所以だ。

 

 

 

 

 もうひとつ特筆すべきは、ロールス・ロイスが独自にセッティングしたビスポーク・オーディオのシステムだ。車内には18個ものスピーカーが仕込まれ、素晴らしい音を響かせる。ロールス・ロイスにはクラシックやオペラがしっくり来るが、ブラック・バッジ・モデルなら、ロックやヒップホップも似合うだろう。しかし、ことさらボリュームを上げる必要はない。なぜならば、クルマの中はとても静かだからだ。

 

 

 

 

 車内は静寂に包まれている。フロントで巨大な6.75LのV12エンジンが回っていることを微塵も感じさせない。アクセルを踏むと、全長5.5m、重量2.5tのボディが音もなく動き出す。乗り心地は、文字通り「マジック・カーペット・ライド」である。路上の凸凹や高速道路におけるハーシュネスをまったく感じさせない。陸の上を滑る船のようである。カーブやレーンチェンジの際の挙動も優雅そのもの。流れる水のごとく、車体はスムースに動いていく。ドライバーへの負担がまったくないので、どこまでもドライブできそうだ。

 

 もちろん、エンジンは最高出力600ps、最大トルク900N・mの数値を誇るから、アクセルを踏み抜けば、恐ろしいほどの加速を体験できる。しかし、そんな誘惑にかられることは稀だ。ロールス・ロイスのステアリングを握っていると、何か「偉大な」物体を操っている感覚にとらわれ、自然と運転が紳士的になる。ボンネットの先端で風を切るフライングレディが、ドライバーに気品とプライドを与えてくれるようだ。

 

「英国貴族というものは、こういう乗り味を好むのか……」

 

 リッチモンド公爵のお膝元で作られたロールス・ロイスに乗ると、伝統に根ざした英国貴族の、奥深い趣味嗜好が理解できるのである。

 

 

 

ロールス・ロイス ブラック・バッジ・ゴースト

全長×全幅×全高:5,545×2,000×1,570mm

車重:2,560kg(4人乗り)

エンジン:6.75L V型12気筒

駆動方式:4WD

最高出力:600ps/5,250rpm

最大トルク:900N・m/1,700〜4,000rpm

0-100km加速:4.7秒

トランク容量:500L

¥44,800,000〜(価格変動あり)

Rolls-Royce Motor Cars