ROLLS-ROYCE SPECTRE TEST DRIVING IN NAPA VALLEY

ロールス・ロイスが夢見た電気自動車

October 2023

ロールス・ロイスであることが第一、電気であることはその次。そんな哲学でつくられた最高級ブランドのエレクトリック・カーをカリフォルニア州ナパ・バレーにて、自動車評論家・小川フミオがリポートする。

 

 

text fumio ogawa

 

 

ロールス・ロイス スペクター

特別なクルマ(ピュアEV)には特別なボディを与えたかったと選ばれた2ドアクーペボディ。パンテオン・グリルとスピリット・オブ・エクスタシーとRRのエンブレムは健在。全長×全幅×全高:5,475×2,144×1,573mm 車重:2,890kg 駆動方式:電気モーター×2 全輪駆動 バッテリー容量:102kWh 最高出力:430kW 最大トルク:900N・m 0−100km/h加速: 4.5秒 満充電からの航続距離:530km

 

 

 

 一流のテーラーが、もし、あたらしい生地を手に入れたとしよう。その者は、ただちに従来の型紙を廃棄して、従来とまったくことなるスタイルのスーツを作り始めるだろうか。

 

 自動車界では、伝統的な内燃機関(エンジン)に代わって、モーターやバッテリーが動力源になりつつある。強硬な欧州委員会や米国政府によって、抗っても、電気化へと向かう流れは変わりそうにない。そこで、どんなクルマをつくるか。それが大きな課題だ。

 

 1906年創業の老舗ブランド、ロールス・ロイスが選択した、電気自動車づくりにおける方向性は、じつに興味深いものだった。

 

 2022年秋にロールス・ロイスは「スペクター」と名づけたバッテリー駆動のピュアEVを発表して、おおきな話題を呼んだ。そして、23年初夏には、米国はワインで知られるナパ・バレーで、大々的な試乗会を開催した。

 

 このスペクターこそ、老舗ブランドが、あたらしい動力源とどうつきあうかの、まさに好例。というのは、何も知らないで運転したら、“従来どおり12気筒エンジンをもった”ロールス・ロイスの新型車だと思うのではないだろうか。

 

 

 

車体色のバリエーションはほぼ無数。内装も同様で、写真は「Twilight Purple」と「Silver」を組み合わせた「Allure」なる2トーンパッケージにカラーコーディネイトした内装。後席(広い!)のパープルの部分にLEDによる「スターライト・ドア」が組み込まれている。

 

 

 

「ロールス・ロイスはいつ電気自動車をつくるのか、とさんざん訊ねられました。なにしろ、ほかのブランドはさまざまな電気自動車を発売していますから。私たちにとっては、ロールス・ロイスであることが第一で、電気自動車であることはその次と考え、納得いくまで時間をかけて開発したのです」

 

 そう語るのは、ロールス・ロイス・モーター・カーズのトルステン・ミュラー=エトヴェシュCEOだ。

 

 じっさいにナパ・バレーで乗ったスペクターの走りは、路面の凹凸をていねいに吸収し、静かで、ふんわりと、しかしそれでいて、力強い加速と、カーブを曲がっていくのが楽しい操縦性を持っていた。ただちに私は、ロールス・ロイス・ゴーストを連想した。操縦が楽しいモデルだから。ただし12気筒搭載だ。

 

「熱心なファンを失望させたくない、という思いが強くありました。電動化しても、V12エンジン車と同じ運転感覚をもつクルマにしたかったのです」

 

 電気モーターならではの力強い加速力を持つが、アクセルペダルの踏み込み量を多めにして、乱暴な加速はしないようにするなど、配慮が行き届いている。

 

 いっぽう、フロントマスクの造型テーマといい、加速のときの音楽のような効果音といい、室内のドアの内張りがプラネタリウムの星のように輝く「スターライト・ドア」の初採用といい、あたらしさもしっかりある。 守るべきものと、変えるべきもの。そのちがいを理解していることこそ、ブランド力。スペクターは好個の例だ。