The World of Rolls-Royce Bespoke

ロールス・ロイス、「ビスポーク」の世界

November 2023

text kentaro matsuo

 

 

 

 

 

 ロールス・ロイスは、高級スーツに似ている。伝統を重んじ、乗る人を凛々しく見せ、「ここぞ」というときに映えるクルマだからである。そしてもうひとつ似ている点がある。それはスーツにレディメイドとオーダーメイドがあるように、ロールス・ロイスにも「ビスポーク」が用意されているところである。

 

 富裕層の人々は、他とは違った自分だけのモノを欲しがる。そこでロールス・ロイスは、彼ら彼女らのリクエストに応えて、それぞれの個性を反映した、ユニークなコレクションを生み出すビスポーク部門を持っているのだ。今回は、世界中のセレブリティがオーダーした、驚きのクルマたちを見てみよう。

 

 

 

 

 トゥカナ・パープルのゴーストは、ロールス・ロイスを代表するセダン、ゴーストを鮮やかなカラーでペイントしたモデルである。ショルダーには、コントラストの効いたライムグリーンのラインが引かれている。トゥカナというのは巨嘴鳥(きょしちょう=大きなくちばしを持った鳥)のことであるが、こちらはその鳥から名付けられた星座「きょしちょう座」を指している。このパープルは、きょしちょう座を囲む南の夜空をイメージしている。こういった想像力溢れるメタファーが、ロールス・ロイス・ビスポークの特徴である。

 

 

 

 

 ダッシュボードやシート、ドアトリムはホワイトやライム・グリーンで塗り分けられている。ビスポークでは、色の調合や配する場所を、お好みのままに誂えることができる。普通の市販車ではあり得ない、ビビッドなカラーを選ぶカスタマーも多いのだ。

 

 

 

 

「ゴースト・アンバー・ロード」は、アンバー(琥珀)に着想を得たコレクションである。アンバー・ロードとは、琥珀の産地である北海・バルト海沿岸から地中海に達する、欧州を南北に縦断する道のことである。古代3500年以上にわたり、この道を通って琥珀が運ばれた(琥珀はツタンカーメンの墓の副葬品としても発見されている)。ダッシュボードに散りばめられた光の点々は、この道を表している。

 

 

 

 

 ロールス・ロイスの天井には、1500本にもおよぶ光ファイバーを配線して、輝く星空を描く「スターライト・ヘッドライナー」を設けることができる。しかも、すべての星々の位置を自由に指定することが可能だ。例えば、あなたの生まれた年月・時刻・場所の星座を甦らせることさえできるのだ。こちらは星の一部がアンバー色に輝いている。

 

 

 

 

「マンチェスター・ゴースト」は、英国の都市、マンチェスターをこよなく愛する人物がオーダーした一台である。マンチェスターはロールス・ロイスの創業者であるチャールズ・ロールズとヘンリー・ロイスが初めて出会い、「ともに世界最高のクルマを作ろう」と誓った場所でもある。

 

 

 

 

 マンチェスター市の紋章は、ビー(働き蜂)である。勤勉で知られ、貿易や工業で名を成した、この街の人々の象徴なのだ。シートにビーの刺繍があしらわれているのはこのためである。

 

 

 

 

 リアシートのセンターには、マンチェスターを代表するランドマークの名前が刺繍されている。一番上に掲げられているのは「ミッドランド・ホテル」である。1903年開業の老舗であり、マンチェスターのみならず、英国を代表するグランド・ホテルだ。前出のふたりが出会ったのも、ここだとされている。

 

 

 

 

「ブラック・バッジ・ゴースト・エクリプス」は、その名の通り、皆既日食をモチーフとしたコレクションだ。ボディサイドのブラックとマンダリンのグラデーションが、太陽が欠け、あたりを闇に包む不思議な自然現象を表している。こういった塗装には、高い技術が必要とされる。

 

 

 

 

 スターライト・ヘッドライナーにも、日食をモチーフとした放射円が光ファイバーによって描かれている。ダッシュボードに埋め込まれたクロックのベゼルには、月の陰から顔を出す、太陽の光を模したダイヤモンドがはめ込まれている。

 

 

 

「ゴースト・シャンパン・ローズ」は、内外装のすべてがシャンパン・ローズ(薄いピンク色)に染められた一台である。オーナーのオンラインにおけるハンドルネームが、@ChampagneRoseだからだ。彼女はインスタグラムでのフォロワー数が300万超を誇るマイアミベースのインフルエンサーで、すこぶるつきの美女だ。

 

 

 

 

 インテリアもエクステリアとまったく同じトーンのピンクで仕上げられている。作り手として難しかったのは、光沢のあるメタルパーツとマットなレザーを同様の色調にすることだったという。レザーが張られたスマートキーまで、同じカラーでまとめられている。

 

 

 

 

 「ゴースト・エクステンデッド・アーバン・サンクチュアリ」は、ロールス・ロイスのバルケトリー(寄木細工)の技術が高度に発揮された作品だ。木材のピースをひとつひとつ手作業で切り出し、仕上げ、幾何学的に配置してある。これは中国・上海の名園、豫園(ユィユアン)にある建築にインスパイアされたものだという。

 

 

 

 

「ザ・パール・カリナン」には、マザー・オブ・パールの装飾が施されたピクニック・テーブルが装備されている。オーダーしたのは、パールのベンチャー・ビジネスに携わる人物だ。繊細な細工はクルマの一部分というより、もはや独立したアート作品といえる。

 

 今まで見てきたように、ロールス・ロイスのビスポークをオーダーする人は、豊かなインスピレーションを駆使し、パーソナルなストーリーをクルマに投影する。人に見せびらかすためのものではない。成功者にとっていちばん大切なものは、自ら描いてきた人生の軌跡なのである。

 

 ロールス・ロイス・モーター・カーズのアジア太平洋&ヨーロッパにおけるビスポーク部門長、クリストファー・コーデリー氏はこういった。

 

「ロールス・ロイスは、『ノー』というのが嫌いなメーカーです。カスタマーは人生の中で、いつかロールス・ロイスを持ちたいと夢見ていた人々です。ですからわれわれの仕事は、その夢を叶えて差し上げることなのです」