POCKET GUIDE: CAROLINA CUCINELLI & ALESSIO PIASTRELLI

新しい命と大きな家族

Monday, April 5th, 2021

ブルネロ・クチネリ氏の愛娘カロリーナとその夫アレッシオ・ピアストレッリ氏は現在、より強く地域密着型のブランド哲学を尊く思っている。

 

 

text aleks cvetkovic

translation wosanai

 

 

 

Carolina Cucinelli & Alessio Piastrelli

カロリーナ・クチネリ&アレッシオ・ピアストレッリ

ブルネロ・クチネリ氏の愛娘カロリーナ(中央)とその夫アレッシオ・ピアストレッリ氏(右)、彼らの息子ブランド、一番左はアレッシオの娘ガイア。ソロメオにて。

 

 

 

 家族やコミュニティーを第一に考える企業、まさにブルネロ クチネリのようなブランドにとって2020年はローラーコースターのような年となった。新型コロナウイルスによるパンデミックの中、この世に産まれた赤ちゃんはクチネリ氏の末娘カロリーナとアレッシオの子だけでないことは百も承知であるが、彼らは自分たち家族だけでなく、ロックダウン下の生活で苦労を強いられているたくさんのウンブリアに住む職人たちを同様にサポートしなくてはならない立場にあった。

 

「我々のビジネスはたくさんの小さい工房やサプライヤー、スタッフたちとのネットワークで成り立っています。5000人近くの生活がかかっているのです。みんながともに2020年を乗り越えなくてはなりませんでした。今までブランドの成長を助けてくれた人々の生活を保障しなくてはいけない責任を我々は負っていたのです」

 

 

 

もちろんであるがアレッシオの上着はクチネリ謹製。「ワードローブはパンパンにしたくないタイプです。気に入ったものが数着かかっています。定番の色、ピンストライプ、ヘリンボーン、カシミアのニットウェアジャケット、あとはベルベット、こういったものになりますね」

 

 

 

 会社の役員であるカロリーナとアレッシオはこのような難しい時期に新生児を迎え、どう困難を乗り越えたのだろうか?答えはシンプルだった。“家族”だ。

 

「子供が産まれると生活は一変します。少し変なことを言うのですが、今回のロックダウンには感謝に似たような気持ちを抱いています。今一度、仕事と家庭のバランスを見直すことができるようになったからです。昨夏に息子が産まれてからというもの、私は仕事後、家に帰り子供と過ごす時間が楽しみで仕方ありませんでした」とアレッシオは振り返る。カロリーナはこう付け加えた。

 

「家族は非常に重要です。この言葉に対する哲学が我々のコミュニティーを支えてくれています。ひとりひとりが皆同様に等しく重要な存在です。これがクチネリの世界観なのです」

 

 

 

左:アイテムのケアに関してアレッシオは特に心血を注いできた。靴にはもちろんのことだ。「例えば、この気に入っているコードバンのローファーはずいぶん長いこと愛用しています。一年に一度はシューメーカーさんにリペアしてもらっています。長く大事に使えば、靴ってどんどん良くなっていくでしょ?」/右:「見てもらっておわかりだと思いますが、下物はあまり持っていません。昔のクチネリのジーンズをずっと穿いていられるからです。お直しが上手なテーラーがいるので何かあれば彼が直してくれます。そうすることでどんどん愛着が湧いてしまい新しいものを必要としなくなってしまいました」

 

 

 

アレッシオの愛用しているこのサングラスはジャック・マリー・マージュのもの。「旅行中はサングラスが目につきますよね。特にこのサングラスとは縁があったように感じます。私自身LAの街が大好きで、パリ出身のこのブランドのデザイナーも今ではLAに移住して活動しているようです」

 

 

 

アレッシオの時計コレクションの一部。「90年代のスウォッチを少しコレクションしています。この箱を眺めると十代の頃の自分や祖父との記憶が蘇ります。ラグジュアリーなものですと、サブマリーナーの“ハルク”は私の最初のロレックスです。そして最も特別なもののひとつは1979年製 のデイトナ6263“ ポール・ニューマン”。カロリーナが結婚記念にプレゼントしてくれたものです」

 

 

 

「アイリッシュグリーンのポルシェ912は自分にとって本当にタイムレスなものです。全く色褪せません。ポルシェに恋をしたのは映画『スパイ・ゲーム』(2001年)がきっかけです。CIAエージェント役のロバート・レッドフォードがその映画の始まりと終わりに運転している車が912クーペなんです」

 

 

 

アレッシオはモーターバイクにも一家言ある。「今でも強い絆が残っている一台は最初のバイクであるトライアンフのボンネビル(写真右)です。私は自分の車やバイクに名前をつける趣味があって、彼女の名前はジャクリーンでした。元大統領夫人であるジャクリーン・ケネディ・オナシスから頂いています。今は乗っていないバイクでお気に入りだったものは1971年製のモトグッツィのV7スポーツ。デザインがもの凄く好みです。いつかモーターバイクの博物館に寄贈する予定です」

 

THE RAKE JAPAN EDITION issue39