MASERATI in OKINAWA

終わらない夏。マセラティで巡る、沖縄

September 2020

FINDING ARTS & CRAFTS IN OKINAWA

沖縄のアート&クラフトを巡る

 

 

 

 古くから海運の要衝であった沖縄には、大陸からの技術がいち早く伝来し、作陶の歴史もまた長い。ここ沖縄本島中部に位置する読谷(よみたん)の地では、15世紀のものと思われる古窯跡が出土したこともある。

 

 大正時代の終わり頃には、柳宗悦、河井寛次郎や濱田庄司らによる民芸運動が高まり、沖縄の焼き物が持つ“用の美”が注目された。彼らは度々沖縄を訪れ、日常の中で普通に使われている、素朴な陶器の美しさを絶賛したという。

 

 1972年(沖縄本土復帰の年)、その中心人物であった金城次郎が、都市化を避け、那覇市内から読谷村へ移住したことをきっかけに、読谷は沖縄における作陶の中心地となった。次郎は1985年、沖縄で初の重要無形文化財保持者(人間国宝)に選ばれている。

 

 現在、読谷村やちむんの里には、19の工房が集まっており、それぞれに趣向を凝らした作品作りを続けている。次郎の子孫・弟子であり、その作風を受け継ぐ金城派から、より自由な芸術を追求する進取派まで、その個性はさまざまだ。里のシンボルは、里のほぼ中央に位置し、工房が共同で運営しているド迫力の登り窯。赤瓦が積み重ねられた胴体は、20m以上の長さを持ち、一度に数千点の陶器を焼成できる。

 

 アート&クラフトの宝庫ともいえる沖縄だが、鉄道の便がないので、それらへのアクセスは決してよいとはいえない。しかし、“ザ・リッツ・カールトン沖縄 マセラティ・エクスペリエンス”なら、どこへ行くのも自在である。マセラティを駆り沖縄ならではの文化・芸術の地を訪れ、お気に入りのひと皿を探してみてはいかがだろうか。

 

 

左:魚紋、花紋、丸紋などを描いた伝統的なものから、ご覧のような進取的な作品まで、さまざまな個性の窯元が揃っている。右:火入れされた登り窯の様子。窯前面の大口に薪を放り込み、長い棒を使って空気を送り込みながら、2昼夜焚き続ける。(写真:読谷村観光協会)

 

 

<日光編>

今、注目の日光をマセラティで駆け抜ける

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