—Interview— CHRISTOPHE GOINEAU, Hermès - Men's Silk Creative director
【インタビュー】エルメスのシルク王国を統括する
March 2026
極上の素材と技、そして唯一無二のユーモアによって織りなされる、メンズシルクのワンダーランド。夢と美に満ちたその世界を、王国の統治者が語る。
text hiromitsu kosone
Christophe Goineau/クリストフ・ゴワノー
1987年にエルメスに入社し、長年ネクタイやアクセサリーコレクションに携わる。2011年にメンズシルク部門&メンズユニバースのデザイン クリエイティブ・ディレクターに就任。ネクタイに加えて、メンズのための「カレ」なども積極的に提案。©Hiro Kijima
銀座を照らすランタン、メゾンエルメスのドアを開けて地階に入ると、めくるめくシルクの王国が来訪者を迎える。霞のような煌めきを帯びて壁に掛かるネクタイは、さながら光の滝。波打つスカーフは色彩の海。その間を吹き抜けるのは、無限のクリエイティビティを運ぶ自由の風だ。そんなワンダーランドの責任者を約15年にわたって務めるのがクリストフ・ゴワノー氏である。アクアマリンのような瞳を輝かせながら、氏はエルメスのシルク王国の金科玉条を朗々と語りはじめた。
「私たちが何よりも大切にしているのは、人間の感情に訴えかける力です。モノ自体よりも、それを身に着ける人の感動を創造したい。ビジネスに欠かせないネクタイすら、“必要だから”ではなく“欲しい”という衝動のもと手に取っていただきたいのです。そのために私たちは、クオリティ・デザイン・色彩といったあらゆる側面において、至高の頂を目指し続けています。それは終わりのない旅にも喩えられるでしょう。書道の達人が、人生をかけて究極の一筆を追い求めるようなものです」
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シルクアイテム製作風景の一部。すべてシルクの聖地・リヨンに構えるエルメスの自社工房で行われ、随所に職人の手仕事が介在する。モードのトレンドではなく、時代の空気感を表現することに重きを置いたコレクション。ゆえにその魅力はタイムレスな輝きを放つ。©Sophie Tajan
シルク王国の繁栄を担う騎士は、世界各国から選ばれたアーティストたち。エルメスがユニークなのは、あえて専属のデザイナーを置かず、数多くの才能とコラボレーションすることでシルクアイテムのコレクションを構築していることだ。
「フランス、アメリカ、ポルトガル、ギリシャ、日本……エルメスのスカーフに描かれるデザインは、さまざまな国のアーティストたちによって生み出されています。とりわけ、若い才能とコラボレーションすることが重要だと考えています。時代の空気を表現することはエルメスにとって極めて大切なエッセンスであり、そこには新しい時代を創るアーティストの力が不可欠だからです。それぞれのデザインは、彼らとの対話によって形を成していきます。それはアーティストたちが描き出した世界と、エルメスの世界との出合いと表現することもできるでしょう。私が心がけているのは、彼らの創作に制限を設けないことです。“左に家があって、その前に馬がいて……”というようなことは言いません。クリエイションの自由はアーティスティック ディレクターのピエール=アレクシィ・デュマが最も重きを置く価値であり、それは私にとっても同じです。アーティストたちは想像力の地平をどこまでも駆け、そこで得た宝物のようなデッサンを私たちに贈ってくれます。そこでまた対話を重ね、唯一無二の世界を表現したスカーフが完成するのです。ちなみにエルメスでは、すでに存在するデザインを買って用いることはしません。すべてはアーティストと私たちとで、ゼロから生み出した世界なのです」
エルメスのシルクアイテムを語るうえで、デザインとともに欠かせないのが色彩だ。ゴワノー氏によれば、これは我々が想像する以上の重大事であるという。
「色彩は生命です。人間の感情に訴えかけてさまざまな価値を呼び起こす鍵であり、オブジェに魅力を与えるエレメントになります。仮にデザインが少々難解でも、色彩表現によってはとても親しみ深いものに仕上がります。古典的なモチーフに驚くほどの新鮮さをもたらすこともできます。つまり、ネクタイやスカーフが最終的に成功するか否かは色彩にかかっているのです。ですからエルメスでは、シルクアイテム作りの拠点であるフランス・リヨンに“カラリスト”とよばれる職人を擁しています。色彩のファンタジーに魅せられ、365日色のことばかりを考えている人たちです。私が思うに、世界で最も美しい職業のひとつではないでしょうか。彼らは、アーティストたちが生み出したデザインをどのような色彩で表現するか試行錯誤を重ねます。カラリストたちの感性によって、デザインにさらなる輝きがもたらされるのです。もちろんここでも、度重なる会話が欠かせません」
吊り下げられたネクタイの束が放つ、ほのかに浮かび上がるような光沢も絶品。©Sophie Tajan
響き合う感性が恵みの雨になり、エルメスのシルク王国にはクリエイティビティの大樹が育つ。その根を支えるのは、クオリティという豊潤な大地である。
「エルメスにとって、クオリティの追求は永遠のテーマです。1937年に初めて女性用の『カレ』が誕生して以来、メゾンは常にその道を模索してきました、現在、シルクアイテムのクオリティは既に高みへと達している自負があります。しかしながら、今なおゴールへ辿り着いたという気持ちはありません。もしかしたら私たちが見据える到達点は、現実世界には存在しえないところにあるのかも……とすら思います。しかしそれでも、究極のクオリティを目指して歩み続けることが大切なのです。エルメスのシルク部門は、設立以来フランスのリヨンに本拠を構えています。何百年も前からヨーロッパの絹織物産業を牽引してきた、シルクの聖地といえる場所です。とりわけ重要なのは、シルクの糸1本から自社で徹底的に管理していることです。色出しの命運を握るプリント、そしてスカーフの端に施す手まつりの仕上げやネクタイの縫製も、リヨンの自社アトリエで行っています。世界に冠たるラグジュアリーブランドのなかでも、エルメスはシルクの製作ノウハウのすべてを熟知する唯一のメゾンであると胸を張れますね。重要なのは、これによってすべてのプロセスを“積み重ねられる”ことです。原料選び、紡績、織り、デザイン、色出し、プリント、縫製といった膨大な工程ひとつひとつについて、全体を俯瞰しながら細部を突き詰めていく。このようにして生まれるシルクアイテムの完成度は、パズルのピースを組み合わせたような平面的なものではなく、各プロセスがお互いを引き立て合いながら積み上がったものになります。寄せ集めるのではなく、一体になっていくと表現してもいいでしょう。かくして実現されるのがエルメスのクオリティというわけです。私たちはあらゆる細部に心血を注ぎますが、その大部分はお客様の目に留まらないでしょう。しかし見えない部分にまで行き渡ったクオリティは、身に着けたときに“なにかが違う”という感覚をもたらすはずです。言葉では表現できないけれど、なんだかいい。これこそが私たちが大切にしている“感情に訴える力”だと思うのです。スカーフやネクタイは一般的に“アクセサリー”といわれますが、単なるファッションの付属品ではありません。ひと巻きで装い全体を一変させ、自分に自信をもたらしてくれるパワーがあります。またシルクアイテムはしばしばエレガンスの象徴として語られますが、エレガンスとは定型ではなくパーソナルな部分から生まれるものだと思います。ですから、ぜひ皆様それぞれの感性に響くシルクアイテムを、自由に身に着けていただきたいですね。街でふと目にした人がエルメスのシルクを素敵にまとっていると、私はこの上なく幸せな気持ちになるんです」
そう話すゴワノー氏の笑顔は、エルメスがいざなう幸福に満ちた世界を象徴しているように見えた。さあ、ユーモアに満ちた色とりどりのコレクションから、どれでも好きなものを選んで、思うがまま身に着けてみよう。それだけでもう、あなたは幸せのシルク王国の住人なのだ。
月夜の森で吠えるオオカミを活き活きとした筆致で描き出したデザインはアリス・シャーリー作。2018年秋冬が初出で、今季はバンダナ調にアレンジして登場。カシミア70%+シルク30%。65×65cm。¥81,400
巻乗り・三湾曲・旋回といった乗馬の動きをグラフィカルに図案化。アンリ・ドリニー作。 シルク100%。77.5×77cm。¥81,400
エミール・エルメス コレクションの馬具を迷宮のように並べ、「24」の文字を描き出したユニークな意匠。野村大輔作。カシミア70%+シルク30%。100×100cm。¥166,100
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プリントから縫製までリヨンの自社工房で手がけるネクタイ。幅7cm。各¥40,700
『THE RAKE 日本版』Issue67より抜粋



















