Days with the NEW ABARTH 500e

世界一のファッション・セレブが愛したアバルトの電気自動車

January 2024

text kentaro matsuo

 

 

 

 

 ラポ・エルカーンをご存知だろうか? THE RAKE JAPANの古くからの読者なら、きっと知っているに違いない。彼は創刊間もない本誌Issue4(2015年5月発売)の表紙を飾ったこともあるのだから。

 

 

 

 

 ラポ・エルカーン(1977〜)は、THE RAKEと呼ばれた元フィアット会長、故ジャンニ・アニェッリの孫である。2004年にフィアットに入社し、国際ブランド・マーケティング部長を務めていた。2007年にはファッション・ブランド、イタリア・インディペンデント設立し、サングラスを中心に日本でも高い人気を得た。

 

 2011年にはフェラーリのオーダーメイドサービス「テーラーメイド」を立ち上げ、内装をデニムにした599フィオラノなどが注目を集めた。2014年にリリースされたグッチとのカプセルコレクションも話題となった。

 

 THE RAKEの表紙になった頃は、間違いなく世界一のファッション・セレブだった。2017年にはクルマからプライベートジェットまで手掛けるカスタム・ショップ、ガレージ・イタリアを始動させた。

 

 

Photography:Alberto Zanetti

 

 

 

 そんなラポが愛してやまなかったのが、アバルトである。彼のアバルトはテーラード・スーツやジャケットを思わせるペンシル・ストライプやハウンドトゥースのペイントが施されていた。彼は何台ものスーパーカーを所有していたが、ミラノの市内では、この小さなクルマを専ら愛用し、パーティ会場などへ乗り付けていた。

 

 街中で乗るならば、どんな高級車やショーファーよりもファッショナブルな存在……。アバルトのブランドとしてのイメージは、ラポによって決定づけられたのである。

 

 

 

 

 そんなアバルト・ブランドをさらに飛躍させる1台が登場した。「アバルト500e」である。アバルト初の100%電気自動車だ。1963年に発売された初代アバルト595をモディファイした、レトロ・ポップなデザインは、間違いなく傑作である。

 

 

 

 

 さながら三角おむすびのような台形のシルエット、ボディの四隅で踏ん張っているタイヤ、眠そうな猫のようなライト、張り出したバルジ、どこをとっても「キュート」である。フロントグリルやスポイラーは、アバルトのシンボルであるサソリがモチーフになっているらしい。

 

 

 

 

 アシッドグリーンと呼ばれるボディカラーも鮮烈である。あたかも特撮映画のクロマキーに使われるような色で、どこにとめてもひときわ目立つ。

 

 サイズは全長3,675✕全幅1,685✕全高1,520mmと小さい。小さいが、中から空気でポンと膨らませたようなボディ形状を持ち、存在感は大きい。車重は1,380kgと電気自動車にしては軽い。ここに最高出力114kW(155ps)、最大トルク235N・mのモーターが積まれている。マニアなら、このスペックを聞いただけでも、「こりゃあ、楽しそうだ」と溜飲を下げるだろう。

 

 

 

 

 タイヤサイズは205/40R18インチと大きく、扁平率も高い。ひと目でこのクルマがスポーツカーだとわかる。ホイールの意匠にもサソリマークのシェイプが使われている。タイヤはブリジストン製の専用品を履く。足まわりはアバルトとブリジストンが共同開発したものだという。

 

 

 

 

 試乗車はカブリオレ仕様であった。ソフトトップを全開にすると、車内にはさんさんとした陽光が降り注ぐ。こんなクルマが手元にあったら、毎日が楽しくなること請け合いだ。

 

 街中を運転していると、派手なボディカラーと目新しさも手伝って、道行く人の視線を痛いほど感じる。このクルマに乗るときは、ファッションにもこだわらなければならない。とりあえず、新しい帽子が欲しくなった。

 

 

 

 

 インテリアは人工スエードのアルカンターラとレザーを組み合わせたシンプルでスポーティなもの。ダッシュボードは一面にダークグレイのアルカンターラが張られている。変な模様などが入っておらず、ハイクオリティな素材の質感をそのまま見せるデザインで、本当にセンスがいい。

 

 

 

 

 アルカンターラが巻かれたステアリング・ホイールは、滑らず握りやすい。操作系はシンプルで、誰でも直感的に操作できる。ペダル類はアルミ削り出しである。「とにかく走りを楽しんで欲しい」という開発者の意図が読み取れる。

 

 

 

 

 ドアトリムの一部は、いつものごとくボディの鉄板が剥き出しになっており、ボディカラーが内装に取り入れられている。それにカラー・コーディネイトされたステッチがシートやセンターコンソールにさり気なく配されている。これはクルマのインテリアというよりは、完全にファッション・アイテムの考え方だ。この組み合わせのままでレザーブルゾンを仕立てたら、さぞかしお洒落だろう。

 

 

 

 

 トランクカバーは懐かしい跳ね上げ式ヒンジに支えられている。トランク容量は思いの外大きく、2人分の旅行鞄なら楽々収納できるだろう。後席を倒せば長尺物も積むことができる。ただし、ここには充電用ケーブルと巨大なアダプターを入れておかなければならない。

 

 

 

 

 スタートボタンを押すと、「ギュイーン」とディストーションのかかったエレキギターの音がする。走行中のBGMは1970年代あたりのロックで決まりだ。

 

 走りは、「楽しい」の一言に尽きる。電動であるこのクルマは、ラジコンカーをそのまま大きくして、人が乗れるようにし、プロポの代わりにステアリングとペダルを取り付けたようなものだ。ギュンと走り出して、グイっと曲がり、キュッと止まる。

 

 小さいということが、こんなにもストレスを低減させ、走りをワクワクさせるのかと感動してしまう。狭い道の取り回しに気を遣わなくてすむ。街中のちょっとしたカーブでも車幅が狭いから、ラインを読む楽しみが生まれる。

 

 乗り心地は意外といい。サスペンションは基本的には硬めで路面の状況は刻々と伝わってくるが、お尻が痛くなるようなことはない。これはタイヤの力が大きいのかもしれない。ブリジストンと共同開発した足回りは、嫌な突き上げを上手にいなしてくれる。

 

 

 

 

 走行モードは3つ用意されている。

 

「スコーピオン・トラック」は普通のオートマと変わらず、アクセルを踏めば踏んだだけ加速し、止まるときはブレーキを用いる。

 

「スコーピオン・ストリート」では出力は変わらないが、充電のための回生ブレーキが入り、アクセルから足を離すと減速する。回生ブレーキが強く効くので、はじめは戸惑うが、一日もすれば慣れてしまい、逆に便利に感じる。ワンペダル走行が可能だからである。

 

「ツーリズモ」は節電のためのモードで、出力が抑えられ、一部の機能がオフになる。電動だから、どのモードでも車内はとても静かである。

 

 

 

 

 最大のギミックはサウンドジェネレーターだ。エンジンの疑似音を発生させるシステムである。レコードモンツァのマフラー音を手本とし、開発にはのべ6,000時間もかかったという。停車時にスイッチをオンにすると、グォーという野太いアイドリング音が聞こえてくる。

 

 この音は室内のスピーカーから出されているのではなく、車体後方下部に仕込まれた外部スピーカーで鳴らされている。それが室内にまで響いてくるのだ。当然、外のほうがうるさい。

 

 はじめは「イタリア人の遊び心ってヤツは……」と苦笑したが、実はこれが出色の出来であった。スピードを上げていくと、速度とアクセル開度に合わせて、ブォーンと勇ましく音が変化していく。ガソリン・エンジンをブン回しているような気分になるのだ。

 

 高速道路やワインディングでは、気持ちよさが何倍にも増幅される。心理的効果はてきめんだといえる。運転の快楽の半分は音にあったのだと気づかされる。そこを見抜いたアバルト技術陣に拍手を送りたい。

 

 ひとつだけ……、ワンタッチでオフにできるスイッチがあればよかった。深夜帰宅の際は、近所迷惑になるからだ。

 

 

 

 

 自宅まで持ち帰ったときの残り充電量は63%、残りの走行可能距離は、131kmだった。この時点で家庭用200Vの電源を繋ぐと、100%までの推定時間は11時間44分と表示された。残45%のときは、16時間。まぁ、一晩かかるということだ。

 

 

 

アバルト500eで箱根へ行ってみた

 

 

 

 朝目覚めて窓の外を見たら、雲ひとつない快晴だったので、早起きして箱根を目指す。自宅のある東京都・日野市から、箱根ターンパイクの入り口までは、グーグルマップで見ると、中央自動車道〜圏央道〜小田原厚木道路経由で片道88kmとある。アバルト500eの充電量は100%で、航続可能距離は220kmと表示されている。ぎりぎり往復できる計算だ。

 

 アバルトで高速道路を走行することは、これ以上ないほど爽快な体験である。サウンドジェネレーターをオンにして80〜100km/hで走ると、カン高いエンジン音が車内に響きわたる。これが擬似音だとは、とても信じられない。アクセルを開くと、力強いトルクを感じる。まるで大パワーのガソリンエンジンを、高回転でキープしているようだ。

 

 ハンドルを握っていると、何やらニコニコと笑いが込み上げてきてしまう。

 

 ターンパイクの料金所前に到着したとき、バッテリー残量は55%、航続可能距離は105kmであった。ここから大観山の展望台までは、13.5km、上り一本調子である。

 

 ワインディングにおけるアバルトは、まさに水を得た魚のごとし。太いトルクは急坂をものともしない。狙ったラインを見事にトレースしていく。車幅が狭いので、道幅をいっぱいに使って走行をすることができる。横Gがかかっても、本格的なバケットシートが身体をしっかりホールドしてくれる。

 

「スコーピオン・ストリート」モードだと、コーナーからコーナーへの間、ブレーキ操作がほとんどいらない。足はアクセルに乗せたまま、実にスムースに曲がりくねった道をクリアできる。こういうときのために、わざわざ回生ブレーキ量を多くしてあるのかもしれない。

 

 

 

 

 しかしながら、ふとメーターに目をやると、思った以上にバッテリーが減っている。EVは登り坂だと電池を早く消費してしまうのだ。大観山の頂上に到着したときには、残44%、距離は86kmまで減少してしまった。あわてて付近の充電ステーションを探したが、伊豆の山中には急速充電器はほとんどないようだ。

 

 実はクルマをお借りするとき、「充電器の種類によっては、相性が合わなくて充電できないことがあるから気をつけてくださいね」と担当氏から釘をさされていたのだ。仕方がないので、山道走行は諦めて、節電用の「ツーリズモ」モードを選び、すごすごと帰路につく。いずれにせよ、どこかで充電しなければならない。

 

 ところがここで不思議なことが起こった。少しずつバッテリーの蓄電量が増えていくのだ。下り坂なので回生が効き、充電されていたのである。昔習った物理の法則を思い出す。高さ=エネルギーなのだ。結局、ターンパイクの入り口まで戻ったときには、残50%、距離90kmまで持ち直していた。

 

 しかも路肩にクルマを寄せて、携帯をチェックしている間に残距離がいつのまにか100kmまで伸びていた。もしかしたら山の上と下では温度が違うので、それが影響したのかもしれない(寒いとバッテリーの出力は弱くなる)。

 

 ここで初めて気づいたのは、走行可能距離の表示は、あくまでも「目安」であり、いろいろな要素に影響を受けるということだ。残量のはっきりしているガソリン車と比べ、電気自動車とは不可思議なものなり。

 

 

 

 

 帰路、小田原厚木道路の大磯パーキングエリア(上り)にて充電を試みる。ここのPAには40kWの急速充電器が1台設置されている。先客がいたので10分ほど待ち、トランクから象の鼻のように巨大なアダプターを取り出して充電器に繋ぐ。

 

「エラー:車両の状態を確認してください」

 

 恐れていたことが起こってしまった。これが例の「相性」か? もう一度やっても結果は同じ。このままだと家まで辿り着けないと頭を抱えていると、開いたままになっているトランクカバーが目に入った。原因はこれか? 閉めてから、もう一度試すと「充電中」となった。思わず胸をなでおろす(しかしながら、後日使った別の充電器では、トランクが開いていても充電可能であった)。

 

 充電時間は30分間である。後続が来るかもしれないので30分後にはその場にいなければならない。食事を摂るには短すぎるし、何もせずに待っているには長い。

 

 充電を終えると47→84%、92→173kmまで回復していた。これで安心だと思わずアクセルを大きく踏みそうになったが、ここは覆面パトカーが多いことで知られる小田原厚木道路だ。あくまでも自制心が大切と自らに言い聞かせ、安全運転に徹しつつ、家路についたのであった……。

 

 

 

 

 今回ご紹介したアバルト500e ツーリスモ カブリオレのお値段は653万円である。これは高いだろうか? 最大航続距離は300kmにみたない。これは短いだろうか?

 

 迷っている方に、もうひとつのクルマをご紹介しよう。

 

 

©GARAGE ITALIA

 

 

 

 冒頭で紹介したラポ・エルカーンは、ドラッグとスキャンダルに溺れて会社から追い出され、ビジネスの大半を売却してしまい、表舞台から遠ざかってしまった。今ではポルトガルのエストリルに住んでいるらしい。

 

 しかし、カスタム・ショップ、ガレージ・イタリアは健在で、そのベストセラーが、この電気自動車「フィアット500スピアッジーナ」である。屋根ばかりかドアもなく、シートはロープで編んだものだ。航続距離は100km以下。まさにないないづくしである。これで価格は7万2,000ユーロ(約1,120万円)もする。

 

 

©GARAGE ITALIA

 

 

 

 だが、楽しそうじゃないか。持っているだけで毎日が明るくなりそうだ。欧州のお金持ちは、こういうのに乗って、ビーチタウンを笑顔で走り回るのだ。

 

 アバルト500eも、これと同じ種類のクルマである。追い求めているのは一点だけ、「楽しさ」のみである。いろいろと制限があるからこそ、ラグジュアリーなのだ。リッチな方はセカンドカー、サードカーとして持てばいい。それが無理なら、遠出するときはレンタカーやカーシェアリングを利用すればいい。アバルト500eは退屈な毎日を、バラ色に変えてくれるだろう。

 

 

 

 それから、もうひとつ。アバルト500eに乗っていると、サービスエリアやコンビニになどに止まっているときに、必ず声をかけられる。多くは同じアバルト・オーナーである。アバルト・ファンは強い連帯感で結ばれている。

 

「あなたもコイツがお好きなのですね……」という感じなのだ。このクルマに乗っていると、自然と友人が増えていくだろう。

 

 アバルト500eはクルマではない。それは贅沢なオモチャである。子供の頃に夢見た、乗って遊べる大きなラジコンカーなのである。

 

 筆者も年末年始、約2週間にわたってアバルト500eをお借りして、すっかり魅了され、心の底からこのクルマが欲しくなってしまった。小さなボディには、夢と冒険が詰まっている。家の外にコイツがとまっていると思うと、明日はどこへ一緒に行こうかとついつい夢想してしまい、眠れなくなってしまうのだ。

 

 

ABARTH 500e TURISMO CABRIOLET

全長✕全幅✕全高:3,675✕1,685✕1,520mm

車両重量:1,380kg

最高出力:114kW(155ps)

最大トルク:235N・m

充電走行距離(WLTCモード):294km

¥6,538,000 Abarth

www.abarth.jp/