CENTRE STAGE: FRED ASTAIRE'S 1928 ROLLS ROYCE

フレッド・アステアが愛した、1928年型ロールス・ロイス

Sunday, June 27th, 2021

ハリウッドの大スター、フレッド・アステアが注文した1928年型ロールス・ロイス ファントムは、ジャズエイジの美しさを体現している。

 

 

by christian barker

 

 

 

 

 フレッド・アステアは、「私は真新しい服の角をとってなじませるために、壁に何度も投げつけるんだ」という台詞で有名だ。

 

 幸いなことに、このダンディなハリウッドのソング&ダンスマンは、自動車に対してはそのような卑劣な行為はしなかった。

 

 アステアが1928年に注文したロールス・ロイス ファントム I は、確かにちょっと四角いが、角が立っているとは言い難い。彼が1950年に手放したこのクルマは、現在ロサンゼルスのピーターセン自動車博物館に、驚くほど素晴らしい状態で保存されている。

 

 

 

 

 今でこそ映画スターとして記憶されているアステアだが、このロールス・ロイスを購入した時にはまだ映画に出演していなかった。それは右ハンドルのシングル・カブリオレのタウンカーで、ルーフは黒革、コーチワークはフーパーが担当し、ブリュースター・グリーンと呼ばれる美しい色をしていた。

 

 超高級車であるロールス・ロイスのオーナーズ・クラブに入会できるようになったのは、ウエストエンド・ミュージカル『ファニー・フェイス』が大ヒットしたおかげだった。服飾評論家G・ブルース・ボイヤーは、アステアのことを“階級のない貴族”と表現した。彼は英国滞在中、紳士の作法を熱心に学び、取り入れた。

 

 

 

 

 ロールス・ロイス ファントムは、ネブラスカ生まれのオーストリアのビール醸造家の息子にとって、不可欠なアクセサリーとなった。

 

 サヴィル・ロウのアンダーソン&シェパード(アステアは革新的なソフトドレープ仕立ての愛用者であった)への到着を告げるクラクションの音、高級レースにおけるパーティ、大邸宅でのソワレ、カントリーサイドでの撮影、英国のゴルフ場でのスイング・セッション、そしてもちろんステージドアである。

 

 

 

 

 アステアが映画界での名声を求めてアメリカに戻ったとき、ファントムも一緒にやってきた。1930年代半ば、アステアはジンジャー・ロジャースとともに映画『空中レヴュー時代』(1933年)、『コンチネンタル』(1934年)、『トップ・ハット』(1935年)、『有頂天時代』(1936年)などの名作で銀幕にその名を刻んでいた(当時の年俸は20万ドル)。

 

 彼はファントムを一新することにし、ニューヨークのインスキップ社に新しいコーチワークを依頼した。豪華な内装に、アールデコ調の装飾が加えられることになった。

 

 

 

 

 アステアがファントムに合わせて注文した一連の注目すべきアクセサリーは、2017年に行われた“The Great Eight Phantoms”展で自動車と一緒に展示された。

 

 その中には、トップハット、白い蝶ネクタイ、カフと襟のボックス、ターンブル&アッサーのシルクスカーフ、ダンスシューズとタップシューズが入ったルイ・ヴィトンのモータートランクが含まれていた。

 

 また、ピクニックセット、ヴィンテージのテニス・ラケット、クリケット・バット、シューティング・スティック、アンティークのゴルフクラブなどが展示され、アウトドア好き、スポーツ好きだった生前の彼が偲ばれた。

 

 クルマでも、ファッションでも、そしてエンターテインメントでも、彼は超一流だけを愛したのだ。